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  満州国だけを大切にしていれば  仲條拓躬 2025/04/04(金) 08:59 
  カテキンは体によいのか  仲條拓躬 2025/04/04(金) 08:57 
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  カテーテル治療のリスク  仲條拓躬 2025/04/04(金) 08:54 
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  トマトの抗酸化作用とセサミン  仲條拓躬 2025/03/31(月) 17:16 






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満州国だけを大切にしていれば
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/04/04(金) 08:59
No. 7799
 
 
満州国承認の直前では、連盟脱退はしておらず、それへの配慮から低姿勢であったともいえますが、このころ血気にはやり功名心にとりつかれた一部の軍人たちを除いては、政府および軍中央には、満州を越えて中国本土に軍事的進出を図ろうと考えていたものは殆どいませんでした。

当時の駐米大使斎藤博は、得意の語学力を駆使して日米親善強化のため、全米内で八面六臂の活躍をしたことで有名ですが、1934年半ば一時帰国した際に「日米国交当面の問題」と題する小論を『文芸春秋』1934年9月号に寄稿しました。

それによれば、斎藤は5月21日シカゴからの全米向けラジオで「満州は日本の生命線であり、満州での軍事行動は断じて侵略の意思あるためでなく、単に自衛手段に過ぎない。我々の目的は、善き満州帝国の建設を援助するにあり、支那の問題については、毛頭干渉する意思も欲望をももたない」と放送したのです。

斎藤はさらに「この主張はアメリカ人によく諒解された。それは彼らが根本的に東洋の指導者たる日本の地位を認めているからである。僕は予め演説草稿をハル国務長官に見せたのであるが、ハル長官も一読して非常におもしろいと言っていた」と述べているのです。

少し我田引水的な言い分ではありますが、日本がこれ以上侵略的行動を取らず、おとなしくしていたならば、米国の対日感情も次第におさまる雰囲気があったと見てよいでしょう。しかし斎藤も満州における日本の行動が、1922年締結の九カ国条約に抵触するのではないかという点は、なお米国人に執拗に突っ込まれる問題であることを認めています。

日本の終戦後の反省として、日本は満州事変だけでやめておけばよかった、という感想を単に前記のような軍人たちだけでなく、多くの国民が抱いたことは事実です。確かにそのような政策を選択したほうが良かったに違いないでしょう。

その後の中国政策がまともなものであれば、石原莞爾が中国国民党の蒋介石と通じてのちにしめすように中国側も黙認という態度をとったこともあるので、微妙な問題でありますが、それによって日中間に一応の妥協点に達しえるチャンスが、全くなかったとは言えないのです。この点では近衛文麿の優柔不断だったことが悔やまれます。

結局は関東軍の暴走は許されないでしょう。満州国建設の実績をあげて五族の人々にも喜ばれ、石原莞爾や斎藤のような外交的努力を重ねれば、国際的にも認められるようになり、歴史は別な方向に動いたかもしれなかったと思うのです。

 





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カテキンは体によいのか
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/04/04(金) 08:57
No. 7798
 
 
紅茶は、循環器系や新陳代謝を活発にします。紅茶とコーヒーとでは紅茶の方が、カフェインが多く含まれているといいますが、お湯を入れると紅茶のカフェインはなくなります。紅茶にはカテキンも含まれており、抗酸化作用により食中毒や老化、ガンの防止に効果があります。

一方コーヒーは中毒性があるので毎日飲む習慣のある方は下腹が出てきます。それはコーヒーに含まれているカフェインが、感受性を鈍らせインシュリンが分泌されるようになるので、ダイエットには望ましくないのでスポーツ選手は敬遠しています。

カテキンと言えばお茶( ^^) _旦~~類にも含まれています。秋に摘まれるお茶は、カテキンが多いそうです。玉露はお茶の最高級品で、抹茶は玉露の葉を粉末にしたものです。煎茶や玄米茶もあり、番茶は煎茶用の葉の後に摘んだものもので、ほうじ茶は煎茶、番茶を加熱し炒ったものです。長期保存は、密閉容器で冷蔵保存しています。

