| ホーム | RSS | 携帯用 | 過去ログ/検索 |


☆★☆最新情報7☆★☆


 
新規投稿 ] 
  食べてはいけないパン  仲條拓躬 2026/04/20(月) 18:57 
  我々の求めているものは何か  仲條拓躬 2026/04/20(月) 18:30 
  宇宙は光速で広がっている  仲條拓躬 2026/04/20(月) 18:29 
  元旅客機が活躍する民間宇宙事業  仲條拓躬 2026/04/20(月) 18:07 
  アメリカとサウジの関係  仲條拓躬 2026/04/14(火) 17:55 
  エボラ出血熱の感染経路の特定2  仲條拓躬 2026/04/14(火) 17:53 
  エボラ出血熱の感染経路の特定  仲條拓躬 2026/04/14(火) 17:53 
  赤痢の流行について2  仲條拓躬 2026/04/14(火) 17:49 
  赤痢の流行について  仲條拓躬 2026/04/14(火) 17:48 
  何度も繰り返している筋書き  仲條拓躬 2026/04/08(水) 17:00 






[ 一覧 ]
食べてはいけないパン
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/04/20(月) 18:57
No. 8223
 
 
全国どこのコンビニやスーパーに行っても、山崎製パンのパンが陳列されています。そのヤマザキパンの安全性に問題があります。クリームパン・チョコレートパンの原材料は少量で、残りはすべて食品添加物です。問題なのが、イーストフードです。

フードと書いてあると、食べ物と錯覚してしまいますが、合成添加物の塊なのです。イーストフードを人間が大量に摂取すると、吐き気や嘔吐、昏睡を起こす事があるのです。さらに、胃、腎臓、大動脈などに石灰沈着が起こり、骨中のカルシウムが溶け出して、骨が弱くなるとされています。

クリームパン・チョコレートパンでもっとも問題なのは、合成保存料のソルビン酸カリウムです。この保存料は、細菌を殺す毒性物質なのです。細菌も人間の細胞もそのつくりは基本的には変らない為、胃や腸の細胞に悪影響を与える事になるのです。

ソルビン酸カリウムは細胞の遺伝子を破壊すると報告を聞き、国立医薬品食品衛生研究所が、動物で実験したところ、染色体が切断され、DNA修復能力が失われ、細胞はガン化しました。

安全な食品を購入するのならば、イーストフードを使用していないパンを買うべきです。なるべく菓子パンよりは食パンの方が添加物の使用が少なく、保存料も使用されていないからです。

どうしても菓子パンを食べたい人は、保存料を含まない「小倉あんぱん」がよいとある先生がお話していました。表示をよく見て、添加物の少ない製品を選ぶことが、自分の健康維持につながりひいては、危ない製品を市場から追い出す事が出来るのです。

 





[ 一覧 ]
我々の求めているものは何か
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/04/20(月) 18:30
No. 8222
 
 
我々の求めているものは何か、未来の子供達のためにはエネルギー問題を締めくくらなければならないと思います。第二次世界大戦後、社会民主主義運動の先導者でもあった化学哲学者カール・ポパーは、哲学は宇宙論であるべきだと言いましたが、人間学として考えるとまず求めているものは「平和」です。

インドの哲学者で駐日大使が「宗教とは命を大切にすることだ」と言いました。それは、殺さないと言うこと戦争をなくすということです。日本に原爆が投下されて以後、1発も投下できない核兵器が、いまだに世界各地に存在するなど論外です。

殺し合いをなくすには、人間同士の激しい論争を何倍にも強めるべきだと考えています。我々が「命」の次に求めているのは「自由」ではないでしょうか。人間の本心は、気ままに生きたいのだと思います。自由は底知れず深遠な命題です。

孔子の「心の欲する所に従って矩を踰えず」という境地や、老子の「無為自然」には、その深遠な自由があります。しかし、現世の我々は、深遠な自由をつかみ人里離れて暮らす仙人にはなれませんが、文明を謳歌満喫しつつ自由に振舞いたいのです。

その人たちの「平和」と「自由」を保障するのはエネルギーです。食物も、あらゆる意味での環境も、そして労働が関わる時間もみな、エネルギーに依存しています。自由な存在を許す地球を我々は望んでいるのではないのでしょうか。

