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人類の文明は、約1万1650年前から続く完新世と呼ばれる地質時代からだといいます。宇宙カレンダーでは、12月31日が終わるまで30秒を切ったころです。しかし人類が地球環境や生物に与える影響はますます大きくなっており、それを反映した新たな地質年代を設けるべきではないかと言われています。
地球を地道に研究し、目立つことをしないと思われている地質学者ですが、これに関しては多くの意見が一致していました。こうしてつくられたのが、ギリシャ語で「人間」を意味する anthropos と、「新しい」という意味のcene を組みあわせた anthropocene (人新世)という言葉です。人新世の始まりについては様々な意見があります。
完新世に入ってから、人類の乱獲による種の絶滅が始まったことを考えると、完新世と同時に人新世は始まっていたと考える研究者もいます。洞窟に残されたマンモスや巨大なキツネザルの壁画は、絶滅した彼らの往時の姿を残そうとしたのか。人類が原因による絶滅は今に始まった事ではないようです。
とはいえ、ご先祖さまを非難するわけにはいきません。全体像が見えていなかったし、生き延びることが先決だったからです。目の前のこいつを仕留めたら、種が消滅する。そんなことがわかるはずもなかったでしょう。身近に起きる事しか知りようがなかったのです。
地面に最初の一粒の種が落ちて、農業という革命が始まった時が、人新世の幕開けなのかもしれません。それ以前の地球は樹木の数が倍で、大量の二酸化炭素を吸収しては酸素を吐き出していました。しかし農業の発明で、人類は放浪生活をやめて定住し、農地を切り開いて都市をつくりました。
土地を確保するため、あるいは船の材料にするために木が伐採されて、良くも悪くも人類は世界を股にかけて活動する生き物となりました。動物の家畜化が、人新世の合図だったともいえます。野草を食べるウシはメタンを出す。
これも気候変動の一因となる温室効果ガスです。草を消化するときに発生するのですが、その仕組みが科学的に解明されたのは現代になってからです。ほんの数頭のウシが害になる、ましてや地球環境を激変させるなんて、誰が想像しただろうか。家族を食べさせ、とくに幼い子が飢えることなく育つよう必死だったのです。
あるいは、ささやかな住居を温める炉。それが始まりとも考えられます。約4000年前の中国大陸で画期的な発見がありました。よく燃えて長もちし、寒さや湿気を追い払ってくれる石です。その正体は、何千万年も前に枯れて土に埋もれた植物や樹木が炭化したものです。この石炭の発見が、人新世の扉を開いたのだろうか。
森林はもっぱら木材用に伐採されるようになり、鍛造や鋳造用、家庭用での石炭の重要度が高くなりました。最初のうちは、石炭を燃やす煙も大した事はありませんでした。しかし人口が急激に増加して、薪や石炭を燃やす量も桁外れになります。
大気に排出される二酸化炭素で、地球全体が温まり始めました。いや、本格的な人新世は1000年ほどあと、アジアで稲作が広まったころではないか。そこでは水を張った田に苗を植える「水田」が考案されました。汗水流して作業する農民たちが、水田から何千万トンというメタンが発生することを知るはずもないでしょう。
水に浸った土壌は酸素を失い、植物を餌とする嫌気性の微生物が活動してメタンを生成します。さらに悪いことに、稲の葉はメタンを空気中に放出しやすい構造になっています。だがそんな微小な世界のことは、科学の時代が到来するまで誰にもわからなかった。農民たちは自分と家族が食べていくので精いっぱいだったのです。
地球の岩石には時が刻まれています。その文字さえ読めれば、地球の歴史に起きた様々な出来事の物語を紡ぐことができます。最も劇的なくだりは薄い色で刻まれています。それは地球全体に分布しています、イリジウムという希少金属の青白い地層です。
6600万年前の巨大生物の死と白亜紀の終わりを告げる叙事詩でもあります。このとき恐竜が姿を消し、地球上の動植物の4分の3が絶滅しました。地質学の世界には一つの習慣があるといいます。地質年代の明確な境界が見つかったら、目印としてゴールデン・スパイクをハンマーで打ち込むというのです。
今が人新世、つまり人類が原因で種が滅亡する時代であるとしたら、ゴールデン・スパイクはどこに打ち込めばいいだろう。私が生まれる前から、世界では二つの超大国が覇権を争っており、どちらも勝つためならすべてを危険にさらそうとしていました。
1945年、原子内部に閉じ込められているエネルギーを解放する兵器を米国は開発しました。それから4年後の1949年、今度はソ連が核実験を敢行して狂気に拍車をかけました。さらに米ソは、恒星内部で起きている核融合のエネルギーを利用する悪魔の兵器まで実験しました。
大気圏内核実験が終了するまでの数十年間に、両国が爆発させた核兵器の数は何千個にもなりました。核実験では、中性子が過剰で不安定になったストロンチウム90が放出されました。こうした放射性同位体は世界中の母親の母乳を汚染しました。母親たちはこんな世界で子育てはできないと立ち上がり、反核運動を展開します。
そして1963年、部分的核実験停止条約が締結されたのです。この世代の人間は、体内に炭素14という放射性同位体を過剰にため込んでいるでしょう。放射性同位体には半減期があります。それは樹木の年輪のようなもので、数えればその木の年齢がわかります。
軍拡競争で、大気中の炭素14の濃度は倍増しました。もし、この世代の方が、認知症になって自分の年齢がわからなくなっても、生まれた年の夏に繰り返された核実験の名残が教えてくれるはずです。体の中に打ち込まれた「ゴールデン・スパイク」こそが、人新世の開始を告げるものではないだろうか。
大気圏内の核実験が禁止されたあとも、我々は地球を汚し続けました。いつか完全にだめになる日がくるとわかっていながらです。どうせ何の手も打てないのだったら、危険性を詳しく学んでも仕方がありません。知らないほうが身のためです。知ってしまうと呪われてしまうことでしょう。
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