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  他国を欺いていいのであろうか  仲條拓躬 2026/02/04(水) 20:01 
  ミサイル防衛システム  仲條拓躬 2026/02/04(水) 20:00 
  プルトニウムについて  仲條拓躬 2026/02/04(水) 19:58 
  危ない甘いもの  仲條拓躬 2026/02/04(水) 19:54 
  退職金について  仲條拓躬 2026/02/04(水) 08:20 
  日本人のトラウマ東京裁判   仲條拓躬 2026/02/04(水) 08:18 
  宇宙の生命体の証拠を探す  仲條拓躬 2026/02/03(火) 08:32 
  初の科学論文誌イカロス編集長  仲條拓躬 2026/02/03(火) 08:31 
  未知の世界への扉が大きく開く  仲條拓躬 2026/02/03(火) 08:23 
  スターリンとバビロフ因果の糸  仲條拓躬 2026/02/03(火) 08:21 






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他国を欺いていいのであろうか
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/04(水) 20:01
No. 8135
 
 
イラク攻撃では日本は国連安保理非常任理事国への多数派工作を行っていました。日仏首脳電話会談でシラク大統領からこの点を指摘した事が分かっています。日本がODAでの多額の援助を武器に、イラク攻撃に対して態度を表明していない安保理非常任理事国に米英に同調するようにと圧力をかけていたのです。

圧力をかけることはアメリカから依頼されたものでしょう。当時の小泉首相は、フランスのシラク大統領からの指摘には対して、やってないと嘘をついていたのです。安全保障理事会は、常任理事国5カ国を含む15カ国で結成され、国連の安全保障に関しての議決権を持つ唯一の機関です。

常任理事国5カ国すべての賛成と非常任理事国10カ国の4カ国以上の賛成によってのみ議決されることになっています。しかし、湾岸戦争のように可決されずともアメリカは攻撃します。そうなってしまうと、安保理の決議は、意味がないのですけどね。

大切な議決を計る機関の安保理理事国を脅迫して、多数派工作を行うことはあってはならないことです。恐らく日本のODAの援助額を考えれば、理事国に発言力はあるでしょう。日本の援助先の多くはアメリカの軍事拠点のある国なので、実際にお金が必要な国にはあまり援助していないのです。しかし、小泉首相は、国民に対して何の説明もしません。

国民の上に立つ民主主義政権である以上、説明の責任があるはずです。無辜のイラク国民が大勢亡くなったのです。フランスのシラク大統領は再び小泉首相に電話をかけて、米国のイラク攻撃をなんとか思いとどませるため、小泉首相に相談したのです。

シラク大統領は、あらゆる情報を説明して対イラク攻撃に反対する自らの信念を語り、これに対し小泉首相はただ一言、「サダム・フセインが悪い、大量破壊兵器は破棄されねばならない」と、米国の子分のように官僚が書いたとおりの言葉を繰り返すだけでした。

この話を聞いて国のトップの器量の違いを見せつけられ日本国を恥ずかしいと感じさせる責任は重大と思います。この二人の電話の内容が、政治家の器量の相違を浮かび上がらせたのです。結局米国は世界各国へ嘘を言いイラクに侵攻した事が暴露されました。

米国の高官が、文書が偽造だと知りながら放置したのです。自国に対する信頼が崩れても構わないと思っていたのでしょうか?アメリカの政権中枢にはどんなことをしてでも戦争に持ち込むと考える人がいて、偽造の証拠を使って世界を納得させ、開戦への作戦を考えたようです。

当時、イラクに対する経済制裁がイラクの一般市民を無用に苦しめているとして制裁解除を求める声がアラブ諸国やヨーロッパで高まりました。こうした動きに対応するための嘘の情報を流し、イラクが大量破壊兵器を持っていると世界に思わせようとしたのです。それに追随している小泉首相は国民に謝らないのでしょうか。その事について国民も無関心なのが残念です。

 





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ミサイル防衛システム
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/04(水) 20:00
No. 8134
 
 
北朝鮮が、日本人が忘れたころにミサイルを発射します。米国本土まで届くと言われている長距離ミサイルは、偵察衛星の写真解析で確認されました。結局、ミサイル防衛システムは、全く機能していませんでした。