エネルギーの供給を充分にと言うと、「無駄づかいをして地球を壊す」と真剣に批判されます。一理はありますが、ものは充分あれば無駄使いするものでしょうか。ある面ではそうなるかもしれませんが、たとえば、充分ある空気を無駄使いしてはいません。

電力が充分に得られる状況になったら、きっと何かが起こるでしょう。少なくともエネルギー不足で人が餓え、殺し合い、地球が砂漠化して行くよりは良いと信じます。このエネルギー問題解決への挑戦に、戦争体験を背景に提案されています。

戦争を世界から一掃するには世界の若い科学技術者たちに、その開発を実行してもらわなければなりません。文明は、飽く事もない創造で支えられるものです。支えるのは人間の努力であり、智慧です。

智慧とはまさに科学精神です。科学は地球を破壊しているではないかと否定的な人が多い時代ですが、科学とは、人間が平和に自由に生きたいと願い、世界が共同で共有して努力するものだと思います。

 





[ 一覧 ]
宇宙は光速で広がっている
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/04/20(月) 18:29
No. 8221
 
 
いまこの瞬間も、宇宙は広がっています。ビッグバンから現在まで、宇宙はものすごいスピードで広がり続け、速いところは光速の3倍以上とも言われています。その宇宙を広げる力を「ダークエネルギー (暗黒エネルギー) 」と呼んでいます。

なんでダークエネルギーが「ある」と分かるのかというと、宇宙の広がるスピードが、加速しつづけているからです。遠くの銀河を観測すると、地球からどんどん遠ざかっていることが分かりました。

さらに、その遠ざかるスピードが加速していることも分かったのです。スピードが加速するには、なにかエネルギーが必要です。それが未知のエネルギー、つまりダークエネルギーだと考えられているのです。

宇宙はどれくらい広がったのかというと正確な大きさは、いまも分かっていません。我々は、はるか遠くからやってくる光などを観測して、宇宙のことを調べています。ところが、宇宙は光よりも速いスピードで広がっているとも言われているため、宇宙全体を観測することができないのです。

宇宙は最後、どうなるのかは、まだ詳しくは分かっていませんが、たとえば、いまのまま宇宙が膨張をつづけると、やがて宇宙の星々が燃え尽き、熱を失った宇宙が凍りつく「ビッグフリーズ」になるという説があります。

またダークエネルギーがこれから強くなっていくと、そのエネルギーで、銀河も星も引き裂かれ、宇宙のすべてが粉々になってしまう「ビッグリップ」が起こるという説もあります。 光年とは、距離の単位です。光が1年かけて進む距離が「1光年」です。

光は1秒間におよそ30万km進むため、1光年の距離は「約30万km×60(秒)×60(分)×24(時間)×365(日)」となります。たとえば、地球からシリウスまでの距離は8.6光年。これは、シリウスの光が8.6年かけて地球に届くということです。つまり我々は、8.6年前の光を見ていることになるのです。

 





[ 一覧 ]
元旅客機が活躍する民間宇宙事業
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/04/20(月) 18:07
No. 8220
 
 
今から半世紀ほど前までは宇宙開発をめぐってソ連と激しく凌ぎを削っていたこともあり、 NASAには多額の予算が割り当てられていました。しかし、アポロ計画が終わり、次代を担ったスペースシャトルも高額な費用が足枷となり始めると、宇宙開発の意義に関して疑問を抱く世論も増加していきました。

結果的に、NASA関連の予算は削減傾向にあります。事実、2011年にスペースシャトル「アトランティス」を打ち上げて以来、2020年までの間にアメリカは自国のロケットやスペースシャトルなどで飛行士を宇宙へ送り込んでいません。

国際宇宙ステーションへの移動はNASAで訓練を受けた日本人宇宙飛行士を含めロシアのソユーズロケットに依存していました。しかしながら、「NASAがやらないなら民間で」と考える実業家が現れるのがアメリカらしいところです。そして、ロケット開発のための各種研究や、そのミッションに使用される航空機も登場するというわけです。

もっとも、ひと口に宇宙事業と言っても一様ではありません。有名なのは電気自動車メーカーテスラ社の創業者でもあるイーロン・マスク氏が率いるスペースX社で、同社は大型のロケットを打ち上げています。これに対し、改造された元旅客機を使用して小型ロケットの打ち上げ事業を行う会社もあります。

