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  肛門の機能について  仲條拓躬 2025/09/17(水) 20:10 
  可視光線での宇宙観測  仲條拓躬 2025/09/17(水) 20:08 
  大腸ファイバー検査とは  仲條拓躬 2025/09/17(水) 20:07 
  工夫が必要な夕食  仲條拓躬 2025/09/08(月) 17:03 
  時間栄養学的な視点では  仲條拓躬 2025/09/08(月) 17:01 
  中東の混迷の原因は「三枚舌」  仲條拓躬 2025/09/01(月) 15:32 
  第1次世界大戦を招いた要因  仲條拓躬 2025/09/01(月) 15:31 
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  コロンブスが持ち込んだ病気  仲條拓躬 2025/08/28(木) 16:55 






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肛門の機能について
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/09/17(水) 20:10
No. 7986
 
 
「実弾と空砲の区別がつかない」肛門の手術を受けたことがある知人は、自分の悩みをこう表現しました。肛門の機能が落ち、おならと便の区別がしにくくなったというのです。表現はユニークですが、笑いごとではないでしょう。

肛門は、精密機械のようによくできた臓器です。降りてきたのは固体か液体か気体かを瞬時に見分け、気体のときのみ排出するという高度な選別ができるからです。固体と気体が同時に降りてきたときは、固体を直腸内に残したまま気体のみを出すという芸当もできます。こうしたシステムを人工的につくるのは不可能でしょう。

おならと便を識別できないと、生活はとても不便になります。なぜなら、毎度トイレに行って便座に座らないとおならができなくなるからです。日頃トイレに行きづらい職業の人なら、オムツが手放せなくなってしまうでしょう。

このような話をすると、必ず少数の人から、「私の肛門はたまに気体と液体を間違える」と指摘を受けます。確かに肛門が健康であっても、水のような液体の便は、気体と出し分けるのがやや難しいこともあります。だが、その頻度は高くないはずです。せいぜい、お腹を壊して下痢気味のときくらいでしょう。

それはともかく、肛門の素晴らしい機能は他にもあります。直腸に溜まった便を無意識にせき止めておき、好きなときに排出できるという機能です。もし直腸に少しでも便が降りてくるたび、肛門に力を入れて漏れるのを防がなければならないとしたら、どうだろうか?とても生活は成り立たないでしょう。ゆっくり眠ることすらできないはずです。

肛門には、出口を常に締めている括約筋が二種類あります。一つは外肛門括約筋、もう一つは内肛門括約筋です。外肛門括約筋は、自分の意図で動かせる筋肉、すなわち随意筋です。一方、内肛門括約筋は不随意筋、つまり意図とは関係なく動く筋肉です。

肛門をぎゅっと締めるよういわれれば、従うことはできるはずです。このとき動かすのは外肛門括約筋(と恥骨直腸筋)です。もちろん、直腸の容量に限界はあるため、十分な量の便が降りてきて直腸の壁が引き伸ばされると、排便反射によって内肛門括約筋が弛緩する(ゆるむ)。このとき、意識的に外肛門括約筋を弛緩させれば排便できるのです。

乳幼児は、これらを調節する機能が未熟なため、反射的に排便してしまいます。一方、成人は大脳皮質からの指令によって外肛門括約筋を収縮させ、排便しようとする無意識の反射に意識的に逆らえるのです。これらの高機能な筋肉と、極めて繊細なセンサーが、我々の日常生活を支えているのです。

普段の生活では肛門のありがたさを実感しづらいのですが、実は替えのきかない優れた臓器なのです。性的な目的で肛門にコップや瓶などを挿入し、取れなくなって病院を受診する、というケースは比較的多いといいます。直腸や肛門を傷つけて出血したり、穴が開いて重篤な腹膜炎になったりすることもあります。

手術が必要になるケースも少なくないといいます。肛門への異物挿入については、これまで多数の研究報告が記載されているので紹介します。患者は20〜90歳代と広い年齢層に及び、男性は女性の17〜37倍多い、とされています。挿入された異物は家庭内で使用する日用品が多く、ボトルやグラスが約42パーセントを占めます。

その他、歯ブラシやナイフ、スポーツ用品、携帯電話、電球などの報告もあります。他にも、遊び半分でエアコンプレッサーの空気を同僚の肛門に吹きつけ、相手を死亡させるという事故が何度か報道されたこともあります。いずれにしても非常に危険な行為です。

また、肛門を使用した過剰な性交渉によって肛門や直腸に怪我をする事例も少なからずあります。特に、直腸の表面はやわらかい粘膜でできているため、乱暴に扱うと裂けたり出血したりします。膣に比べると、肛門や直腸の壁はデリケートなのです。

肛門や直腸をひどく損傷すると、治るまでしばらく使えなくなります。その場合は、手術で人工肛門をつくり、便の通り道を変更しなければならなくなってしまいます。無事に治療ができても、術後に肛門の機能が完全に回復せず、後遺症が生じることもあるのです。

肛門の機能が落ちると、日常生活に甚大な影響を与えるというのは、前述の通りです。もちろん、こうした事態が起こるのは肛門外傷だけではありません。直腸がんや肛門がんなど、直腸や肛門の病気に対する手術後にも肛門の機能障害は起こります。病巣を切除するためには、肛門周囲の筋肉や神経を傷つけざるをえないことがあるからです。

また、交通事故やスポーツ中の事故などによる脊髄損傷も、こうした神経障害を引き起こすことがあります。直腸や肛門の外傷のほか、お腹の中のさまざまな病気が原因で人工肛門が必要になることがあります。人工肛門を持つ人は、日本に20万人以上いるともいわれています。