国防総省は迎撃実験を繰り返してきたのですが、迎撃に成功したのは5回だけで、実際のミサイルより遅い速度で飛ばしたミサイルを迎撃させたと言うものです。日本は米国の迎撃ミサイルを配備しています。

米国が北朝鮮のミサイルに向けて発射して失敗したら恐らく日本の国民が高い買い物はやめろと騒ぐことでしょう。日本はアメリカ製のミサイル防衛システムに5000億円以上をかけています。

日本国に向けて発射されたミサイルを途中で撃破するというミサイル防衛システムは、精度の点で使い物になるか疑問です。アメリカは日本に対してミサイル防衛システムを買えと圧力を強め、日本は買わざるを得ない状況になりました。

日本が配備する地上発射型迎撃ミサイルは、アメリカが湾岸戦争で使用したパトリオットミサイルの改良型ですが、湾岸戦争時に米軍側が、命中率100%と発表したにもかかわらず、命中率は9%以下でした。

アメリカでは、北朝鮮からの弾道ミサイルの到達圏内アラスカとカリフォルニアで、ミサイル防衛システムを稼働させる計画が進んでいますが、迎撃能力に対する疑問が多く、テスト結果も思わしくないため、このシステムをカナダに拡大できず思うように進められていないので、日本に売り込んだのです。

ちなみに、弾道ミサイルは、成層圏に達すると、迎撃ミサイルに狙いをつけられないためにミサイルを分離させます。そのため防衛システムは、本物を識別して、撃破する必要があるのですが、弾道ミサイルを撃破する成層圏は、真空状態に近いため本物のミサイルの重さが違っていても同じ飛び方をするので、見分けるのは難しいといいます。

 





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プルトニウムについて
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/04(水) 19:58
No. 8133
 
 
専門書によればプルトニウムはあまりよい添加体がないそうです。プルトニウム240は常に自ら核分裂を起こし、核弾頭の設計を困難にします。プルトニウム238は高い崩壊熱で管理を困難にしますが、添加してもTNT火薬で1000トン級の爆発は可能です。

一般に、プルトニウムは239・241などの核分裂性核種が核物質中に占める濃度によって、超級(SG)97〜98%、兵器級(WG)93%以上、原発級(RG)70%以上、変性級(DG)20%以下に分類されています。

ただし、原発炉から得られたどのような種類のプルトニウムでも、濃縮せずに爆発させられるそうです。なお、プルト二ウム241は半減期14年であり、年率4%でアメリシウム241に変化し劣化して行きます。それから放出される崩壊熱量が大きいのも問題です。

それでプルトニウム弾頭は、数年後との取替え作業が行われているのです。詳細は機密事項が多くて分からないのですが、アメリカのローレンス・リバモーア戦略研究所の安全保障専門家が結論として示しているものは。

「ウラン235が兵器に適する。プルトニウム239がそれに次ぐ。ウラン233は兵器には最も困難かつ好ましくなく、これまでウラン233で原爆が作られたことはない」というものでした。残念ながら、これ以上は確かめようがありません。

ウラン系は1度充分にウラン238を加えて変性すれば、濃縮すると戻すのは容易でなく、必要な核弾頭の総重量も巨額になるそうです。さらに、ウラン233を使おうとすれば、随伴するウラン232のガンマ線が強くて、兵器政策が困難であるのみならず、兵士の安全も守れない。したがって、トリウム利用はより非軍事的な技術であると結論できます。

だからテロリストの手には負えないでしょう。何はともあれ、核兵器廃絶を実現しなければ、核エネルギーの健全な平和理由は始まらないでしょう。これを支持する世論は着実にたかまっているのです。

核冷戦もなくなった今、根拠のある反論がありません。日本が先頭に立つときです。核兵器廃絶を具体的に促進するのが、日本国で提案するナトリウム溶融塩核燃料をリサイクルへの移行策だと思うのです。

 





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危ない甘いもの
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/04(水) 19:54
No. 8132
 
 
ガン予防で注目されているポリフェノールですが、チョコレートにも、多量に含まれています。カカオ・ポリフェノールは、動脈へのコレステロールの蓄積や、動脈硬化が進むのを防ぐと言われています。