比較的歴史が長いのが人工衛星の製造や打ち上げを行う1982年創業のオービタル・サイエンス社で、2014年にはオービタルATKに社名を変更しました。小規模のロケット開発、衛星の打ち上げという分野でNASAと契約を結んで、中でも「ペガサスロケット」と呼ばれるタイプは、従来のロケットと異なり空中発射ができるのが大きな特徴です。

空中発射式のロケットでは、発射台をはじめとする地上の大規模施設が不要なのでコスト削減が可能となっています。空中発射の母機となるのはロッキードL−1011トライスター。元はエア・カナダで運航されていた機体で、1992年にオービタル・サイエンス社が入手しました。

カリフォルニア州のモハビ・エア&スペースポートを拠点にしており、2022年現在も運航されています。これは世界で最後の飛行可能なL−1011として極めて貴重な機体でもあります。

オービタル・サイエンス社はロケット発射母機としてボーイング747やダグラスDC−10も検討しましたが、 導入コストや高高度における巡航速度、パフォーマンスなどを比較した結果、L−1011が適していると判断したといいます。

L−1011と言えば日本ではロッキード事件で悪いイメージがついてしまったものの、ANAの主力機として国内幹線や初期の定期国際線であるグアム線などで活躍し、性能的には非常に評価の高かった三発機です。S字ダクトを装備した第二エンジンの取り付け方のラインが美しく、 旅客機ファンの間でも人気がありました。

全長54mは近年の主力大型機であるボーイング777−200よりも約10m短いのですが、 胴体断面はほぼ同等で、エンジンが三発あるので存在感がありました。客室の床下にはアンダーギャレーがあり、客室との行き来に機内エレベーターを使用するといった構造もユニークです。

当時の客室乗務員の間では「一人でギャレー作業をしていると幽霊が出る」などと噂になったという逸話もあります。ANAではボーイング747の補完的位置付けであったのですが、747では収容力が大きすぎると判断してL−1011を主力機材として導入した航空会社も多いです。

1990年代にはデルタ航空、トランスワールド航空、ハワイアン航空、エア・カナダ、キャセイパシフィック航空、エアランカ、ブリティッシュエアウェイズなど世界中で使用されました。しかしながら性能的な評価が高かった割にビジネス的に成功したとは言えず、 製造機数は250機にとどまりました。

オービタル・サイエンス社のL−1011は登録記号がN140SCで、第二エンジンに「スターゲイザー (天文学者)」と気の利いたシップネームが記されています。 胴体下部に搭載している巡航ミサイルのような形状のものが小型ロケットです。

以前はNASAが運航するNB−52 (B−52戦略爆撃機を改造したもの)から発射されていたが、 打ち上げ事業が民間に委託されるようになったことで 「スターゲイザー」 が使用されるようになりました。 旅客機搭載型のロケットは、これが世界初の例だという。

ロケットの空中発射は、地上設備が不要になるだけでなく、天候に左右されにくいという大きなメリットもあります。例えばスペースシャトルは悪天候や雲が多い場合は打ち上げられないのが弱点となっているのに対し、「スターゲイザー」は雲のほとんどない高度39,000フィートまで上昇し、 良好な条件の元でいつでも発射ができるというわけです。

スターゲイザーを使用したロケット打ち上げは1994年から行われているモハビ・エア&スペースポートが、隣接したエドワーズ空軍基地やヴァンデンバーグ空軍基地のある空域から発射されています。

ロケットの重さは300kg程度なので、 L−1011からの発射はそれほど困難なものではないのですが、これまで行われた40回以上のミッションで打ち上げ失敗は3度記録しています。

それでもNASAから受託したミッションをこなすなど実績を積み重ねており、「スターゲイザー」も活躍を続けています。ミッションがない時にはモハビ・エア&スペースボートの管制塔近くの駐機場にいることが多く、タイミングが合えば一般人でも目にすることができるといいます。

 





[ 一覧 ]
アメリカとサウジの関係
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/04/14(火) 17:55
No. 8219
 
 
純粋に軍事的な観点から見ると、イラクは中東で最も戦略的な価値の高い国でした。クウェート・サウジアラビア・ヨルダン・シリア・トルコ・イランの6カ国と国境を接しています。既にアフガニスタンには米兵力が駐留していました。

イラクを支配下に置けば、米国の影響力は、東はヒマラヤから西は地中海まで、北は黒海とコーサカスから南は紅海・アラビア海まで及ぶようになるので、米国にとってイラクは中東の大事なキーだったのです。