だが、服に隠れて見た目ではわかりにくいため、その実態はあまり知られていません。ペースメーカーや人工関節のような器具だと誤解している人もいます。人工肛門とは、お腹の壁に孔を開けて大腸の切れ端を外に出し、大腸の中と外界とが直接繋がった状態にするものです。お尻の肛門とは別に出口を設けるだけであり、器具を埋め込むわけではない。大腸の一部が皮膚の外に見えている状態です。

ここにパウチを装着し、その中に便が溜まるようにします。便意を感じないため、便はパウチの中に自然に溜まります。これを定期的にトイレに捨てに行く、という流れになります。一方、人工膀胱は、腸を使って膀胱の代わりをつくったものです。やはりお腹の壁に開けた孔から腸の端を外に出し、尿を排出できる状態にします。

見た目や原理は人工肛門と似ており、これらを合わせて「ストーマ(stoma)」と総称するのが一般的です。装具は防臭加工されており、適切に使っていれば臭みはなく、漏れもない。防水テープなどをつけ、装具をつけたままの入浴も可能です。残念なことに、温泉施設等で人工肛門を理由に入浴を拒否される事例があるといいます。

きれいなパウチに覆われた人工肛門が汚いというなら、その人自身の肛門は一体どのくらいきれいなのだろうか。お尻に露出した肛門を直接お湯につけるほうが、よほど汚いかもしれません。ちなみに、お尻にある肛門は、人工肛門と対比して「自然肛門」と呼ぶ。

自然肛門を残したまま人工肛門を一時的につくることもあり、この場合は「肛門」が二つになります。こうしたケースでは、それぞれを呼び分ける必要があるのです。(※障害者手帳交付数に基づいた数字であるため、一時的に人工肛門を造設した人〔のちに閉鎖する予定の人〕の数は含まれておらず、全体数はこれよりかなり多いと推定される。)

 





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可視光線での宇宙観測
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/09/17(水) 20:08
No. 7985
 
 
最も古くから人類が宇宙を眺めてきたのは電磁波、それも我々の眼球が感じることができる可視光線によってです。人類の発生以来、数え切れないほどの眼が宇宙に向けられてきたことでしょう。

それまでひたすら裸眼で宇宙を見ていた状態から脱却し、ガリレオが望遠鏡を初めて天体に向けたのが1609年、オランダのハンス・リッペルスハイが望遠鏡を発明したわずか1年後のことでした。人類の長い歴史の中で見ればごく最近のことです。

望遠鏡とはすなわち遠くを見る道具ということですが、その機能は主に二つあります。像を拡大する、つまり細かいところまで見られるようにすることが一つであり、これは光の到来方向を分解する能力なので角分解能という。この点、双眼鏡や顕微鏡と変わりはない。

もう一つが、暗くて肉眼ではとても見えないような微弱な光のシグナルを検出する能力であり、感度と呼ばれています。角分解能は肉眼で言えば、視力に対応するものです。日常生活で言う視力1.0とは5メートル離れた距離から1.5ミリメートルの模様を見分ける能力で、角度で言えば1分角=60分の1度です。

望遠鏡の角分解能は光の波長を望遠鏡の口径で割った数字で決まり、口径を大きくすれば角分解能が上がります。原理的には口径10センチメートルの望遠鏡で角分解能は1秒角つまり3600分の1度に達しますが、地球上にある望遠鏡ではこれ以上口径を大きくしても角分解能は上がらなくなるといいます。

地球の大気のために天体の像がぼやけてしまうためです。一方、感度の方は大きな望遠鏡で大量の光を集めれば集めるほど暗い天体まで検出できるようになります。このため、最先端の天体望遠鏡の開発は大型化の歴史でもありました。

望遠鏡の口径が1メートルの壁を突破したのが1800年頃です。20世紀前半、ハッブルらが我々の銀河系とは別の銀河を見つけ始めた頃、観測に用いていた当時最先端のウィルソン山天文台フッカー望遠鏡の口径は2.5メートルでありました。

20世紀終盤から21世紀初頭にかけて8〜10メートル級の巨大望遠鏡が登場し、それが現在の可視・赤外波長域での望遠鏡の最先端となっています。1993年にハワイ島マウナケア山頂に建設されたケック望遠鏡や、2009年にカナリア諸島に建設されたカナリア大望遠鏡は口径10メートルを超えますが、それは小さな鏡を並べた分割鏡です。

一枚鏡でできた単一鏡としては、1999年に完成したすばる望遠鏡の8.2メートルが現在でも世界最大級です。もちろん、口径2.4メートルの望遠鏡を初めて大気圏外に設置したハッブル宇宙望遠鏡も忘れてはならないでしょう。

素粒子加速器に関して先に述べたムーアの法則やリビングストンチャートと同じことを望遠鏡の進化史に当てはめると、17世紀初頭の発明時に10センチメートル程度だった口径が、180年ごとに2倍のペースで巨大化してきたことになります。

2030年頃には世界は30メートル級望遠鏡の時代を迎えると予想されていますが、これはこの法則の予想を上回る驚くべきスピードと言えます。望遠鏡の大きさだけでなく、データの記録方法の進化もまた見逃すことはできないでしょう。

人類として初めて望遠鏡で宇宙を眺めたガリレオが、それを記録した手段は自らのスケッチでした。やがて写真技術が発明されると、写真乾板が天体観測データの保存に用いられるようになりました。