また、ストレスに対して、抵抗力が強まることがラットの実験で確かめられたとのことです。さらに、アレルギーについても、カカオ・ポリフェノールによって、原因の活性酸素の過剰な働き抑える効果も報告されています。

ココアは胃潰瘍や胃がんとの関連が深いピロリ菌や重い食中毒で知られる病原性大腸菌O−157の増殖を抑制する働きもあります。毎日ココアを飲んでいる人は傷の治りが早くなることが確かめられています。

カカオ成分には、虫歯菌をおさえる効果があり、虫歯菌に感染した虫歯の進行をおさえることも実験で確かめられたそうです。栄養成分的は、チョコレートはカルシウム、マグネシウム、鉄、亜鉛などのミネラル類を豊富に含んでおります。

カカオには食物繊維が豊富に含まれていますが、この食物繊維は血圧とコレステロールの上昇がおさえる効果があるとのことです。ただし、チョコレートの中にカロリーがとても低いものがあります。例えば、ロッテの「ゼロ」です。

これは、毒性の強い、アスパルテームが混入されているので危険です。アスパルテームは悪魔の味の素の商品で、砂糖の200倍の甘さを発揮する人口甘味料です。コカコーラライトにも入っていますが、アスパルテームを摂取すると、脳神経異常・発ガン性・ポリープ発生・目の奇形・生殖障害・血液異常など、子供の脳腫瘍の原因となっているのです。

 





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退職金について
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/04(水) 08:20
No. 8131
 
 
退職金の目的は、社員を定着させる事。すなわち、定年まで辞めさせないようにするものでした。途中で退職する場合は損をしますよというメッセージを持っていました。それは、自己都合退職の場合、減額する規定になっているわけです。

民間に限らず、役人を見ればお解りだと思います。だが、現在では、中高年齢者には早く辞めて頂こうと考えている経営者の方もいるのではないでしょうか。その逆に、社員にとっても、定年まで勤めるという気持ちがどれくらいあるでしょうか?

早期退職者の募集があると、募集人員を超えてしまうのは、何を物語っているのか?早期退職に応募する社員は優秀な社員であり、スキルアップのための退職です。経営者にすれば優秀な社員は、定年までお願いしたい社員です。

中小企業の退職金は、定年退職の場合で800万円から1,000万円が平均となっています。その程度の金額では、優秀な社員は引き止められません。特に昨今では、運用利回りが悪く、退職金の積立掛金が厳しくなっています。

中小企業退職共済制度等の確定拠出型の積み立てに移行している企業もございますが、確定拠出型であれば、掛金を払った瞬間に企業から社員本人のものとなりますので、その後は本人が請求し、会社を通さずに給付を受けられますので余計、退職しやすい状態になります。

定期昇給や賞与の原資もないのに、退職金に原資を廻すというのはいかがなものでしょうか。現在の貢献に対しては払う、給与や賞与を充実させることが大切だと思います。

 





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日本人のトラウマ東京裁判
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/04(水) 08:18
No. 8130
 
 
東京裁判での被告選出では右翼思想家の大川周明という人物が被告人にされました。大川周明は昭和初期には確かに影響力をもっていましたが、明らかに民間人の側のスケープゴートだったわけです。

東京裁判での被告の選定のやり方がいかにずさんだったかを示す例として、ソ連が起訴3日前に急遽、検事を派遣してきて、A級戦犯を2人追加したことがあげられます。連合国がそれぞれ何人か被告を出し合っていたのです。

それで、ソ連のように後から来てすぐ2人追加が認められてしまったわけです。このような便宜主義が東京裁判の実態としてまかりとおっていたところに、この裁判の政治的思惑があったのです。

連合国側の尺度では日本の国情を理解しきれず、裁ききれなかったことを露呈しているという面があるのです。だから、この面でも東京裁判を歴史的に意義付けるとき、過大に考えたり負い目にしたりする必要はないと思うわけです。

東京裁判で連合国側が正義の概念をたてに平和に対する罪、人道に対する罪というものを設定し、これをもとに起訴状が書かれています。これらは多分、戦争を裁くときの普遍的な論理として設定したものでしょう。

