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キリンの首はなぜ長いのか。かつては、高所の葉を食べるために首が伸びた、と考えられていましたが、進化の過程で懸命に首を伸ばすうち、目的にかなうように少しずつ首が長くなってきたと考える「用不用説」は、現在では誤りとされています。
激しい筋力トレーニングをして筋骨隆々になれば、筋骨隆々の子が生まれるわけではない。美容外科手術を受けて鼻を高くすれば、鼻の高い子が生まれるわけではない。子に伝わるのは、原則としてDNAに書かれた遺伝情報だけです。
だが、こんなふうに説明できるようになったのは、遺伝学が進歩した二十世紀以降のことです。1859年、イギリスの地質学者チャールズ・ダーウィンは、世界で初めて「自然選択説」を提唱しました。
生存競争の結果として、環境にもっとも適応した種が生き残り、適応できなかった種は淘汰される、というものです。つまり、キリンの首は「目的」があって伸びたのではありません。全くの偶然によって生まれた少しだけ首の長いキリンは、他のキリンに比べて生存に有利であったため、より生き残る確率が高かったのです。
首が長いほど、低い位置の葉を他の動物と取り合うリスクが少ない。長い年月を経て、首がより長い遺伝子のほうが保存され、首の短い遺伝子は淘汰されていく。より環境に適応できる特徴が「自然に選択されてきた」のです。
なお「キリンの首」は自然選択を説明する際によく登場しますが、あくまで話を理解しやすくするための一例であり、実際に特定の遺伝子がこのような現象を起こしたことが判明しているわけではありません。
現代に生きる我々は、ダーウィンのこの恐るべき慧眼を、どのように見るだろうか? 途方もなく長い進化の過程を明確に思い描くのは難しい。我々は、長くても100年ほどしか生きられない。その上、次の世代を生み出すのに年単位もの長い年月を要する動物たちを見て、そこに「進化」の営みを感じることなど不可能なのです。
だが、我々の体内には、分単位で次の世代を生み出し、我々の観測可能な範囲で進化を遂げる生物が存在する。例えば、細菌です。大腸菌は約20分で2倍の数になり、2時間で64倍になります。
このペースで増え続ければ、1日では22桁という途方もない数に膨れ上がります。抗菌薬の濫用はさまざまな耐性菌を生み出しましたが、これは抗菌薬から生き延びる「目的」で細菌が進化したのではありません。
偶然の遺伝子の変化によって抗菌薬に耐性を獲得した細菌が、自然選択されたのです。癌についても同じことがいえます。ガンは抗がん剤によって一時的に小さくなりますが、完全に消えてしまうことは少ないです。あるときから抗がん剤は効かなくなり、再び癌は増大に転じます。この時、がんの中では何が起こっているのだろうか?
遺伝子レベルで癌を調べると、驚くべき事実が明らかになります。特定の抗がん剤から逃れるしくみを身につけ、耐性を獲得したがん細胞に置き換わっているのだといいます。偶然生まれた耐性細胞は、抗がん剤によって自然選択され、多数派の座を奪ったのです。
また、その耐性メカニズムは実に多様であり、その狡猾さには背筋が寒くなるほどです。耐性の仕組みを暴き出し、そこをターゲットに抗がん剤を開発すると、再び耐性を持つがん細胞が現れます。近年、がん治療は驚くほど進歩し、抗がん剤のラインナップは数え切れないほど増えましたが、そこには「いたちごっこ」に近い戦いの歴史があるのです。
このように、ミクロの世界を覗き込めば、まさに「自然選択」をありありと観察できます。とてつもない速度で次の世代を生み出す生物は、極めて短い期間に進化の過程をたどるのです。
近年、環境因子が遺伝子に影響を与え、これが次世代に引き継がれる現象が存在することがわかってきています。これを「エピジェネティクス」といいます。限定的ではありますが、生後に獲得した性質は子に伝わらない、とする説明は必ずしも正しくないことがわかっているのです。
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