写真技術自体はすでに幕末の日本にまで伝わっていたことは周知の通りでありますが、写真乾板が初めて天体観測に用いられたのはそれより遅く、1891年のマックス・ヴォルフによる小惑星の発見だったといいます。そして1980年代になると、圧倒的に感度が良い新技術である、デジカメなどにとって代わっていくのです。

 





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大腸ファイバー検査とは
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/09/17(水) 20:07
No. 7984
 
 
「大腸ファイバー」とは、肛門から細長い筒状のカメラを挿入して、大腸の中を一周観察する検査です。大腸カメラは、胃カメラ(上部消化管内視鏡検査)と比べると、受ける側にとっては手間の多い検査です。準備は検査前夜から始まります。

夕食を20時まで消化の良いもので済ませて、寝る前に飲み薬の下剤を飲んで夜中に便を排出させます。さらに当日の朝、二リットルもの液状の下剤を飲み、大腸を完全に空っぽにします。便が残っていると大腸の壁がきちんと観察できず、検査の質が落ちるからです。

当日は検査室の前に大勢の患者が並んで座り、透明な便が出るようになったのか問診されます。便の出やすさや下剤への反応は人それぞれで、すべての便が排出されるまでにかかる時間は人によって違うでしょう。普段から便秘気味で、大腸内に残便が多かった人は時間がかかります。すぐに便が出る人もいれば、なかなか便が出ない人もいます。

患者側としては、少し面倒な検査です。さらには、検査そのものにかかる時間も人によって違います。大腸の長さや、その曲がり具合、走行は人によって全く異なり、それがカメラの通りやすさを左右するからです。

このことを話すと驚かれることは多いのですが、目や鼻の形、大きさ、手足の長さ、身長などが一人一人違うことを思えば、むしろ当然のことでしょう。ちなみに体の大きな欧米の方より日本人の腸はとても長いのです。内臓の大きさや長さと、外観でわかる身体上の特徴が大きく異なるのは、それを自覚できるか否かです。

我々は日頃から、他人との大腸の長さの違いを実感することはないでしょう。あなたの大腸は私の大腸より二〇センチメートル長いかもしれないが、特別な理由がない限り、あなたはそのことに気づかないでしょう。普段は多少長くても困らないからです。

このように、人体には生存に影響を与えない範囲内で遊びがあるのです。胃や肝臓の大きさ、小腸や大腸の走行、血管の太さは人それぞれ違います。外観と同様に、臓器にも健康に生きるという目的を果たせる範囲内で個性があるのです。

一方、その個性が、遊びの範囲を超え、人体に悪い影響を与えるようになれば、それを「個性」ではなく「病気」と呼ばれています。大腸は多少長くても困らないのですが、長すぎて慢性的な便秘になったり、腸がねじれたり(「捻転」と呼ばれる)しやすい状態になれば治療が必要になります。


たとえば「S状結腸過長症」と呼ばれる病気は、S状結腸が長すぎてトラブルを引き起こす病気のことです。大腸を短く切り取って摘出し、上流と下流をつなぎなおす手術が必要になります。私はこの手術を腹腔鏡で行いました。ちなみに大腸には、盲腸・上行結腸・横行結腸・下行結腸・S状結腸・直腸と、各区画に番地のごとく名前がついています。

小腸から流れてきた液体は、この順に大腸の中を流れ、便になのます。「S状結腸」という名前は、その「S」の形に由来する。「S」の湾曲の程度も人によって実にさまざまです。大腸の「遊び」は、他にもたくさんあります。

「虫垂炎」という病気をご存知だろうか? なぜか昔から間違って「盲腸」と呼ばれている病気です。前述の通り盲腸とは部位の名前で、盲腸にぶら下がった「虫垂」という管に炎症を起こす病気が「虫垂炎」です。虫垂はお腹の右下にあるため、典型的な症状は「右下腹部痛」です。しかし、「右下」といっても人によって痛む位置は少しずつ違います。

虫垂のサイズや走行は人によって異なるからです。細くて長い人もいれば、太くて短い人もいます。上向きに伸びている人もいれば、下向きに垂れ下がっている人もいます。同じ虫垂でも、その様子は人によって多種多様だといいます。

実は盲腸の位置も、人によって少しずつ違うといいます。小腸が接続する位置より下側の大腸を「盲腸」と呼ぶのは誰しも同じですが、ここが生まれつき周囲に固定されておらず、あちらこちらに移動できる人もいます。この状態を「移動盲腸」と呼びます。

盲腸の位置が違えば、ぶら下がる虫垂の位置も異なるのです。そこに炎症を起こせば痛みを感じる位置もさまざま、というわけです。盲腸は、もしかすると固定されていないかもしれません。虫垂は、病気になって検査をされない限り、そのことには気づかないでしょう。このような正常範囲内の「個性」は、生活に何ら影響を与えないからです。

余談ですが、私の大腸は「とても検査しやすい」といわれています。大腸カメラを担当した医師によれば、S状結腸がないので、カメラが通りやすいというのです。大腸カメラを受けたときの痛みが人によって違うのは、こうした臓器側の要因によるところが大きいでしょう。一方で、多くの人は「術者の腕がいいほど痛みが少ないはずだ」と考えます。

確かに医師によって多少の技術の差があるのは否めませんが、「スムーズに検査を終えられるか否か」は、臓器の「個性」によるところも大きいのです。ちなみに、胃カメラを受ける場合は一般的に、大腸カメラと違って下剤などの薬を内服する必要はない。健康な人であれば、一晩眠ると胃の中はたいてい空っぽになってしまうからです。

 





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工夫が必要な夕食
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/09/08(月) 17:03
No. 7983
 