少なくとも、これらをもとに日本を裁いた国々が、戦後これに背くならそれは自己矛盾ということになるわけです。ところが、これ以降、連合国はこの自己矛盾に陥っていくのです。イギリスのスエズ封鎖、ソ連の東欧への介入、アメリカの南米への干渉やベトナム戦争など、これらの裁く論理は、実は連合国自身が設定したものだったはずです。

この事を我々も歴史の中で主張しているわけです。平和に対する罪、人道に対する罪という規定は、東京裁判所憲章の中で規定されているのです。こうした文面を見ると、マッカーサーが作成した訳ではありませんが、マッカーサーにとって「軍人としてより平和の使徒として語られたい」という発言につながっているのだろうと思うわけです。

そのマッカーサーが、東京裁判の終結から2年後に始まる朝鮮戦争で原爆の使用を主張するわけですから、言葉は普遍的になりえても現実に向き合った時にはなかなかそうは行かない言う事なのかもしれません。

もう一言付け加えますが、東京裁判での歴史観が戦後日本を支配してしまったから、あの東京裁判を批判することは実はその論そのものがおかしい。そんなものにマインドコントロールされてしまう日本国民の弱さこそ問題だと認めるべきだろうと考えます。

勝者の敗者に対する裁きは、日本を一方的に断罪し、その呪縛は強烈で、今でも日本人の歴史観を拘束しているほどです。平和慣れで、米国にマインドコントロールされている日本は再起不能の状態で、時が経った今ですら敗戦国意識を引きずり、トラウマとなっています。隣国は外交で日本の過去の戦争責任を追及し、反省と謝罪を要求してやみません。

戦後、大東亜戦争が、「自衛の戦争」か「侵略の戦争」だったかをめぐって議論が続けられていますが、すべての戦争を「侵略」の一言で片付けてしまい謝り続ける事で本当に真の恒久平和が訪れるのでしょうか。脅かされたり騙されたりしないためには検証したり考察したりするべきだと思うのです。

 





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宇宙の生命体の証拠を探す
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/03(火) 08:32
No. 8129
 
 
我々人類は宇宙に知的生命体の証拠を探しています。もしそれが見つかったら、ファースト・コンタクト、つまり宇宙人らと初めて接触する用意はできているだろうか。向こうが送ってくるメッセージを我々は理解できるのか。

人間が電波を受信できるようになったのは100年と少し前からです。それ以前の数百万年、数十億年間に地球外文明が電波を浴びせていたとしても、我々はその気配すら感じることができませんでした。

でもあなたがこれを読んだ翌日、誰かが宇宙の声を聞く新しい方法を発見し、これまでになかった通信手段を開発するかもしれません。宇宙人から見た人類が、蟻程度の存在だったら? 我々がアリを扱うように扱われるかもしれません。

異星人がずば抜けた知能をもち、我々にはお手上げの技術や武器、細菌やウイルスをもっていたら? 地球上でさえ、東と西、北と南の異文化が初めて出会った歴史は大量虐殺に血塗られていたではないか。

舞台が宇宙になって、発展のレベルが違いすぎる文化が接触したとき、その物語はめでたしめでたしで終わるだろうか。ここにファースト・コンタクトの物語が一つあります。結末がどうなるかは、まだわからない。

中国南西部、貴州省平塘県に世界最大の500メートル球面電波望遠鏡 (FAST)があります。ブロッコリーのように樹木がこんもりと茂る、とがった山頂が連なる山々の谷あいで、FASTは2016年9月に初めて宇宙電波を受信して正式に稼働を開始しました。

それまで世界最大だったのは、1963年にプエルトリコにつくられたアレシボ天文台の電波望遠鏡でした。FASTの感度はその3倍で、しかもアレシボの電波望遠鏡にはない機能をもっています。

巨大な球面鏡を構成しているアルミパネルをコンピューター制御で動かし、宇宙の特定の場所に狙いをつけることができるのです。宇宙の起源と、初期の歴史に関する未解決の謎を解くことが、FASTの目的です。

具体的には、高速回転する中性子星であるパルサーを見つけ、その回転周期を利用して、時空のさざ波である重力波の証拠を探す。FASTは地球外文明からのシグナルも探すことになるのですが、あったとしても地球からはるか遠くなのでしょう。

 





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初の科学論文誌イカロス編集長
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/03(火) 08:31
No. 8128
 