お茶が変色していないのは、酸化防止剤を添加しているからです。科学者の実験ではカテキンの濃いお茶を飲むと体脂肪が減るという証拠を発見しました。体脂肪が高いと糖尿病・高脂血症・高血圧のリスクが高まります。

緑茶は日本や中国で消費されており、カテキンと呼ばれる低分子量のポリフェノールを含んでいることが解っています。花王株式会社東京工場の研究者は大量のカテキンの摂取が肥満防止のために体脂肪を減少させるのか、カテキンの含有量が最も消費されているウーロン茶で調査したところ、皮下脂肪量が際立って低くなることを発見しました。

さらに行った研究では、マロンジアルデヒドにより変化したLDLや酸化された脂蛋白質の血中濃度が体脂肪量の変化に関連していることが明らかになりました。この実験から研究者達はカテキンが肥満の要因である脂質酸化を抑制すると推測しています。

カテキンは、水溶性で、抗ウイルス、脂肪分解作用、骨密度を高めることがわかっています。毎日カテキンを摂取している肥満の方は減量できるかもしれません。このことから伊藤園の濃いお茶を大量に仕入れて1日1本飲んでいますが果たして効果は出るだろうか(笑)

 





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米国がイランを攻撃するのか
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/04/04(金) 08:56
No. 7797
 
 
イラン国でのイスラム革命は、国王政府を倒して、ホメイニ師がイスラム聖職者の政権を握る民衆運動でした。国王を支援していた米国を恨む学生らが首都であるテヘランの米国大使館に押し入り、アメリカ人職員を人質にして立て篭もるという「米国大使館人質事件」が起きたりもしたのです。

当時のブッシュ大統領の父親はその時、CIAの長官をしていた経験があります。当時のイラン国王はアメリカの傀儡で、CIAは国王が社会主義やイスラム主義者を弾圧することに手を貸して、積極的にイランの内政に首を突っ込んでいたのです。

イラン・コントラ事件では、CIAがイランに対して武器を秘密に裏で輸出し、その代金を中南米のニカラグアの社会主義政権と戦う反政府ゲリラ「コントラ」への軍事支援に転用していたことが発覚しました。

イランへの武器輸出も、コントラへの軍事協力も米国では禁じられていたことです。米国はなぜ、敵であるイランに武器を輸出していたのか、米国政府はいまだに説明をしていないのです。イラン・イラク戦争の際には、米国はイランだけでなく、イラクにも武器を輸出しています。

イランもイラクも世界有数の産油国、考えられることは、欧米や日本に輸出した石油の代金としてイランやイラクの政府が得た外貨で、武器を購入させるという構図だったのです。ブッシュ一族の家業は石油業です。

そのように考えると、911テロ事件には仕組まれた事件だと思っても不思議ではないのです。日本のマスコミも「アメリカ軍の特殊部隊が半年前からイランに潜入して、施設を探知する作業を続けている。30カ所以上の核施設や軍事施設に向けて、ミサイル攻撃作戦が行われる予定だ」という内容を発表しています。

米国の言動は、様々なところで効果をもたらします。その前年に行われたイラン大統領選挙では、親米的な改革派が不利になり、反米的な強硬派が有利になったのです。イランの民衆は米国と仲直りして豊かになりたいと望む方が増えていますが、米国が敵視を解かず、悪の枢軸に指名するなど、敵視を強めています。

イランも化けの皮を剥がそうとしていますが、世界の多くのイスラム教徒も、ホロコーストの話は嘘だと言う事を言う方もいます。中東の政治家たちの私的な会話でホロコーストは全てが本当ではないと語りますが、欧米の反撃を恐れ、公式には決して語れないのです。

だが、イラン側は「ホロコーストの事実の偽造こそが、シオニストのパワーの源なのだ」と語り、同時に「イスラエルは400発の核弾頭を所持しているのに、イランにはウラン濃縮も許さないのは不公平だ。イランに圧力をかけるのは、イスラエルに核兵器を破棄させてからにすべきだ」とも語ってしまったのです。