 
時間栄養学的な視点で夕食の特徴をあげると、夕食はインスリン抵抗性があり、高血糖になりやすい。夕食後から寝る前までに2〜3時間の十分な時間を空けないと、摂取したエネルギー消費が起こらず肥満の要因になっていく。

一般的に習慣として、夕食は3食中で一番たくさんのエネルギーを摂取しやすく、タンパク質も偏って多く摂取しやすい。夜遅い食事は夜型を助長するが、インスリンの作用が関係している。

以上のような特徴を考えると、夕食では高血糖を起こしにくい調理法が良いということになります。ごはんを白米だけで食べるということはあまりないと思いますが、単独で食べるよりは、玄米や大麦などが入ったものにする、炊き込みご飯にする、あるいはカレーライスとしてなど、血糖値を上げにくいものを混ぜて食べる方が良いと考えられています。

また、高カロリー食になるのを防ぐ方が健康には好ましく、そのためにたとえば同じ豚肉でもトンカツではなく、豚肉の冷しゃぶサラダにするなど、カロリーを下げることが必要です。カロリーを抑えてもボリューム感が出る工夫として、スープや豚汁のようなものはおすすめです。

また、主菜や副菜などは取り皿に取り分ける、ビュッフェ形式のようなことはやめて、1人前の盛り付け調理にして、食べる量が見えるようにする方が、摂りすぎを防ぐためにはいいでしょう。ただ、サラダ類やスープ類、根菜の煮物などは栄養学的にはたくさん摂りたいものも多いので、そういうものはお代わり自由にしてもいいかもしれません。

そういった食行動への心理的な工夫も、時間栄養学を考えると、取り入れていった方が良いと思います。鶏の唐揚げなどを夕食に余分に作ってしまったら、余分は出さずに翌朝の朝食に回すと、夕食時には摂り過ぎにならず、朝食時のタンパク質摂取不足の解消にもなります。

夕食がどうしても遅くなる人には、1日4〜6回に分けて少量ずつ摂る分食をすすめていますが、特に夜遅い時間帯に食べる食事には食材や調理の工夫が必要です。米やパン、麺など主食は早い時間に済ませておいて、遅い時間帯は低糖質な食材を使った主菜や副菜を中心に食べるのが良いと考えられます。

また、消化管運動に時間がかからないものを選ぶようにするべきなのですが、たとえばビーフステーキよりはハンバーグ(かたまりより細かくなったもの)、生よりは加熱処理をしたものなどが消化しやすく、消化時間を低減できます。

また、味付けの点からは、香辛料が強い食事は覚醒度が上がり、夜遅い食事の場合は睡眠に不利に働くので注意が必要です。食後のデザートも夕食、特に遅い夕食時は注意する必要があります。生クリームたっぷりのアイスクリームよりは低カロリー系のアイスクリームが良いでしょう。

豆乳や低カロリーの甘味料を使うなど、低カロリーでもおいしい商品も出ています。私は以前、夕食後のデザートでハーゲンダッツを食べていました。すると体重がみるみる増加しました。やはり夕食後のデザートや夜食は、非常に注意して摂食すべきかと思われます。

カルシウム不足といわれる日本人の食生活ですが、時間栄養学的には夜の方が朝よりカルシウムの吸収率が良いと考えられています。そのため、夕食時のカルシウム摂取が有効になるように、調理上の工夫をすると良いと思います。

牛乳、チーズ、ヨーグルトなどは腸からの吸収率は50%程度ですが、小魚、海藻類、大豆製品では20%程度と低くなっています。調理法によって、これらの小魚や海藻類の吸収率を上げることができます。

酢に含まれていることが多いクエン酸やリンゴ酸などの有機酸は、カルシウムの吸収を助けるので、魚の南蛮漬けや、小魚と海藻の酢の物などに調理したもので摂取した方が良いと考えられます。カルシウムの吸収にはビタミンDが欠かせません。干し椎茸以外にもビタミンDが強化された牛乳や卵なども市販されていますので上手に使うと良いでしょう。

ところで、ゴボウなどの水溶性食物繊維は、朝の摂取で便通を良くしたり、高血糖を抑えられたりします。調理としては、良質のタンパク質が含まれているイワシなどを組み込んで、イワシとゴボウの煮物や、煮干し入りキンピラなどにして、朝に摂ることもおすすめです。

 





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時間栄養学的な視点では
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/09/08(月) 17:01
No. 7982
 
 
調理方法によってカロリーや栄養成分も違ってきます。普段の生活で大体わかっていることではあります。大きく分けて7種類、焼く、茹でる、煮る、炒める、揚げる、蒸す、そして和えるという調理法です。

焼く調理法は、基本は火が直接食材に触れる調理法ですが、多くはフライパンやグリル・オーブンなどで間接的に火を当てて、かなり高温で調理します。特に肉類では、焼くことにより油分を落とすのでカロリーは低くなるということでは、夕食の調理に向いているといえそうです。一方、栄養成分が高熱で分解されてしまうものは、栄養学的にはあまり好ましくないといいます。

茹でる調理法は、食材を湯の中で加熱する方法で、後述の煮物と比較すると、単に湯の中で加熱することが茹でることの特徴です。茹でる調理法の利点は、素材の良さを最大限に出す工夫ができる点でしょう。しかしながら、茹でることによって壊れた組織からは、水溶性の成分(糖、苦味、水溶性食物繊維、水溶性ビタミン)などが出ていってしまいます。