 
1958年、ソ連のスプートニク1号の打ち上げから1年もたたないうちにアメリカは、米航空宇宙局NASAを設立しました。カイパーは何年も前から地球を一つの惑星ととらえていたが、科学がようやくそれに追いついたのです。

現代の私たちには当たり前のように思えるが、死もためらわない熱狂的な愛国主義が沸騰していた当時の人びとにとっては、知性も魂も揺るがす衝撃的な発想だったのです。その頃、カイパーとユーリーは、それぞれ産声をあげたばかりの宇宙探査計画を主導していましたが、確執は激しくなる一方でした。

二つの研究室を行ったり来たりしていたカールは、むき出しの敵意にすっかり参り、親が離婚した子どものようだと嘆いたこともあるといいます。両方の研究室に所属する大学院生はカールだけで、彼が唯一の橋渡し役だったのです。

ユーリーはNASAの月到達計画のために献身的に働いていました。太陽系の形成過程を知りたいとようやく思い始めたのです。月面は雪をざくざく踏むような感じだろうというのがカイパーの予測でした。その後月面を初めて歩いたニール・アームストロングは、その通りの感触だったと語っています。

ユーリーとカイパーの下にいたおかげで、カールも偉大な冒険に参加することができました。子どもの頃に描いたポスターの見出し、宇宙船が月に到達がとうとう実現します。しかも自分もそこに加わっている。

カールは、月に向けて出発するアポロ計画の宇宙飛行士たちに指示を出しました。宇宙探査で得た情報を吟味するために、科学者たちが集まった最初の合同会合の場にもいました。生物学者、地質学者、天文学者、物理学者、化学者が一堂に会して議論するなど、かつてないことでした。もっともそれは議論というより、怒鳴り合いに近かったのです。

そんな会合の席で若きカール・セーガンが立ち上がり、こう言ったのは有名な話です。「皆さん、僕たちはこんな宝の山をもらえる最初の世代なのです。みんなで一緒に頑張ろうじゃありませんか」彼は惑星科学の創成期に道筋をつけ、それが現在も生きています。

分野の垣根を越えた惑星研究を扱う初の科学論文誌「イカロス」で編集長を務めたのも彼です。この雑誌は今も続いています。カールは、地球以外の世界生命が存在する可能性のある惑星や、地球外の生命や知的生命の探査を、確かな科学の眼で追究した数少ない研究者の1人でもあります。

彼はまた、科学者以外のすべての人にわかりやすく研究成果を伝える為に、生涯努力を惜しまなかったのです。太陽系外惑星が最初に観測されたのは1995年。ジェラルド・カイパーとハロルド・ユーリーは既に死去していたし、カール自身も翌年世を去っています。

NASAのケプラー宇宙望遠鏡や世界各地の地上望遠鏡の観測で、太陽系外惑星が何千個も存在することが確かめられたのはずっと後のことです。この3名をはじめとする多くの研究者の努力で、ガスと塵の雲から一つの恒星が生まれ、その残り物が合体して惑星や衛星ができる、つまり太陽系が形成されるのに、1000万年以上かかる事がわかりました。

惑星形成は、ずいぶんと長い時間を要するが、珍しいことではありません。天の川銀河の中では、ほぼ毎月どこかで起きています。観測可能な宇宙には、おそらく1兆個の銀河があり、1兆の1000億倍個の恒星が存在し、もしかすると毎秒1000個もの新しい惑星系が誕生しているかもしれないのです。

 





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未知の世界への扉が大きく開く
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/03(火) 08:23
No. 8127
 
 
1956年に修士課程を終えたカールは、シカゴ大学にとどまり、今度は物理学と天文学で博士号を取得することにしました。天文学の博士課程は、ウィスコンシン州ウィリアムズ・ベイにあるヤーキス天文台が舞台となります。

台長はユーリーの宿敵ジェラルド・カイパーでした。1956年夏、カイパーはカールをテキサス州のマクドナルド天文台に誘いました。そこで2カ月火星の観測をするのです。当時カイパーは、この惑星で唯一の惑星天文学者でした。

