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1937年の南京虐殺事件、中国では南京事件の映画を3本作製しています。採算の面から娯楽映画が圧倒的に多いのですが、同じ題材による3本の映画を同時に制作したのは極めて異例でした。さすが共産党の「力」です。
日本軍の侵略行為を強調する事で、日本の首相の靖国神社参拝などに圧力をかけようとする共産党の政治的意図が伺えました。中国・上海紙によると、3本の作品は、1.アメリカ映画会社と江蘇省文化産業グループとの共同制作で「南京災禍」。
2.香港のスタンリー・トン監督による「日記」。3.東京国際映画祭の審査員特別賞受賞監督のルー・チュアンの「南京!南京!」です。「南京災禍」は、アメリカの脚本家ウィリアム・マクドナルド氏がタイトルは「南京・クリスマス・1937」だったのですが、事件の悲惨さを直接伝える為に変更されました。
最大の悲劇は、南京虐殺より「黄河決壊事件」だと中国の方は言います。黄河の河南省中牟付近にある堤防が爆破され、大雨により爆破地点から水が流れ出しました。下流からも逆流し、幅10キロの奔流となって河南・安徽・江蘇三省の平原を覆い、高さ5メートルの城壁も水没したのです。
これにより4千の村が水没して、水死者100万人・被害者600万人、被害額は当時の中国元で推定9億元、この数値はその年のもので、災害の後遺症はその後何年も続きました。誰が堤防を爆破したのか。
戦後は、日本軍の空爆によって炸裂されたと言われていましたが、最近になり中国の方が、調べたところ、爆破を命令したのは、じつは蒋介石で、彼は日本軍が南下して武漢に進撃して来る事を恐れ、武力でそれを阻止できない代わりに水攻め作戦を指令したのです。
この真相について国民党政府が自白したのは、1976年の『戦史論集』においてで、その6年後には第20集団軍の参謀処長で、堤防破壊の執行者であった魏汝霖も、「抗日戦争期間黄河決口紀実」で詳細に当時を語っています。
魏の「紀実」によると、徐州会戦後、蒋の命令で黄河の堤防に決壊口を開け、決壊させた。そして諸外国には「日本軍による水攻め」だと宣言したというのです。中国共産党は写真をでっちあげて、被害を誇張しています。
だが日本は中国が激怒するような真実の歴史映画は作成できません。トム・クルーズでも主演させて、天安門とかチベットの大虐殺を中国の国民に観ていただいて欲しい。日本の過去より現在の中国共産党の侵攻も周知するべきです。
東京裁判は戦勝国が負けた国を裁く見せしめの処刑だから、いくらかうしろめたかったでしょう。南京虐殺は初め1万人、次第に5万人、10万、30万にしたかったのは中国政府ばかりだけでなく、アメリカ人もしたかったのです。
だが、真実の中国軍は、前線の指揮官は先頭に立たず、決まって後方で「進め」「殺せ」と叫ぶだけだそうです。部隊が日本軍の攻撃を浴びると前に進めなくなるのですが、退却する友軍兵士を実力で阻止するのが督部隊だそうです。
彼らは銃で見せしめに射殺するので、兵士は「どうせ殺されるなら」との思いで敵と戦うので中国軍の戦死者の中には友軍に殺されたものも多いのです。戦場では、中国兵の一団が塹壕のなかで戦死していて、それを発見した日本兵達は思わず涙を流したといいます。
なぜなら彼らの脚には鉄の鎖が付けられていたからです。「李宗仁回想録」によると、南京攻略戦では、督部隊が日本軍の攻撃から逃げ出そうと押し寄せた友軍を掃射しています。南京虐殺の犠牲者の死体には、そのようなものが多かったのです。このような同胞に対する中国軍の残虐な仕打ちは犠牲者を増大させたのです。
長崎原爆資料館には、南京事件の写真が飾られており、アメリカの原爆投下がさも正当な行為だったかのような印象を与えています。日本がアメリカに攻撃されたということはどこにも書いていないのです。
出来てしまった原水爆、出来ない昔に戻れないのですが、劣化ウランの恐怖を世界に流布しなくてはならないでしょう。米国の攻撃を率先して支持してきた日本に住む国民のひとりとして、唯一の被爆国である日本に住む人間として原爆の恐ろしさを訴え、世界で二度と核兵器が使えない仕組みをつくらなければ、恒久平和はやってきません。
被爆国であるがゆえに出来る役割です。正しい歴史の認識と教訓の上に立って、主張すべき事を主張する態度と勇気がなりよりも必要だと思います。
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