中東の多くの国は、国境も権力も、欧米によって確立されたものです。エジプトのムバラク大統領にヨルダンのハシミテ王家は、米国の支援でしょう。サウジアラビアやクウェートの王家も、米国の協力で国家建設をしました。

このような構造が中東の人々の間では反欧米という状態になっているのです。米国がイランを攻撃してすべてを破壊してしまいました。中東での反米感情は高まり、エジプトやヨルダンでの親米政権転覆の懸念が強まっているのです。イスラエルの軍事侵攻は中東全体を巻き込み、日本の自衛隊が危機に陥る事も視野に入れておく必要があるでしょう。

 





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カテーテル治療のリスク
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/04/04(金) 08:54
No. 7796
 
 
心臓手術の入り口は、手術を行う心臓血管外科ではなく、循環器内科または循環器科ということになります。その循環器内科の治療で、狭心症や心筋梗塞といった、虚血性心疾患の患者に行われる「カテーテル治療」というものがあります。

この治療は血管内治療のひとつで、先端にバルーンの付いたカテーテル (管)を、手首や太ももの付け根の動脈から挿入し、バルーンを膨らませることで、狭くなった冠動脈を押し広げる治療法です。

ただ、バルーンで拡張しただけでは再び血管が狭くなる再狭窄を起こす可能性が高くなるため、現在はバルーンで広げたあとに網状になったステント (金属製の筒)を入れる、「ステント留置療法」が一般的です。

その際、ステントに免疫抑制薬を塗って、傷ついた血管が盛り上がって再狭窄することを防ぐ、「薬剤溶出性ステント」が優先されるケースが増えています。金属アレルギーがある人、抗凝固剤の服用が難しい既往症がある人、糖尿病によって血管が細くなり再狭窄を起こしやすい人などに対しては、最初から外科医が冠動脈バイパス手術を行います。

多くの場合、まずはカテーテル治療が選択されます。急性心筋梗塞を起こして救急搬送されたケースも同様です。血管造影剤により、腎機能が悪化するケースも胸を切り開かずに済むので患者さんの負担が少なく、成功すれば通常の生活が送れるようになります。

ただし、デメリットもあります。なかでも、血管の内部を画像診断するために使う造影剤は注意が必要です。造影剤はときに腎臓に大きなダメージを与えます。造影剤を使用するカテーテル治療を受けたことがきっかけで、腎機能がどんどん悪化してしまうケースもあります。

そのため、治療をする前に腎機能の検査をしっかりやっておかなければなりません。最近の造影剤は副作用が少なくなってきていますが、それでも、1万人に1人くらいの割合で、アナフィラキシーショックを起こす患者さんがいます。

2014年には、誤って脊髄に造影剤を注入された女性患者が亡くなり、投与した研修医が書類送検される医療事故がありました。 造影剤は、そうした重大なトラブルを引き起こす可能性がある薬なのです。

 





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溥儀を登用した理由とは
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/04/04(金) 08:53
No. 7795
 
 
なぜ関東軍が溥儀の登用に踏み切ったのかと言うと、第一に、溥儀が満州族の名門であり、旧皇帝としての声望は東北地方で元首として通用すると判断した事でしょう。第二に、中国東北地方が、満州族の故地であることから頭首となっても国際的非難を回避できる可能性が高い事です。

第三に、溥儀が国民党政府に対し激しい反感を抱いており、蒋介石とも張学良とも結ぶ心配がないと判断された事です。第四に、熙洽、張海鵬らの支持はあるものの溥儀自身には政治的実力がなく、関東軍に頼らざるをえない事です。

第五に、連省自治といった形態をとる国家で、いずれかの省の実力者が政権を握れば対立を生むことになり、分裂を避けるためにも溥儀のように固有の基盤をもたない人物をシンボルとして元首の座に据えた方が無難であるとみなされた事などを関東軍は挙げています。