そこで、そういった成分も摂るために、茹で汁を使うという手もあります。朝食に摂る水溶性食物繊維が腸内細菌の餌として良い働きをするので、ぜひ茹で汁ごと食べるような料理を工夫したいところです。ただ、食材によっては、たとえば茹でゴボウより、次に出てくる煮物や、炒めるキンピラゴボウなどにする方が、食物繊維も一緒に摂りやすい調理法といえます。

煮る調理法は、水やだし汁に食材を入れて加熱し、加熱した食材とともに煮だし汁も使う調理法で、日本料理などでは煮物として最もポピュラーなものです。煮込みや煮つけなど、細かい調理法の違いはありますが、時間栄養学的な視点では、朝、昼、夕食のいずれでも、摂取時間による体への影響に特徴はない調理法だといえます。

炒める調理法は、一般的には少量の油を使って野菜や肉を混ぜながら加熱する料理です。高温で短時間の油加熱ということになるので、油を使うことにより、たとえば脂溶性のビタミンAを摂取しやすくなります。また、茹でる、煮るなど比較的時間をかける調理法に比べると熱に弱く、水溶性の栄養素、たとえばビタミンCも失われにくく、摂取しやすくなるというメリットがあります。

揚げる調理法は、揚げ物とは、高温の多量の油の中で食材を加熱調理することをいいます。「煮る」や「茹でる」と異なり、調理温度は150度から200度近くになります。高温の油に入れるので、表面ではタンパク質の固化という現象がおこり、食したときにサクサク感が残りますが、食材の内部は水分が保たれ柔らかさや風味などが残っています。

グラム当たりのカロリーが高い油で調理するので、どうしても高カロリーの調理法になってしまいます。素揚げや衣をつけない空揚げのような調理方法と比較して、衣をつける唐揚げや天ぷらなどは衣と油の両方のカロリーが加算され、特に天ぷらは高カロリーになるので、時間栄養学的な視点でいえば、夕食の調理には向かないということになります。

蒸す調理法は、蒸気を使って加熱する料理で、茹で料理のように水溶性の栄養素が溶け出すことはなく、また炒め料理のように油を使用することはなく低カロリーとなるので、ヘルシーな調理法といえます。また、100度以上に加熱されないため栄養素の損失が少なく、形も崩さないので素材を生かした調理法でもあります。

欠点としては、調理中に味付がしにくいので、下味を付けたり、タレやソース類で味付けをして食べる工夫がいることです。蒸し器ではなく、スチームオーブンレンジを使ったり、電子レンジで食材の水分で蒸し状態にしたりする工夫もあり、手軽に蒸し料理ができます。時間栄養学的な視点では、遅い夕食や、夜食を摂る必要があるときには、利用したい調理法だといいます。

和える調理法は、下処理をした食材(和え種)を和え衣(酢味噌やドレッシング、ゴマ醤油)とともに和える(混ぜる)処理をする料理法です。日本料理の副菜に相当するものに多く見られます。和え種になる食材はあらかじめ、刻む、茹でる、煮る、炒めるなどの処理をしたものを使います。

食事バランスの観点から、パンやご飯といった主食だけを摂るより、主菜、副菜を摂ることが必要ですが、時間栄養学的な視点では、たとえば朝食に主食だけですませる忙しい人にも、ぜひ一緒に摂るようにすすめたいのがこの和え物の副菜なのです。

このように朝忙しい人の場合でも、前日から和え種の食材を用意しておけば、朝食時の副菜として和え衣で和えるだけなので摂りやすくなるのではないでしょうか。豆腐の白和えや、おからを使った卯の花和えなどは食物繊維もタンパク質も摂取でき、おすすめです。

 





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中東の混迷の原因は「三枚舌」
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/09/01(月) 15:32
No. 7981
 
 
第1次世界大戦は「3カ国 対 3カ国」の構図で始まります。両陣営を工業生産力で比べてみると、中央同盟国のドイツ、オーストリア=ハンガリー帝国と英仏ロシアの連合国3カ国の工業生産力は、かなり拮抗しています。

中央同盟国にオスマン朝が加わることも考えれば、ほぼ互角といっていいでしょう。しかし、この2つの陣営とほぼ同じか、それを大きく上回る工業生産力を、アメリカ1カ国が持っていました。まとめれば、ドイツ組: 大英帝国組:アメリカ=1:1:1強の3強です。

実際に戦ってみるとドイツが強く、東のロシアをタンネンベルクの戦いで勝利します。次にドイツは、西のフランスを倒そうとしますが、フランスは意外にしぶとく、西部戦線は膠着するのです。西部戦線が膠着すると、大英帝国がひらめきました。

「ドイツは強い。だったら、中央同盟国のなかで一番弱い国からやっつけよう」ということで、オスマン朝に狙いを定めます。英仏は、イスタンブールの占領を目指して、ガリポリの戦いを仕掛けます。

ところが、オスマン朝にはムスタファ・ケマルという若い英雄がいて、全然勝てません。ムスタファ・ケマルは、のちのケマル・アタテュルクです。目算が狂った大英帝国は焦ります。

そしてアラブの指導者フサインに「フサイン=マクマホン往復書簡」と呼ばれる手紙を出します。「アラビア半島で、オスマン朝に反乱を起こしてくれ。そうしたらアラブの国をつくってあげよう。パレスチナへの居住も認めよう」と。

このとき、アラブ側に立って活躍したのがアラビアのロレンスです。大英帝国の「三枚舌」 外交が、中東に禍根を残すのです。ドイツに苦しめられた大英帝国は、「三枚舌」外交に出ました。ユダヤ人の大富豪ロスチャイルドには「戦争はお金の勝負です。

