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日本国は米国の核の傘で安全保障が成り立っています。米国に逆らうわけにはいかない状態なのです。軍隊を持たず、集団的自衛権を曖昧な態度しか示せない政府は、戦争体験から日本は戦争を否定し、核を否定し、そして軍隊をも否定しました。戦争を否定することは人類の崇高な理想としては正しいことだと思います。
核を否定することも核の被爆国としてその悲惨さを世界に伝えるためにも理解出来ます。しかし、軍隊をも否定してしまい、戦後約80年経った今も軍隊を否定し続け、国内に軍隊を認めないことによって国際社会の中で歪んだ主張と態度をとらなければならなくなっていることは紛れも無い事実でしょう。
北朝鮮の拉致問題、核問題、イラン問題にしろ、はっきりした態度を示せない日本を作り出してしまっているのです。日本が軍隊を認めたからといって戦前のような軍国主義に向かうわけではないし、過去の経験を踏まえて、間違った方向に国が向かわないためにメディアが存在しているはずです。日本は戦後、米国の占領下で戦後の復興を遂げました。
戦後の急速な復興には確かに米国に感謝しなければならないことも事実ではありますが、だからといって奴隷になっていてはいけません。イラン問題での政府の曖昧な態度、拉致被害者家族が日本国内だけではなく米国の世論に訴えなければ進展しないような状況は、軍隊を持つことに曖昧な態度をとっている国民の態度でもあるのです。
イージス艦の派遣は憲法の改正や法整備も無いまま、なし崩しに日本の自衛隊は軍隊化しています。勇気をもって憲法改正論議を始めなければいつまでも日本政府は国際社会で曖昧な態度を取り続けなければなりません。
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