その頃は火星と地球の位置関係が好都合で、30年ぶりの大接近を迎えることになっていました。だが、交代で望遠鏡をのぞいていたカイパーとカールは、やれやれと首を振ってばかりでした。気象条件が悪かったのです。テキサスではなく、火星の激しい砂嵐が全体に吹き荒れて何も見えません。仕方ないので、2人は夏の夜を語り合って過ごしました。

カイパーは若き科学者に、斬新な発想を効率よく検証し、「封筒の裏に走り書きするような」とりあえずの計算を最適に行なう方法を伝授しました。以後カールは、その方法を日常的に実践することになります。太陽以外の恒星の周りを回る惑星は、いったいどんな世界なのだろう。その夏、2人の想像力は天の川銀河の中をどこまでも駆け巡りました。

未知の世界への扉が大きく開き始めたのです。宇宙に思いを馳せた1956年の夏を振り返ると、その後の科学の進展が実感できます。1956年といえば、有人どころか無人探査機もまだ宇宙に飛び立ったことがなく、宇宙から我らが小さな地球を宇宙から眺めた者は皆無でした。ところが翌年にすべてが変わります。

1957年10月4日、ソ連のバイコヌール宇宙基地からロケットが打ち上げました。ロケットはアンテナが伸びる銀色の球体を放出し、軌道に乗せました。人工衛星スプートニク1号です。スプートニク1号は単純な送信機で、9分で地球を1周しました。

世界中の人びとが、夜ごと屋根に登って空を見上げました。このちっぽけな人工衛星は、どんなにあり得ない夢もかなうことを教えてくれました。人間がつくったものが夜空に浮かび、星のようにまたたいているのです。

スプートニク1号の成功は米国を震撼させました。財産と自由を巡る二つのイデオロギーが、真っ向からぶつかっていたのが冷戦です。ロシア人がいち早く宇宙に飛び出してみせたことは、西側の世界観に泥を塗るのと同じでした。

スプートニク1号を軌道に乗せ、米国の頭上を飛ばすことができるのなら、もっと危険なものを送り込むことだって朝飯前だろう。東西を二つの大洋に守られ、南北の国は弱く決して歯向かわない。そんな米国も、上空からの攻撃には無防備でした。

敵に偵察され、核兵器の標的となる新しいルートが出現したのです。もはや地球上に絶対安全な場所など存在しない。 独自の宇宙開発計画を進める必要に迫られた米国は、1958年、スプートニクから1年もたたないうちに米航空宇宙局NASAを設立しました。

スプートニクの成功はもう一つ副産物をもたらしました。カイパーは何年も前から地球を一つの惑星ととらえていたが、科学がようやくそれに追いついたのです。現代の私たちには当たり前のように思えるが、死もためらわない熱狂的な愛国主義が沸騰していた当時の人びとにとっては、知性も魂も揺るがす衝撃的な発想だったのです。

 





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スターリンとバビロフ因果の糸
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/02/03(火) 08:21
No. 8126
 
 
バビロフの運命は、クレムリンでは既に方向が定まっていたのかもしれません。ただ決定打となったのは、因果の糸が絡み合って起きた些細な出来事だったといいます。電車に乗り遅れたとか、飲料水を買うのに少し手間取ったとか、ちょっとトイレに寄ったとか、その程度のことだったかもしれません。

調査旅行から帰国したバビロフは、報告のためにクレムリンに出向きました。「やることが多すぎて時間が足りない」が口癖だった彼は、このときもクレムリンの廊下を大急ぎで歩いていました。手に持った鞄も、訪れた国の農業事情をまとめた報告書や資料で膨れ上がっています。勢いよく角を曲がろうとしたとき、反対からも誰かやってきました。

正面衝突した2人は床にひっくり返り、かばんの書類も散乱しました。バビロフの目に飛び込んできたのは、恐怖におびえきった相手の顔でした。それを見てしまった以上、長くは生きられない。バビロフは覚悟しました。なぜなら相手はスターリンだったからです。

バビロフは知る由もなかったのですが、独裁者スターリンは絶えず暗殺の恐怖におののいていました。ついにそのときが来たか。衝突の瞬間、スターリンの脳裏をそんな考えがよぎったでしょう。これまで数えきれないほどの乱暴を働いてきましたが、ついに自分がされる番になった。あのかばんには爆弾が仕込んであるに違いない。