だから、お金を出してください。そうしたら、パレスチナにユダヤ人の国をつくってあげます」と約束しました。「バルフォア宣言」です。しかし、その一方で、フランスには「戦争が終わったらシリアをあげる」「パレスチナは国際管理地にしよう」と約束していました。

「サイクス・ピコ協定」です。そして大英帝国は、アラブの人たちとも、往復書簡で「フサイン=マクマホン協定」を結んでいました。この協定に従って、アラビアのロレンスは、アラブ人と一緒にシリアのダマスカスに入りました。

同じ土地を三者にあげると約束したわけですから、三枚舌です。学者のなかに、アラビア半島やパレスチナ、シリアの地図を精緻に読み込んだら、「この三枚舌は成立する」という人もいるのですが、どう考えてもおかしいです。

第1次世界大戦の終結後、フランスはサイクス・ピコ協定に従って、シリアを手に入れます。シリアに入っていたアラブ人は、突然「ここはフランスのものだ」といわれて激怒します。激怒したアラブ人をなだめるため、大英帝国は「では、イラクにアラブ人の国をつくってあげる」といいました。

第1次大戦後、大英帝国はイラクとパレスチナを手に入れていました。イラクが建国されて、フサインの子どものファイサルがイラク国王になります。イラクの人たちにしてみれば、びっくりです。今日の中東の混迷の原因のほとんどは、大英帝国の「三枚舌」にあると考えていいです。 苦し紛れに、みんなにいい顔をしたからでしょう。

 





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第1次世界大戦を招いた要因
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/09/01(月) 15:31
No. 7980
 
 
1914年6月、オーストリアのフランツ・フェルディナント大公夫妻が、バルカン半島のサラエヴォでセルビア人の民族主義者に暗殺されます。第1次世界大戦の引き金になったサラエヴォ事件です。しかし、不思議な話です。

バルカン半島は当時、民族紛争で大荒れでした。そんなところになぜ、皇位継承者のフランツ・フェルディナント大公がわざわざ出向いたのでしょう。それは、オーストリア皇帝のフランツ・ヨーゼフ1世が賢くなかったからです。

ハプスブルク家は賢帝が出ない不思議な家系ですが、この人はまた、とんでもない頑固者でした。あまりの頑固さに息の詰まった妻が、放浪の旅に出てしまったくらいです。妻が放浪の旅をしている間に、2人の子どもの皇太子が、若い女性と心中してしまいました。

そこで甥にあたるフランツ・フェルディナント大公を皇位継承者にしました。フランツ・フェルディナント大公は、ボヘミア生まれの下級貴族のお嬢さんと恋をして、幸せな家庭を築こうとしていました。

フランツ・ヨーゼフ1世は頑迷そのものですから、下級貴族の妻を許しません。結婚は認めるが、子どもに皇位継承権は与えないし、ウィーンの宮廷で2人が並んで座ることも許さない、というのです。

そんな2人も、地方に出かければ、並んで座れて、拍手喝采で迎えられます。だからフランツ・フェルディナント大公は地方に頻繁に出かけ、そこで凶弾に倒れたわけです。ともあれ、皇位継承者がセルビア人に殺されたとあって、オーストリアは激怒します。

しかし、それならオーストリアとセルビアの戦争になるはずです。それがなぜ、第1次世界大戦に発展したのでしょうか。望まない戦争に引きずり込まれた、列強の愚かさがそこにあります。暗殺事件の1ヵ月後、オーストリアはセルビアに宣戦布告します。

ドイツもロシアもフランスも本来、これに何の関係もありません。ただし、ロシアはセルビアの後ろ盾になっていましたし、ドイツはオーストリアと同盟を結んでいます。ロシアは兵士に動員をかけます。戦争の準備くらいして見せなければ、格好がつきません。

ロシア皇帝のニコライ2世は、総動員を望んでいませんでした。総動員したら、ドイツを刺激してしまいます。ところが参謀の大臣たちは 「部分動員は技術的に難しい」などと主張して食い下がります。

すったもんだの末に疲れ果てた皇帝は、「しかたない」と、総動員を認めてしまいました。ドイツ皇帝のヴィルヘルム2世もあまり賢くありませんでした。戦争をする気なんてなかったのに、ロシアが総動員したと聞いて「では、こちらも」と動員をかけます。

露仏同盟を結んでいるフランスも、「ロシアがやるなら、こちらも」と動員します。こうして悲惨な戦争が始まりました。愚かです。『夢遊病者たち、第一次世界大戦はいかにして始まったか』(クリストファー・クラーク著、小原淳訳 / みすず書房)という名著があります。

誰も望んでいない戦争にずるずると引き込まれていく第1次世界大戦前夜の様子が、見事に描かれています。ドイツ組と大英帝国組、アメリカの国力は「1:1:1強」です。第1次世界大戦の構図を確認します。もともと三国同盟がありました。

19世紀に、ドイツとオーストリア、イタリアが結んだ同盟です。しかし、オーストリアと領土問題を抱えていたイタリアは、第1次世界大戦では当初、中立を守ります。ドイツ側には、3B 政策で深く結びついていたオスマン朝 (トルコ) がつきました。

このドイツとオーストリア、オスマン朝の陣営を、現在では中央同盟国と呼びます。いわば「ドイツ組」です。この「ドイツ組」に対峙したのが、露仏同盟を結んでいたロシアとフランス、そしてドイツと覇権を争う大英帝国です。

こちらは「大英帝国組」と考えればわかりやすいでしょう。第1次世界大戦はまず、このような「3カ国 対 3カ国」の構図で始まったわけです。戦場はヨーロッパです。第1次世界大戦は総力戦でした。