米国がイラクを占領していることは、サウジアラビアにとっては耐えがたい状況を生み出す事でしょう。既にサウジアラビア国内及び周辺諸国にはアメリカの空軍と海軍が展開し、それに加えて隣国に陸軍の大部隊が駐屯しているのですが、サウジアラビア政府は、米国がイランを軍事占拠する可能性を真剣に考えた事はないようです。

強烈な挑発でもしない限り、米国が軍事行動をとることはありえず、もし軍事行動に踏み切る場合には、サウジアラビア国内の基地使用や領空の通過が不可欠だと思い込んでいたのです。サウジアラビアは、アメリカの戦略を読み誤っていました。

アメリカがサウジアラビア政府を同盟国ではなく、解決しなくてはならない戦略上の問題だと考えている事をサウジアラビア政府は理解していません。サウジアラビア政府は、アメリカとの友好関係を危うくするようなことは決してないと信じています。

だが、アメリカは繰り返し警告シグナルを発してきたにもかかわらず、9・11自爆テロ事件以後の煮え切らない行動で、信頼をすっかり失ってしまったことに気づいていなかったのです。対アルカイダ戦でサウジアラビアがしきりに米国の足を引っ張っていたことを思えば、米国にとって最も直線的な選択肢は、サウジアラビアを攻撃することです。

だが、領土が広大なサウジアラビアは攻めるのが難しく、しかも米国としてはサウド王家を潰すつもりはなかったのです。もし米国がサウジアラビアに対して軍隊を動かせば、サウジアラビア国内のアルカイダに対する支持は爆発的に強まっていたでしょう。

アメリカとしては、サウジアラビア政府が行動を改めてアルカイダ打倒に協力してくれれば、それでよいのです。こうした計算に、アメリカへの石油供給が危うくなる可能性も重要ですが、アメリカは迂回戦略をとって、イラクからサウジアラビアに圧力をかけることにしたのです。

アメリカ側からすると、イラク占拠はサウジアラビアに対する重要なテコを2つもたらすことになります。第1の重要なテコは、アメリカ陸軍数個師団がイラクに駐留しているというのは事実です。もちろん、サウジアラビアにとって隣国イラクは常に脅威だったのだが、これまではイラクの脅威からは、常にアメリカ軍が守ってくれていました。

アメリカ軍が国境線の向こう側に移って自国の脅威になる可能性は、サウジアラビアの戦略思考を根底から覆すものだったのです。第2のテコは石油です。イラク戦争に反対した者の多くが論じるのとは、別の理由によってですが、実はアメリカは、湾岸地域の石油の流れを直接コントロールしようとしたことはありません。

石油の安定した供給を求めていただけです。湾岸地域で直接、軍事行動を起こすことのコストは、油田地帯を掌握したことで得られるいかなる利得よりも高くつくであろうことを、アメリカは理解していたと言います。

 





[ 一覧 ]
エボラ出血熱の感染経路の特定2
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/04/14(火) 17:53
No. 8218
 
  何よりも優先すべきは、感染経路の特定です。それには足を使った調査が必要になります。つまり、患者が出た現場に出向いて病気がどのような経過をたどったかを調べ、犠牲者に共通する要因を探すわけです。そうすることで手がかりが得られる可能性があります。チームがヤンブクに到着した頃には、さらに54人の犠牲者が出ていました。

最終的な死者数は280人、死亡率は88%にのぼりました。感染の中心地となった教会病院は、小さな教会の隣にあり、シュロの木と芝生に囲まれた中庭がある、きちんと整えられた清潔感のある場所でした。チームが建物に近付こうとした時、叫び声が聞こえた。「それ以上近付かないでください。私たちのように死んでしまいます」。

生き残った修道女たちは、小さなゲストハウスに閉じこもり、死を待っていたのです。彼女たちは「防疫線」というものについて読んだことがあり、それを文字通りに解釈していました。建物の周囲にはロープが張りめぐらされ、来訪者に呼び鈴を鳴らすように指示した標識があり、木の根元にメッセージが残されていました。

17人いた病院の従事者のうち9人と、教会で生活をともにしていた60人のうち修道女4人と聖職者2人を含む39人がすでに死亡していました。専門家チームは現地の人々に話を聞き、死者が誰だったか、いつどのような状況で死亡したかについての情報を収集していきました。そうしたことを踏まえて、エボラが空気感染する可能性は低いと判断した。