しかし、そのことは溥儀だけが新元首として唯一の候補者であったということを意味するものではなく、恭親王溥偉を中心として「明光帝国」を建設する運動も行われていたし、山東省にいた孔子の子孫を頭首にする案も関東軍では検討されていました。

このほか、張宗昌、唐紹儀、呉佩孚などのほか粛親王第七子金碧東を擁立して親日政権を樹立する動きも活発になされていた。そうした動きは溥儀を登用することが時計の針を20年も逆戻しにする時代錯誤とみて避忌する気分が強かった事の現われでもあったのです。

もちろん、関東軍としても溥儀を絶対に元首にしなければならないと考えていたわけではないのです。関東軍が溥儀をいかに見ていたかは、天津から溥儀を脱出させるに当って、万一中国軍に発見されて逃げ切れなかった場合、ガソリンに火をつけて船もろとも生き証人を沈めてしまう予定でドラム罐が積み込まれていました。

という一事をもってしても知ることが出来ます。しかし、独立国家として新国家を建設する以上、誰かを元首にしなければならないことも事実であり、相対的にせよ溥儀が関東軍にとって利用価値が高かったことは否めないのです。

加えて、溥儀を引き出すことによって、もたらされるはずのもうひとつの効果にも関東軍の食指は動いていたのです。それは満州国の版図として関東軍が内蒙古を取り込むことを企図としていたことにかかわっています。

つまり、蒙古の諸王侯は清朝とのつながりも深く、また漢民族への反発という点からみても満州族の溥儀を用いれば蒙古族の支持を調達することは容易になると見込まれていたのです。

そして、関東軍の見込みどおり、満蒙両族は同じ君主を戴くという同君思想によってホロンバイルの貴福、凌陞、哲里木盟の斎黙特色木丕勒らが呼応、またかつての満蒙独立運動の推進者バブチャップ将軍の遺児甘珠爾扎布らも蒙古青年党を率いて内蒙独立運動を展開しつつ新国家建設へと動いていったのです。

 





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ナポレオンを打ち破ったのは元部下
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/04/02(水) 17:06
No. 7794
 
 
ナポレオンの転落は1808年から始まります。この年、スペイン王室の混乱に乗じて、自分の兄をスペインの王様にしますが、民衆から激しい抵抗を受けます。ナポレオンには、なかなか子どもが生まれず、跡継ぎがいないのが泣きどころでした。

ナポレオンが本当に愛した女性は、最初に結婚したジョセフィーヌだけだと思うのですが、 子どもが生まれないので離婚して、オーストリア皇女のマリー・ルイーズと結婚します。するとすぐに子どもができました。ナポレオン2世です。

同じころ、スウェーデンで王室が断絶します。スウェーデン議会は王位継承者として、ナポレオンの部下であるベルナドットを指名し、これをナポレオンは承諾しました。ベルナドットの妻は、ナポレオンの昔の婚約者でした。

ナポレオンの大陸封鎖令は我慢比べでした。連合王国にとってはもちろん、ヨーロッパ諸国もつらい。ついにロシアが我慢できなくなって、大陸封鎖令を平然と破り始めました。怒ったナポレオンはモスクワに遠征しますが、ロシア軍は焦土戦術をとってモスクワを逃れ、それを追うナポレオン軍は冬将軍に襲われて敗退します。

ナポレオンがとうとう陸戦で敗れたというわけです。ヨーロッパ諸国は連合軍を結成し、 ナポレオンを討とうとします。それが1813年のライプツィヒの戦いです。連合軍の総司令官は、あのべルナドットでした。

ベルナドットは、純粋にスウェーデンの国益を考えたのだと思います。かつての部下のベルナドットがナポレオンを打ち破り、ナポレオンは退位してエルバ島に流されます。ナポレオンが退位した後、連合王国とオーストリア、ロシア、プロイセンはウィーン会議を始めます。