軍事力だけでなく、国全体の経済力、生産力で戦う戦争ということです。そこで両陣営を工業生産力で比べてみると、中央同盟国のドイツ、オーストリア=ハンガリー帝国と英仏ロシアの連合国3カ国の工業生産力は、かなり拮抗しています。

中央同盟国にオスマン朝が加わることも考えれば、ほぼ互角といっていいでしょう。しかし、この2つの陣営とほぼ同じか、それを大きく上回る工業生産力を、アメリカ1カ国が持っていました。

かなり大雑把にまとめれば、当時の列強の国力は、次のような数式で表せるでしょう。ドイツ組: 大英帝国組:アメリカ=1:1:1強の3強です。実際に戦ってみるとドイツが強く、 まず、東のロシアをタンネンベルクの戦いでこてんぱんにやっつけます。次にドイツは、西のフランスを倒そうとしますが、フランスは意外にしぶとく、西部戦線は膠着するのです。

 





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新幹線の切符購入について
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/08/29(金) 17:15
No. 7979
 
 
新幹線の列車を利用するには、乗車券のほかに特急券が必要となります。特急券は大きく分けると、座席を事前に定めた指定席特急券と自由席車であれば好きな座席に座ってよい自由席特急券との2種類です。グリーン車、普通車それぞれの指定席はJR各社共通の大型コンピュータで管理されています。

なにしろ東海道新幹線の「のぞみ」 1列車だけで指定席の数は1073席もあります。平日に毎日運転される本数だけで164本(2020年3月14日時点) もあり、しかも途中の駅で旅客が入れ替わって同じ座席に座るケースも多いので、指定席の管理は複雑です。

こうした要求に応えるため、鉄道情報システム株式会社 (通称: JRシステム)というJRグループの企業はマルス (MARS:Magnetic electronic Automatic seat Reservation System)501という大型コンピュータを用意し、新幹線はもちろん、在来線の分も含めた指定席を管理しているのです。

マルス505の能力は極めて高く、多いときで1日に1000万回ほどもある座席の照会にもびくともしないといいます。2種類の端末「MR形」「MV形」とは?指定席特急券の発行には、マルス505にアクセス可能な端末と呼ばれる小型コンピュータを操作します。

駅や旅行会社の窓口に置かれ、顧客の要望に応じて駅員や係員が指定席特急券を発行し、販売する端末をMR形といいます。モニタの画面をタッチして希望の列車や座席の種類を選ぶことができ、端末とセットとなったプリンタで指定席特急券が印字されます。2016(平成28)年3月31日時点で2977基が稼働中です。

一方、顧客が自ら操作して指定席特急券を発行可能な端末も存在します。こちらはMV形と呼ばれ、一般には指定席券売機といいます。通常の自動券売機と一緒に置かれていることが多く、プラットホーム上やコンコースに単独で置かれているものも見受けられます。

やはりタッチパネル式となっており、画面や音声の案内に従っていけば指定席特急券が発行される仕組みですが、慣れている人でも手間を要するのが難点かもしれません。なお、画面や音声の案内は、日本語と英語との2カ国語から選ぶことができ、一部は中国語や韓国語にも対応したものもあります。

MV形は2016年3月31日時点で2183基が稼働中です。今日、新幹線をはじめとするJR各社の指定席特急券は、わざわざ駅や旅行会社に赴かなくても、インターネットを利用してパソコンやスマートフォンで購入できます。

JRシステムは「JRサイバーステーション」というインターネットプロバイダー事業を展開しており、会員になると指定席特急券の予約が可能です。しかし、インターネットで申し込んだ指定席特急券は乗車当日には購入できないので、やや使いづらいです。

新幹線の営業を行っているJR北海道・JR東日本・JR東海・JR西日本・JR九州の5社は、独自のインターネット座席予約サービスを用意しています。サービスの名称はJR北海道とJR東日本とが「えきねっと」、JR東海が「エクスプレス予約」、JR西日本が「e5489」、 JR九州が「インターネット列車予約サービス」です。

これらは皆、予約した指定席特急券を決められた期日までにクレジットカードなどで支払いを済ませておけば、各社の駅の窓口や指定席券売機できっぷを受け取れ、スムーズに旅立つことができるのです。インターネット座席予約サービスを利用すると、駅の窓口や指定席券売機に寄るのが面倒に思えてくるでしょう。

そこでJR東海は「エクスプレス予約専用ICカード」を用意しています。このカードを利用して予約を済ませておけば、東海道新幹線はもちろん、山陽新幹線でも指定席特急券や乗車券を発券する必要はないのです。具体的には、自動改札機でICカードをタッチするだけで乗車できるのです。これからはラインで切符が購入できるようになります。

 





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100年に一度の革命
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/08/28(木) 16:57
No. 7978
 
 
EVを手掛けるのはテスラだけではありません。EV自体は1990年代から登場しているし、テスラのロードスターから2年後の2010年には日産が大衆向けEV「リーフ」を300万円台で投入しています。しかし、テスラの躍進も含め、EVがようやく普及モードの一歩目を歩み始めたのは2015年ごろのことでした。

一つのきっかけとなったのは、やはりパリ協定です。世界の温室効果ガスの排出量のうち、自動車など交通部門が占める割合は、調査によって異なるものの、大体約2割に上る。特に米国では2%を占め、エネルギーを超える一大排出部門となっているのです。

この交通部門には、自動車だけではなく航空機から船舶までが含まれますが、航空機も船舶も巨大かつ航続距離も長いため、いきなり電動化を進めるのはかなりの困難を伴います。その点、自動車では、まだ主流にはなっていなかったとはいえ、すでに複数のEVが市場に投入されていたこともあり、ここでEVシフトの礎が築かれつつあったのです。