感染には、ある程度の濃厚接触(患者の世話をする、直接触れるなどの行為) が必要であるように思われたからです。これは喜ばしいニュースでした。麻疹やインフルエンザのように空気感染する病気は非常に感染力が強いです。その後の数日間で、2つの重大な要因が浮かび上がりました。第一に、調査チームは葬式どの関連に注目しました。

エボラの犠牲者の葬式が行われると、その1週間後に参列者の中からまとまった数の新たな患者が出ます。それが何度も繰り返されていました。地域の葬式では家族が死者を素手で清める習わしがあり、体の開口部をすべて洗うことになっていました。儀式は数日間にわたって続く。その間に大勢の人々が集まり、密接な接触が増えます。

もう一つの手がかりは、流行初期に村で出た犠牲者のほぼ全員が妊娠中の女性で、教会病院の助産所でビタミン注射を受けていたことでした。修道女たちはガラス製の注射器を毎朝煮沸していた煮沸時間が短く、適切に消毒されていなかった可能性が高かったのです。しかも、注射器は患者ごとに滅菌水で簡単にすすぐだけで、1日中使い回されていました。

これらのあらゆる事実が示唆するのは、エボラ出血熱が血液、尿、便、唾液、精液、膣液などの体液から感染する可能性です。つまり、エボラ出血熱は比較的感染しにくい病気であることがわかりました。

感染の危険があるのは、患者の看護にあたる医療従事者と、近い関係、特に性的な関係、エボラの感染経路にある人々に限定されました。判明しさえすれば、予防が可能になります。だが、現地の人々は医療チームの説得を聞き入れようとしませんでした。

とりわけ、予防のために地域の伝統に従った葬式をやめることについては激しく抵抗したのです。しかし、2014年になって、葬式ばかりに目を向ける姿勢が問い直されました。葬式だけでなく、末期エボラ患者の看護は病気の感染源として等しく考えるべきだとわかってきたからです。

 





[ 一覧 ]
エボラ出血熱の感染経路の特定
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/04/14(火) 17:53
No. 8217
 
  初めて公式に記録されたウイルス性疾患エボラ出血熱の患者は、ベルギー人修道女シスター・ビータでした。彼女は大量出血などの恐ろしい症状に苦しめられた後、1976年9月に現在のコンゴ民主共和国キンシャサの病院で死亡しました。その数日後、シスター・ビータを病院に運んだ別の修道女にも同じ症状が現れました。

彼女も入院しましたが、やはり命を落としました。さらに、彼女の看護にあたっていた若い看護師も同じ病に倒れました。シスター・ビータが死亡する直前に血液検体が採取され、ベルギーのアントワープにある熱帯医学研究所に送られました。彼女の病気はどうにも説明がつかなかったからです。

医師の診断は「出血を伴う黄熱」だったのですが、シスター・ビータは最新の黄熱ワクチンを接種しており、出血は黄熱ではめったに起こらない症状でした。 やがて、キンシャサの3人以外の修道女にも患者が出ていたことがわかりました。

シスター・ビータが拠点としていた、コンゴ川沿いのエクアトゥール州の人里離れたヤンブク村にあるキリスト教伝道所で、複数の修道女が死亡していたのです。彼女たちはみな同じ病気のようでした。そして、やはり黄熱の予防接種を受けていました。

アントワープの科学者たちは血液検体を調べ、抗体を探しました。黄熱などの感染症にかかっていたなら、感染症と闘うために体内で抗体が作られたはずです。西アフリカの一部地域ではウイルス感染症のラッサ熱がよく見られたし、アジアや南米、東欧に多い細菌性感染症の腸チフスの可能性もありましたが、検査の結果はすべて陰性だったのです。

だが、電子顕微鏡で細胞検体をのぞくと、ミミズのような姿のものが見えました。ほとんどのウイルスに比べるとかなり大きく、これまでに発見されたことのない未知のウイルスでした。黄熱ウイルスとは似ても似つかなかったが、アフリカ固有のマールブルグ病と呼ばれる致死率の高い出血性の病気を引き起こすウイルスにいくらか似ていました。