ところが舞踏会を開くばかりで、「会議は踊る、されど進まず」といった状況です。それを見たナポレオンは1815年、エルバ島を脱し、皇帝に復帰します。けれど、ワーテルローの戦いで連合軍に敗れて再び退位します。いわゆる「百日天下」です。

ウィーン会議とは、要するにナポレオン失脚の後始末で、戦争に負けたのはフランスです。 プロイセンがナポレオンに負けたときには領土が半分くらいになっています。だから今度はフランスの領土が半分くらいになってもおかしくないはずです。

ところがフランスにはタレーランという、とんでもない策士がいました。ナポレオンにも仕えたこの外相は、「悪いのはナポレオンでもフランスでもなく、フランス革命です。王様を処刑したことが何よりもいけなかった」というロジックをつくり上げました。だから 「フランス革命の前の状態に戻せばいい。それで、すべてが丸く収まりますよ」と、主張したのです。

すると、ヨーロッパの皇帝や国王たちは、「確かにそうだ」と納得してしまいました。だから、「フランス革命の前の状態に戻そう」ということになって、フランスは革命前の領土をほとんど失わずに済んだのです。軍事力がなくても、誰もが納得する理屈をつくり上げれば外交交渉を制することができるという素晴らしい見本です。

タレーランがうまいことやれたのには、会議を主催したオーストリアの外相メッテルニヒがあまり賢くなかったということもあったかもしれません。メッテルニヒは、小細工はすごくうまい人でしたが、大局観を持っていませんでした。

プロイセンはナポレオンに削られた領土を取り戻しましたが、フランスはブルボン朝時代の領土を削られていません。タレーランのロジックのせいです。ヴェネツィアなどの共和国は全部、潰されました。タレーランのロジックは 「革命が悪い」「王様の政治に戻す」ですから、共和政は否定されます。

ヴェネツィアは、オーストリアの支配下に入りました。ヴェネツィアにしてみれば、とばっちりです。連合王国は、ネーデルラントからスリランカとケープ植民地を分捕りました。ネーデルラントの国王がナポレオンの弟だったからです。

しかし、ネーデルラントにしてみれば、ナポレオンに押し付けられただけの王様ですから、迷惑な話です。そんな理由で連合王国は、インド洋交易の要所2カ所を押さえたのです。ロシアはフィンランドとポーランドの大公位と王位を得ました。以上がウィーン体制です。

 





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ビッグバン宇宙論への発展
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/04/02(水) 17:03
No. 7793
 
 
現在の宇宙が膨張しているということは動かしがたい事実となっています。しかしこれだけでは、ビッグバン宇宙論が主張する「宇宙は有限の過去のある時点で突然、超高温・高密度の爆発で始まった」ということにはならないでしょう。

現在の宇宙膨張のペースを変えずに時計の針を巻き戻せば、約140億年で全宇宙は一点に縮まってしまいます。実際には宇宙の膨張の仕方は時間とともに変化し、それは宇宙に存在する物質がどういうものかによって決まります。

だが、宇宙を満たしているのが我々の知る通常の物質だけならば、やはり過去にさかのぼると、どこかの時点で宇宙は一点に縮んでしまうという結論は変わらないでしょう。したがって宇宙は無限の過去にさかのぼることはできず、過去のある時点で始まった。

つまり過去に向かう方向の「宇宙の果て」が存在するということは、素直に考えればこの時点で得られたはずの結論でした。だが人間の思考というものは、既存の概念や偏見に左右され、往々にして回り道をします。

歴史的には、「宇宙は膨張するけれども永遠不変である」とする定常宇宙論なるものが1940年代に登場し、一時はビッグバン宇宙論より優勢ですらありました。アインシュタインが宇宙定数で失敗したのと同じようなことが、また繰り返されたのです。

結局のところ、この当時は「宇宙というものは永遠不変であるべき」という考え方が支配的で、「宇宙が過去のある時点で誕生して常に進化し続ける」などという概念を受け入れる素地がなかったのでしょう。

