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作物でも家畜でも、丈夫な個体を選んでかけ合わせるとさらに強い個体が生まれます。この事実は1000年ほど前から知られており、人為選択と呼ばれています。ただし、強く好ましい形質がどのようにして次世代に受け継がれるかは、全く謎のままでした。
生き物が自然選択で進化する仕組みをチャールズ・ダーウィンが解明したあとも、わからないままだったのです。1859年、ダーウィンが『種の起源』を出版して世界を新たな光で照らすと同時に激しい怒りを買ったその頃。現在のチェコ共和国、ブリュンの聖トマス大修道院の司祭グレゴール・メンデルは科学教師を目指していました。
しかし資格試験に2度も失敗し、代用教員にしかなれませんでした。メンデルは職務の合間にエンドウマメの研究に取りかかります。異なる種類をかけ合わせながら数万株を栽培してはスケッチし、それぞれの背丈のほか、さやと種子と花の形状、色を細かく記録していったのです。
背丈の高いものと低いもの、豆が緑色のものと黄色のものをかけ合わせたらどうなるのか。それを正確に予測できる交配法則を見出そうとしたのです。緑豆の株と黄豆の株をかけ合わせても、黄豆しかできない。黄豆が緑豆をしのぐわけですが、それを表現する言葉はなかったのでメンデルが考案しました。「顕性(優性)」です。
さらにメンデルは、その次の世代で何が起こるか予測できました。黄豆の入ったさやが3個続いたら、4個目のさやは開くまでもなく緑豆なのです。エンドウマメは4株のうち1株は緑豆が実る。かけ合わせた次の世代でひょっこり出現するこの形質をメンデルは「潜性 (劣性)」と名づけました。
エンドウマメ自身が、特性を生み出す隠れた「因子」をもっています。ニュートンが重力を公式にしたように、メンデルは因子の働きを単純な式で表しました。生命が次世代にメッセージを送る法則が見つかったのです。
代用教員は全く新しい科学の分野を切り開いた。しかし世間がそのことに気づくのは35年もたってからでした。エンドウマメの交配実験の論文は1本だけです。メンデルは、科学史最大の貢献者の1人という後世の評価を知ることなく世を去ったのです。
彼の業績は1900年に再発見されました。英国の動物学者ウィリアム・ベイトソンが、動植物の新品種開発にメンデルの公式を活用しています。メンデルのいう「因子」は遺伝子という別の名前を与えられ、ベイトソンはこの新しい分野を遺伝学と命名しました。
ベイトソンは科学と自由は不可分という信念の持ち主で、サウスロンドンのマートンにあるジョン・インズ園芸学研究所にある自分の研究室には、ケンブリッジ大学ニューナム・カレッジ出身の女性研究者を数多く登用しました。女性たちに混じって、ロシアから客員で来ている若い植物学者がいました。彼は飢饉のない世界、飢えで死ぬ者のいない世界を科学でつくりたいと夢見ていたのです。
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