マールブルグ病は、その9年前にドイツで発見されたばかりで、ウガンダから輸入したサルを扱った製薬企業の従業員が病気になったことが発端でした。サルから直接感染した25人のうち7人が死亡し、患者と接触があった6人が新たに発症しました。

ウイルスが見つかった頃には、ヤンブク村で謎の病気が猛威を振るうようになってから3週間が経っており、死者は200人以上に達していました。世界保健機関(WHO)は、熱帯医学研究所に対し、検体をイギリスのポートンダウン国立研究所に提出するよう要請し、6日後には出血性ウイルスの国際的な基準試験所となっている米国疾病管理予防センター(CDC) にもウイルスが送られました。

シスター・ビータの死から3週間後、CDCは病原性がきわめて高い新種のウイルスを発見したと発表しました。このウイルスはヤンブク教会の近くを流れる川にちなんでエボラウイルスと命名されました。エボラウイルスは、現在までに5種類のウイルスそのうち4つは人間に病気を株が発見されています。

引き起こすウイルスで、ヤンブクで発見された株で最も病原性の高いザイールエボラウイルス(zaire ebolavirus) のほか、スーダンエボラウイルス (Sudan ebolavirus)、タイフォレストエボラウイルス (Tai Forest ebolavirus)、ブンディブギョエボラウイルス (Bundibugyo ebolavirus) があります。

5番目のレストンエボラウイルス(Restonebolavirus) は人間以外の霊長類やブタなどに病原性を示すが、人間には症状が出ないのです。最初の症例が確認されてから、欧米諸国はただちに疫学やウイルス研究の専門家を集めて対策チームを結成し、新たに出現したこの恐ろしい病気に対抗する方法を探り始めました。


 





[ 一覧 ]
赤痢の流行について2
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/04/14(火) 17:49
No. 8216
 
  船医のフィリップ・フシエーレは「20人を安い値段で買い取った」が、1人として生き延びた者はいなかったといいます。1672年のジャマイカからの別の報告では、3カ月の航海を終えて入港したばかりの船から奴隷を買った、 ジェームズ・タラーズという船長の話です。

「ほぼ全員が飢えと赤痢に苦しんでおり、船長はカビの生えたトウモロコシ以外に奴隷たちにほとんど食べ物を与えていなかった」とあります。しかし、それだけでは状況の説明がつかず、報告書には次のような意見が付け加えられています。「これほど大勢が命を落としたからには、何か尋常ではないことがあったに違いない」

赤痢の流行はこのような限られた場所だけではなく、一般社会にも広がっていました。1840年代にアイルランドで起こったジャガイモ飢饉の間には、赤痢など発疹チフスが貧しい人々の間で蔓延し、飢餓赤痢と呼ばれるようになりました。19世紀後半に牛乳を飲む習慣が広まり始めると、赤痢が流行しました。

加熱殺菌されていない牛乳は赤痢菌の格好の温床となり、赤痢の主因の一つになりました。 トーマス・シデナムもロンドンの赤痢について書いています。1669年には10年間で最悪の流行があったといいます。1658年以降のロンドンの死亡統計表では赤痢による死亡が際立っており、「腹痛」の項に死因として記載されています。

赤痢の英語名 dysentery は、ギリシャ語で「悪い腸」を意味します dysentra に由来します。これは腸の炎症や細胞壊死などを引き起こす病気を総称する言葉です。血や粘液が混じった下痢が症状として表れ、世界保健機関(WHO)は「はっきりとわかる鮮血が混じった軟便または水様便を伴う下痢症」と定義しています。

治療をしなくても自然に治癒する軽症もありますが、命を落とすこともあります。赤痢は大きく分けて2種類のタイプがあります。一つは赤痢菌によって引き起こされる細菌性赤痢で、西洋諸国で一般的な赤痢はこちらです。もう一つのアメーバ赤痢は、赤痢アメーバと呼ばれる単細胞寄生虫が原因で、主に熱帯地域で発生しています。

アメーバ赤痢は、感染者の殆どが無症状ですが、血性下痢、倦怠感、体重減少、場合によっては発熱などの症状が表れることがあります。アメーバは腸以外の臓器(たいていは肝臓)にも広がり、腫瘍ができることもありますが、死に至ることは滅多にないです。例外はHIV患者がアメーバ赤痢にかかった場合で、重篤な症状を引き起こすことがあります。