実際、パリ協定の直前には「電気自動車と気候変動に関するパリ宣言」が採択され、2030年までに地上交通機関の少なくとも20%を電気自動車にすることなどが謳われました。もう一つ、このEVシフトへの引き金となったのが、「ディーゼルゲート」と呼ばれる事件です。

これはパリ協定締結に先立つ2015年9月に発覚した不正であり、特に欧州の自動車業界を根底から揺さぶることになりました。具体的には、自動車大手の独フォルクスワーゲンが「環境に優しいディーゼル」として売り出していた車が、環境規制をくぐり抜けることを目的に不正ソフトを組み込みこんでいたのです。

検査時だけ大気汚染物質のNOx(窒素酸化物)の排出を減らす装置を働かせていたことがわかったのです。ディーゼル車が道路を走っている間はこの装置は作動しないため、実際は、検査時よりも最大で4倍も多くのNOxを撒き散らしていたことが分かったのです。

何より、フォルクスワーゲンといえば当時年間販売台数1000万台近くを誇り、トヨタに次ぐ世界2位のメーカーだっただけに衝撃は大きかった。さらには、高級車ベンツで知られるドイツの自動車大手ダイムラー(現メルセデス・ベンツ)でも同様の不正が2017年5月に発覚しました。

一般的に信じられていた「ディーゼル車は環境に優しい」というイメージが大きく崩れることになったのです。これらの事件が自動車大国のドイツ、さらには欧州全体がEVへと傾倒していくきっかけとなるのです。

その一つの象徴となったのがフォルクスワーゲンの不正から1年後の2016年、ダイムラーの会長ディーター・ツェッチェが打ち出した「CASE」と呼ばれる中長期戦略でした。これは、次世代の自動車の競争力を左右する4つの技術の頭文字をとったものです。

Connected: インターネットへの接続を通した安全やエンタメの強化。
Autonomous:ソフトウェアが自律的に運転する「自動運転」。
Shared & Services: カーシェアリングなど、所有から「シェア」への移行。
Electric: 「電気自動車」を始めとする電動化。

ツェッチェは、CASE戦略のお披露目の場となったパリのモーターショーでCASEは、メルセデス・ベンツの未来を形作るものです。これらを体系的に進化させ、インテリジェントに組み合わせていきます。

現在すでに、ベンツは4つの分野で主導的な役割を果たしていますが、これらを一つの包括的な戦略にまとめることで、未来のモビリティにおいて支配的な役割を果たすという主張を明確にしていますと力強く宣言しました 。これ以降、日本を含む自動車業界ではCASEが合言葉として定着し始め、「100年に一度の変革」などと評されているのです。

 





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コロンブスが持ち込んだ病気
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/08/28(木) 16:55
No. 7977
 
 
1492年、クリストファー・コロンブスが新世界に足を踏み入れた時に、新大陸にいくつもの恐ろしい病気が持ち込まれたと考えられていて、中でも特に危険なものの一つが麻疹(はしか)でした。麻疹が猛威を振るったのは、新大陸の先住民はそれまで麻疹ウイルスに出合ったことがなく、まったく免疫を持たなかったためだというのが通説です。

だが、これを否定する歴史学者もいます。コロンブスが大きな変化をもたらしたのは確かですが、当時の探検家や入植者、交易商人たちが世界中のあちこちで現地にはなかった病気を持ち込むことは珍しくなかったのです。

さらに、 彼らは他の地域に病原菌を持ち込むだけでなく、旅先から故国に未知の病気を持ち帰ることもありました。16世紀にスペイン人がカリブ海地域、メキシコ、中米に麻疹と天然痘を持ち込んだのです。

この2つの病気は中米とペルーで大流行し、中南米の征服を企んだコンキスタドール(中南米の征服・植民地経営を行ったスペイン人)がごく少人数でアステカ帝国やインカ帝国を制圧できたのはこれらの伝染病が一因だったという説もあります。

麻疹はヒトとサルの仲間にしか感染しません。感染経路は、一般的に接触感染と空気感染とされています。麻疹ウイルス (MeV) は呼吸器から体内に入り込み、全身に広がります。感染力は強く、数千年の間に何百万人もの人間がこの病気で命を落としているのです。

新大陸の例からもわかるように、それまで麻疹がなかった土地に持ち込まれると非常に多くの感染者が出ます。すでに免疫を持つ人が多い場所であれば死亡率は5000人に1人程度でしかないのです。しかし、1歳未満の乳児や栄養状態が悪かったり免疫系に問題があったりする子供の場合、死亡リスクはきわめて高くなります。

20世紀に西アフリカで行われた研究では、人口過密も問題を深刻化させることを指摘しています。こう考えると貧困層で子供の死亡率が高い理由を説明できます。人口過密地域で暮らしているとウイルスとの接触機会が多く、体内に入るウイルスの絶対量が増えるため、病気が悪化しやすいのでしょう。

さらに、そのような人々は同時に結核などの慢性感染症のリスクにもさらされていることが多く、麻疹などの急性疾患に対する抵抗力が弱っている可能性も考えられます。麻疹ウイルスは、人間が集団生活を始め、家畜を飼うようになった紀元前から中東で定着したと考えられています。

犬ジステンパーや牛疫 (かつては牛の群れを全滅させるほどの猛威を振るったのですが、2011年に根絶された)を起こすウイルスご近縁にあるため、どこかの時点で種の壁を越えて動物から人間に感染した可能性があるというのです。

 



 

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