今から考えればこれは明らかな間違いだし、そのように考える論理的根拠もないのですが、どうしてそんなことになったのか。当時の人間と話をすることができない以上、ある程度推測にならざるをえないのですが、おそらくは偉大な成功をおさめたニュートン力学に基づく物理的世界観の影響が強かったのではないだろうか。

相対論が登場する以前、この理論はリンゴが木から落ちるという現象と惑星の運動を同じ物理法則で説明することに成功し、近代科学の礎となりました。ここで仮定されている時間と空間は互いに独立で、空間は無限の過去から無限の未来まで絶対不変なものであった。

この世界の物質の「入れ物」がそうなのだから、その中にある物質も含めて、宇宙は永遠不変と考えるのが自然だったのでしょう。そもそも、宇宙の誕生や進化を科学の俎上にのせるということ自体、思いもよらないことであったかもしれません。

その点、多くの地域や民族に伝承されている天地創造神話において、この世界は過去のある時点で創生された、すなわち宇宙は過去に向かって有限であるとしていることは興味深いことです。その意味では、これらの神話はニュートン力学に影響された20世紀前半の物理学者たちよりも正確な宇宙観をとらえていたと言えます。

ニュートン力学はもちろん偉大な科学的進歩であります、その進歩ゆえにかえって間違ったり後退したりすることもあるということだろうか。しかし、神話や伝承に見られる人類の豊かな想像力をもってしても、今の宇宙が膨張を続けているという想像はできなかった。

相対性理論の誕生は、この一時後退した宇宙観を再び「宇宙は過去のある時点で突然始まった」というものに戻すだけでなく、さらに「宇宙は膨張する」という前代未聞の宇宙観を人類に突きつけました。すぐには受け入れられなかったのも無理はないのかもしれません。

 





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宇宙は広がり続けている
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/04/02(水) 16:55
No. 7792
 
 
ハッブルによって、決定的な形で宇宙の膨張が報告されたのは1929年です。遠方の銀河は、遠くのものほど光の波長が伸びて観測されることが判明したのです。光の波長は我々が感じる色に対応しており、波長が伸びるということは赤く見えるということです。

これはドップラー効果というもので、銀河が我々から遠ざかっているために波長が伸びて見えるのです。我々が耳にする音も波であり、音程が波長に対応しています。救急車とすれ違う際にサイレンの音程が変わるのも同じ現象です。

宇宙全体が一様に広がっているのであれば、遠くの銀河ほど、距離に比例して我々から遠ざかる速度(後退速度という)が大きくなります。これがハッブルの法則で、その比例定数をハッブル定数と呼ぶのです。

定数というのは、現在の宇宙における銀河の後退速度と距離の間の比例定数であるからです。しかし、このハッブル定数の値は宇宙の進化とともに変化するので、その意味では「定数」ではないのです。より一般には、ハッブルパラメータと呼ばれています。

ハッブルが測定した当時の観測精度はあまり良いものではなかったのですが、現在の高精度観測によれば、その値は大体100万光年かなたの銀河が秒速200キロメートルで我々から遠ざかる程度でしょう。ここで科学史上の興味深い余談があります。

ハッブルによる宇宙膨張の発見に先立つこと2年、ベルギー出身でカトリック司祭でもあったジョルジュ・ルメートルという学者が、フリードマンとは独立に宇宙膨張の解を導いただけでなく、当時の観測データから宇宙の膨張まで指摘していたのです。

にもかかわらず、無名の仏語論文誌に発表したため注目されず、宇宙膨張発見の栄誉はハッブルのものになったというのです。ルメートルは謙虚な人であったといいますが、司祭様の立場で「この発見は俺が最初だ!」と声高に主張するのも難しかったのかもしれません。

「一様な宇宙の膨張」についてもう少し詳しい説明が必要かもしれません。よく例えとして用いられるのは、風船です。膨らんだ風船の表面を一様等方な2次元世界と考えます。その上にサインペンで多数の点を打つ。