志賀赤痢菌1型は最も重症化しやすく、流行の原因となる細菌です。日本で赤痢が大流行していた1897年に細菌学者の志賀潔が発見したことでこの名が付いたのです。実際、19世紀末の日本では赤痢がよく流行しました。1897年には半年の間に9万1000人以上の患者が出て、2万人が亡くなりました。

赤痢は熱帯地方からヨーロッパに入ってきたと長らく考えられていました。しかし、2016年に世界中から集めた300種類以上の赤痢菌の研究結果から、症状が最も重篤で地域的な大流行を引き起こす志賀赤痢菌1型は、ヨーロッパで誕生した可能性が高いことが明らかになっています。

この赤痢菌は19世紀の終わりに出現し、世界中に広がったようです。おそらくは、移民労働者たちによって米国へ、植民地への入植者たちによってアフリカ、アジア、中米へと運ばれたと考えられています。現在、赤痢は世界各地で風土病となっています。

毎年およそ1億6500万人の重症患者が発生し、100万人以上が死亡していると考えられています。患者の大多数は途上国で発生しており、5歳未満の子供たちが犠牲になっています。アメーバ赤痢も世界中で報告されていますが、衛生状態が悪い地域で発生しやすく、特に熱帯地域に多いのです。

1960年代後半以降は、サハラ以南のアフリカ、中米、南アジア、東南アジアの、政変や自然災害が起こった地域で流行してきました。 1994年のルワンダ虐殺では、ザイールに逃れた難民のうち約2万人が最初の1ヵ月で赤痢により死亡しました。

米国では毎年50万人前後の赤痢患者が発生しています。2010年の流行ではシカゴ近郊の小さな町で328人の患者が出ました。感染源は地元のファストフード店で働く2人の店員でした。他の感染症にも共通することですが、最近では薬剤耐性菌の出現が懸念されています。

ルワンダの難民の間で流行した赤痢菌は、これまで使われてきた一般的な抗生物質すべてに耐性があることがわかっています。抗生物質への耐性を持つ菌は現在では珍しくなく、その場合は別の薬を選択することになるのですが、最近では新しい薬にも耐性を持った新種の菌が増えてきています。赤痢菌は驚くほどの勢いで耐性を獲得しているのです。

 





[ 一覧 ]
赤痢の流行について
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/04/14(火) 17:48
No. 8215
 
  1812年のナポレオンによるロシア遠征の時、フランス側で赤痢や発疹チフスが流行し、数千人の兵士が命を落として遠征の失敗につながったと言われています。1861〜1865年の南北戦争でも、赤痢は北軍で4万5000人、南軍で5万人の死者を出したと思われています。

1853〜1856年のクリミア戦争ではコレラと同時に赤痢が兵士たちの間に蔓延しました。1854年にフローレンス・ナイチンゲールらの看護団が戦場に到着した時には、恐ろしいことに2000人の赤痢患者が一つの病院に集められ、不衛生な状態で回復か死を待つばかりの状態で放置されていました。

20世紀に入ってからも、1914〜1918年の第一次世界大戦でやはり赤痢が流行しました。戦争と赤痢の関係は古く、紀元前480年頃、ペルシャがギリシャに侵攻したペルシャ戦争の時代からあったようです。

正確な死者数はわからないのですが、戦争中に数十万人の兵士たちが病気で命を落としたと考えられており、その病気は赤痢かペストだったというのが歴史学者たちの意見です。権力や地位なご意に介さず、赤痢は代々のイングランド王を襲ってきました。

1216年にイングランド東部の戦いに出たジョン王を死に追いやり、1307年にスコットランドと戦っていたエドワード1世の命を奪ったのです。百年戦争のさなかの1422年には、ヘンリー5世がパリ郊外のバンセンヌ城で明らかに赤痢と思われる病気で死亡しました。

エリザベス1世の時代にスペインの無敵艦隊を打ち破ったフランシス・ドレーク卿も赤痢で命を落とした1人で、1596年1月にパナマのポルトベローの沖に停泊していた船で死んだのです。ドレークは船室に閉じこもって、激しい下痢を訴えていました。アイルランドの農村部では、 昔から赤痢が風土病となっていたようです。

17世紀イングランドの学者アンソニー・ウッドは、オリバー・クロムウェルのアイルランド遠征に従軍した兄弟のトーマスが、1649年に「赤痢と呼ばれる風土病で生涯を閉じた」と書いてあります。17世紀イギリスを代表する医師トーマス・シデナムも 「アイルランドの風土病赤痢」についての記述を残しています。