しかし相手はただの不器用な学者バビロフだった。それでもスターリンのむき出しの恐怖を目の当たりにしたとき、バビロフの運命は決まった。衝突事件の直後からバビロフの様子が変わり、研究にいっそう拍車がかかったことは、友人たちも証言しています。

勢いを増すルイセンコとエセ科学のせいで、ソ連の穀物生産は打撃を受けていました。ロシアの冬を生き抜く小麦の品種を、一刻も早くつくる必要があったのです。パブロフスク研究拠点の実験農場。小麦と大麦が植えられた一画は、種類ごとに色分けされた標識がケシの花のように風に揺れていた。

綿密な観察を続けるバビロフに、弟子のリリヤ・ロージナは当局の監視の目を盗んで進言しました。遺伝学の実験はあきらめてください。ルイセンコが、飢饉の元凶はバビロフだと触れ回っています。だがバビロフは意に介さなかった。何があっても研究は続けなくてはならない。急がなくては。時間を惜しんで働き、結果を正確に記録するのだ。

尊敬するマイケル・ファラデーのように。もし自分がいなくなったら、きみが代わりに進めてくれ。大切なのは科学を正しくやり遂げること。飢饉は今だけでなく、将来また必ず起きる。それをなくす手段は科学しかない。

「でも同志、あなたは逮捕されますよ!」 ロディナは食い下がる。「ではなおのこと研究を急がなくては」それがバビロフの答えだった。スターリンに引き立てられたルイセンコは、ソ連の最高指導部に食い込んでいく。

共産党中央委員会の委員に選出され、スターリンの片腕として恐れられたビャチェスラフ・モロトフやラブレンチー・ベリヤと肩を並べるまでになった。反バビロフの根回しも怠らず、彼の非科学的なたわごとがソ連の農業を破壊し、スターリンの地位を危うくしていると中傷を繰り返した。

バビロフを調査した。KGBファイルをマーク・ポポフスキーが英訳したものがあります。そこには、事実だけを頼みとする人間が民衆扇動者に対していかに無力であるかが克明に記されており、読むのもつらい。バビロフは研究の進捗状況を報告するため、党の委員会に召喚された。バビロフは見るからにやつれ、落胆した様子だった。

飢えに苦しむ国家を心強く励ます言葉を、用意できなかったからです。バビロフは、自分の研究所の生化学者たちは、レンズマメとエンドウマメを含有タンパク質で識別することもまだできないと述べました。はったりや空手形の気配はみじんもない、控えめながら正確無比な報告でした。偉大な科学者が自ら公開処刑に出向いたのです。

ルイセンコの喜ぶまいことか。彼は席から立ち上がりもせず、こう言いはなった。「レンズマメとエンドウマメの違いなど、食べてみれば誰でもわかる」演壇のバビロフは落ち着いていた。正しい主張はおのずと勝利するという科学のあり方を信じていたのです。

「同志、これは化学的に識別できないという意味です」やつは万事休すだ。ルイセンコはとどめを刺すべく椅子から立ち上がり、芝居がかったしぐさで、大きな講堂の端から端まで見渡した。「食べてみればわかるものを、化学的に識別する意味がどこにあるのかね」 満場の拍手が起こった。扇動者の敵意は大きく実り、収穫のときを迎えていた。

出席していた下級役人たちは、科学者にやり込められたり、難解な専門用語に戸惑ったりした経験があります。飢えと恐怖におびえていた彼らは、世界的に名を知られた研究者でかつ、鋼鉄の意志を持つ冒険家に一気に優越感を覚えてあざ笑った。

これ以上バビロフを相手にする必要はないと判断したルイセンコは、バビロフをただちに逮捕して、警察国家の餌食にするようスターリンに依頼します。だがこれほどの人物が消息を絶つと、必ず騒ぎになるとスターリンは二の足を踏んだ。勇敢で着想力のあるバビロフは科学界で尊敬されています。

彼が国外に出られないならと、国際遺伝学会議の開催地をモスクワに変更しようとするほどです。だめだ、まだ機は熟していない。そこでルイセンコは、スターリンが手を下すのを待たずしてバビロフを葬り去る事にした。舞台はレニングラードにあるバビロフの植物生産研究所です。そこにはバビロフが収集した植物の種子が大量に保管されていたのです。

 



 

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