さらに風船を膨らませると、ある2点の間の距離は広がり、その広がる速度は距離に比例します。風船上のどの点から見ても、他の点は観測点からの距離に比例した速度で遠ざかるように見えます。するとこういう疑問が出てきます。

銀河が遠ざかる速度がそこまでの距離に比例するなら、遠方の銀河ほど遠ざかる速度はどんどん大きくなり、やがて光速を超えてしまうのではないか。しかし現在の物理学では、光より速く移動するものはないという。これは矛盾ではないのか。

実はこれは全く矛盾していないのです。「光より速く移動する物体はない」という時の速度とは、その物体が移動しているその場その場で、周囲のものに対して相対的に運動する速度です。

遠く離れた2地点が宇宙の膨張のために遠ざかる速度は、光速を超えても一向に構わないのです。宇宙が一様に膨張しているなら、同じペースで時間を逆に巻き戻すと、ある有限の時間だけさかのぼったところですべての地点が一点に集中してしまうことになります。

この時間、つまり100万光年を秒速20キロメートルで割って出てくる140億年が、宇宙の年齢のおおよその指標ということになります。ハッブルの法則から直ちに、現在の宇宙の年齢も推定できるわけです。

 





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大空襲と沖縄上陸作戦
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/04/01(火) 16:14
No. 7791
 
 
アメリカ軍の日本攻撃の計画には、大きく分けて2つあったそうです。それはマリアナ諸島からの爆撃と沖縄上陸作戦です。その2つが同時に行われたのが沖縄上陸作戦支援の為のアイスバーク作戦で、松山への大空襲だったのです。

東京への大空襲は、マリアナ諸島のサイパン・グアムからの焼夷弾爆撃でした。3月10日の東京大空襲の翌日には、名古屋の大爆撃、13日には大阪、16日に神戸、19日2回目の名古屋の無差別爆撃が続きました。

沖縄上陸作戦の為には大都市無差別爆撃は一時中断されました。その間に日本側は3月19日に米グラマン150機を攻撃して42機を撃墜した。アメリカ軍は、予想しない反撃を受けて、驚いて作戦を変更してB29による高度からの爆撃に切り替えたのです。

日本本土からの航空攻撃の先手を打ち、西日本の航空基地を制圧しておく必要がありました。それがアイスバーク作戦です。殆ど無防備の松山に、7月26日、午後11時8分、多くの市民が寝ているところへ、焼夷弾を落とし、市街地が燃え出しました。

爆撃2時間、最後のB29機は27日午前1時に、250キロの大型焼夷弾60発を投下したので、松山市内は大火災となり、多くの市民で町中が大混乱になったのです。全市の73%は焦土となり、53%が罹災するという大惨劇となったのです。翌日のニューヨークタイムスでは、松山爆撃について詳細に報道しています。

「松山は、人口12万人。西四国で最も重要な都市及び港である。軍事に関連する織物工場と、第九歩兵旅団司令部がある。爆撃に参加したジェラルド・スミス中尉の談話『これまでに私が見たベストのものだった。全市が燃えていた。煙はゆうに上空6000メートルに達していた。』」この時の、日本の陸海軍は沖縄に派遣されていたのです。

海軍の航空隊はアメリカ機の爆撃時には、沖縄の特別攻撃隊として長崎の大村飛行場にいたのです。もう二度と日本は爆撃されるような政治を行ってはいけません。日本に仮に爆撃がおこるとしたら、単独でどこかの国が侵略してくる事はまず考えられません。

アメリカの先制攻撃、先制核攻撃戦略によって介入戦争がおこったとき、それが日本に及ぶと言うのがもっとも可能性の高いものです。この火種をなくすことは、日本の恒久平和とアジアの安定にとって大きな役割を果たすと思います。

最後には広島・長崎に原爆が投下され、直接、アメリカ軍と向かい合い戦い、背後には後退を許さない日本軍がいた沖縄の人々の感情は本土の人間にはわからない体験でしょう。東京青山学院高等部の入試で、ひめゆり学徒の証言を「退屈で飽きた。」と英語感想文が出題されて、問題になったことを聞くと残念でなりません。