歴史をさらにさかのぼると、のちのジョン王を伴って1185年にアイルランドへの軍事遠征に出た聖職者で歴史家のジェラルド・オブ・ウェールズも「アイルランドの風土病」に言及しています。

クロムウェルの軍隊は1655年にカリブ海地域の一部の植民地化を試みるも、再び赤痢とおぼしき病に襲われました。 イギリス艦隊が4月にサントドミンゴに到着してまもなく、彼らは 「激しい下痢に悩まされ、具合が悪くなり、死者も出て、数百人が途中で脱落した」。

2週間後の文書には次のような報告があります。「雨がひどくなり、兵士たちは弱り、下痢で死んだ者もいる」。こうして作戦は中止されました。他の多くの伝染病と同様に、赤痢も栄養状態が悪い人々が罹患することが多い。

赤痢は通常は汚染された食物や水を介して感染します。時にはハエが媒介したり、患者の排泄物からうつったりする可能性もあります。この為、予防には手洗いが欠かせないのです。人が過剰に集中し、衛生状態が悪い場所ではすぐに感染が広がるため、難民キャンプや福祉施設、戦場の野営地な狭く不衛生な空間では感染のリスクはきわめて高くなります。

包囲戦などは、包囲する側にとっても包囲される側にとっても特に危険が大きいのです。 17〜18世紀の奴隷船は特に環境が劣悪で、赤痢や他の伝染病にまつわるおぞましい話がいくつも残っています。1664年にはカリブ海の島、バルバドスからこんな報告が上がっています。

奴隷の間で大量の死者が出た。王立アフリカ会社 (イギリスが奴隷貿易を目的に設立した会社)の医師は、病人や衰弱した者をみな一緒に閉じ込めていた為に悪性のジステンパーにやられたに違いないと断言しました。奴隷たちの状態はあまりにひどく、買い手はほとんどつかなかった。


 





[ 一覧 ]
何度も繰り返している筋書き
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/04/08(水) 17:00
No. 8214
 
 
過去、イギリスでの大規模なテロ計画は、世界中どこでもテロが起きる事を改めて認識させられました。英国ロンドン警視庁は大規模テロ計画を察知して、21人を逮捕したところ、容疑者はパキスタン系イギリス人を中心で警備担当者も含まれており、アメリカに飛ぶ旅客機を、液体で爆発する計画だったのです。

国際テロ組織であるアルカイダの関与が疑われ、イギリス政府はテロの危険レベルを最高に引き上げたので、飛行機への手荷物の持ち込みは原則として禁止となり、夏期休暇を利用している旅行客に大きな影響を与えました。コンタクトレンズの保存液や赤ちゃんのミルクまで対象となる始末で、免税店なども深刻な状況でした。

アメリカも警戒を強化して、当時のブッシュ大統領はテロ戦争と位置づけました。イギリスの発表では、アメリカに飛ぶアメリカン・ユナイテッド・コンチネンタル航空の飛行機を爆破する計画だったといいます。だが、詳細はいまだに不明なのです。

爆発物には液体を使用する計画だったと情報が流れましたが、真相や詳細は不明のままです。事件が発覚した直後から、犯人はアルカイダと言っていましたが、果たして本当なのだろうか。アルカイダからの声明などはなにもないのですが、失敗したからでしょうか。

主犯格とされて逮捕されたのはラウフ容疑者ですが、本当にやったのかは不明で、911事件のように謎です。テロ計画を、ロンドン警視庁やアメリカ当局などが連携して、突き止めたと言いますが、この捜査の詳細は公表されていないしこれからも明らかにされることはないでしょう。

パキスタン政府は容疑者の逮捕に協力すると発表しましたが、情報はイギリス・アメリカ当局がマスコミに流し、検証をしないまま情報が拡大されました。責任の所在が明確でない情報を流布して、国民の怒りを煽る情報操作はイラン開戦のように、過去に何度も繰り返している筋書きです。

アメリカは、イスラム過激派と戦争状態にあると強調していたので、イスラエルVSレバノン問題も拡大する恐れもあります。果たして、今回のイランへの攻撃もアメリカやイスラエルの陰謀なのであろうか。

 



 

     + Powered By 21style +