 





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トマトの抗酸化作用とセサミン
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/03/31(月) 17:16
No. 7790
 
 
赤い色素のリコピンはニンジンやスイカにも含まれていますが、なんといってもトマトが有名です。強力な抗酸化作用によりさまざまな疾患を予防する効果が期待されています。ラットやヒトで、朝食、昼食、夕食に相当する時間にリコピンを摂取して、血中濃度の変化がいずれの時間で一番上昇するかを調べた研究があります。

それによると、ヒトの朝に相当する活動期のはじめの時間帯が一番血中濃度が高くなりました。昼は夜に比べて体内に酸化物質が増えてくることから、朝食べておくことがよさそうです。

朝食は1日のなかで長く絶食状態になった後に食べる食事であり、絶食中に胆のうに胆汁が十分にたまり、それが朝食の刺激で放出され、脂溶性であるリコピンが脂肪と同様に効率よく吸収され、血中濃度が高くなったものと考えられます。

ただこの研究では、リコピンが持つ抗酸化作用の効果についての朝夕の摂取時刻の差については調べられていないので、抗酸化作用にも体内時計がかかわっているのかをより詳しく調べる必要があり、今後の課題です。

ところで、GABAを豊富に含むトマトが最近開発されています。同じトマトでも、GABAの睡眠を助ける効果を考えるなら、夕方に摂取する方が良いかもしれません。次に、DHAやEPAを豊富に含み、脂質代謝改善効果を有する魚油に着目し、摂取時刻の違いがその機能性に与える影響について、マウスを用いて調べた研究報告について述べたいと思います。

結果として、マウスの活動開始時間帯(ヒトの朝食時に相当)に魚油を摂取した群の方が、活動終了時間帯(ヒトの夕食時に相当)に摂取した群に比べて、血中のDHAおよびEPA濃度が増加していました。

これは、脂質の吸収効率が朝の方が良いことを示していると思われます。この研究では、果糖による脂肪肝のモデルマウスを使用しており、中性脂肪やコレステロールの軽減効果を指標とすると、やはり朝の摂取で抑制効果が顕著に見られました。

最終目標である脂肪肝の軽減作用でも、DHAとEPAの朝摂取の有効性が確認できたと報告されています。さらに、ヒトを対象とした介入研究でも、朝食時の魚油の摂取が脂質代謝の改善に効果的であったということです。

体内時計に作用する食品成分で、DHAやEPAといった魚油がGLP-1を介して末梢体内時計をリセットさせることを述べましたが、今回の脂肪肝抑制作用も考慮すると、朝食時に魚油を摂取すると、体内時計を朝型にする効果と脂肪肝を抑制する効果の両方に有効であると思われます。

ゴマに含まれるリグナン類であるセサミンの脂質代謝改善効果について、 研究者はラットを使って投与時刻との関連を調べた研究を行いました。高脂肪食を与えた脂質代謝異常のモデルラットを中心に、セサミンの脂質代謝改善効果が投与時刻によって変わるかどうかを検証するものでした。

この結果、毎日継続して活動開始時間帯(ヒトの朝に相当)に摂取することが血中の総コレステロールを低下させるという効果が示されました。その要因としては、ある転写因子によりコレステロール合成系の抑制が起こったり、肝臓からのコレステロール排泄の抑制が起こったり、という可能性が考えられます。

また中性脂肪では、わずかに活動停止時期(ヒトの夜に相当)に投与する方がより好ましい傾向にありました。さらに、セサミンやその代謝物の血中や肝臓での変化は投与時刻の影響を大きく受けることはありませんでした。

つまり、セサミンは、吸収や代謝プロセスでは投与時刻の影響を受けないものの、魚油と同様に、活動開始時刻での摂取(ヒトでは朝ごはんに摂ること)がより効果的であることがわかったのです。

 



 

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