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☆★☆最新情報7☆★☆


 
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  親の偉業を引き継ぎたい  仲條拓躬 2026/04/01(水) 16:12 
  若い女性は3つを意識しましょう  仲條拓躬 2026/04/01(水) 16:08 
  エドワード・テラーの夢  仲條拓躬 2026/04/01(水) 16:02 
  癌に対する心得について  仲條拓躬 2026/03/31(火) 18:39 
  海の塩分について  仲條拓躬 2026/03/31(火) 18:38 
  君は生きのびることができるか  仲條拓躬 2026/03/31(火) 18:36 
  マクロン大統領が日本を訪問  仲條拓躬 2026/03/31(火) 18:32 
  日本政府の曖昧な態度  仲條拓躬 2026/03/30(月) 18:52 
  東武鉄道の浅草の沿革  仲條拓躬 2026/03/30(月) 18:44 
  オーロラの発生について  仲條拓躬 2026/03/30(月) 18:16 






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親の偉業を引き継ぎたい
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/04/01(水) 16:12
No. 8203
 
 
企業で言えば創業者の勢いが衰え二代目・三代目と社長が変わってきた企業が組織化され、上司のご機嫌伺いばかりしている社員が多いように思えます。日本の会社組織では、一般に上司が人事権やすべてを掌握しているケースが多いので、上司に正面きって意見する人がいません。

だから、社長から下へと降りてくる序列に従い、上長のいうことを聞きご機嫌伺いばかりしているということになります。何が正しいかというよりも、上司の意向に従うという行動を取るサラリーマンが多く、そういう人ほど出世するという態勢になってしまいます。

上層部のビジネスセンスが優れていて、従っていれば会社や団体が伸び、業績が上がるという企業であれば、それでよいのですが、時代が流れ、2代目3代目となって会社が組織化してくると、上司へのイエスマンが多くなります。

自分の出世を第一に考えている上司がいればいるほど、会社の業績は悪くなっていくでしょう。「長いものには巻かれろ・出るくぎは打たれる」の言葉どおり、悪い社員の方が上に受けがいいので、良い社員は、煙たがられて左遷されてしまいます。そうならないように、上層部が考え方を180度改めなければならないと思うのです。

現在、職人の親の仕事を継ぐ2代目がいないと言われています。日本の技術は失われ中国など近隣諸国に移動しています。2代目として親の技術を引き継ぐ事はとても大切なものなのです。職人の両親の持っている技術を受け継いで苦しみやその奥にある希望の存在を探して欲しいと思うのです。

結果として、親の抱えていた問題は自分の中に残り、いつしか同じ人生を歩む時が来るかもしれません。親からの技術や信念を受け継ぐには、親を受け入れる必要があると思います。それは通り道を作るようなもので、その通り道を通って、引き継ぐべき技術や信念などが見えてくるものだと思うのです。

仮に親が亡くなった後でも、親の思いに気付くかもしれません。もちろん親とは全く違う道の選択肢もあるでしょう。しかし、親の望む2代目としての方が引き継ぐ事は容易だと思うのです。その上に自分なりの個性を発展させて行く方がよいと思います。

石原莞爾平和思想研究会のホームページには、石原莞爾の戦後の平和志向の思想を軸に、その評価や再検討を行っている団体です。研究会の公式サイトでは「新日本建設三原則」など、戦後の構想が重要なテーマになっています。

最終戦争を回避し、戦争の要因となる過度な都市集中や資本主義的競争を弱めることで、長期的な「永久平和」へ近づこうとする構想として位置づけられています。私が石原莞爾平和思想研究会を引き受けた理由は二つあります。石原莞爾という人物に魅力を感じていたことが一つ目です。

そして二つ目は、父との関係もありこれまで長く気づかないふりをしてきた石原莞爾への想いが、自分の中にある事に気がついたからです。引き受けて、後世に残す事は大変な事です。いろいろと古参の方のいじめを受ける事もありました。だが、いかなる困難があってもその道のりを歩むのには親に感謝して踏みしめて行くことが大切な事だと思うのです。

 





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若い女性は3つを意識しましょう
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/04/01(水) 16:08
No. 8202
 
 
ちなみに、犬や猫の平熱は38〜39度と人間よりも少し高いのですが、かといって、極端に平熱が高い動物はいません。ヘビやワニのような変温動物は、冬になって寒くなると酵素が働かなくなり、代謝機能が低下するため、冬眠します。そうしなければ、命を保てないのです。それほど生命にとって酵素は重要ということでしょう。

冬眠と言えば、我々人間も、心臓の手術では低温にして、心臓が止まりはしないものの眠っている状態にまで代謝を落として行うことがあります。35度くらいまでに落とせば、酵素がまったく働かないため、細胞が酸素と栄養分を要求しなくなり、じっと眠ったような状態になるので、一定時間、血流を止めても細胞は生きていられるのです。

つまりは、35度という体温では、それほど酵素が働かなくなるということです。私はステージ3の進行癌に罹患しました。これまでに仕事上多くのがん患者の話を聞いてきました。がん細胞は低温を好むので、ガンの患者は本当に体温が低い人が多いものです。

そして、この事は、がんに限ったことではありません。糖尿病にしても、高血圧にしても、重症の方は低体温の方が多いのです。体温が低くなると、どの遺伝子も活性が落ちます。その人が持っている体質遺伝子。たとえば糖尿病になりやすい遺伝子、高血圧になりやすい遺伝子、アレルギーになりやすい遺伝子などの活性も落ちるのです。

ふだんは、体質遺伝子が悪さをするのを抑える遺伝子が強力に働いているのですが、体温が下がってくると抑えるほうも働かなくなるので、バランスが崩れてしまいます。そうして、体質遺伝子のほうが前面に出てしまい、糖尿病や高血圧やアレルギーといった良くない状態に傾いてしまうわけです。

ですから、酵素の活性が高まる36度台を目指していければよいと思います。そのためには、食事では、ニンニクやショウガといった体を温めるものを意識的に摂ることです。逆に、夏場でも、冷房の効いた部屋で冷たいビールを一気に飲み干すようなことは避けましょう。体を冷やしてしまいます。

また、歩くことは体温を上げる意味でも効果的です。そして、毎日のお風呂はシャワーで済ませず、湯船につかりましょう。体の芯から温めてくれる岩盤浴や陶板浴は、さらに効果的ですが、頻繁に通うことは難しいでしょうから、ゆとりのある時にご活用ください。

若い女性に生理不順や不妊が増えているのは、入浴をシャワーで済ませていたり、日頃から冷たい飲み物を好んで飲んでいたり、短いスカートをはいて素足を出していたりといった身体を冷やす生活が関係していると思います。

少なくとも体を冷やさないように意識すること。その上で、体を温める食材を摂る、歩く、湯船につかるという三つを意識しましょう。このくらいなら、どなたでもできますよね。ぜひ今日から生活のなかに取り入れていただければ幸いです。

 





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エドワード・テラーの夢
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/04/01(水) 16:02
No. 8201
 
 
アメリカ合衆国陸軍省がマンハッタン計画の拠点に選んだのは、ニューメキシコ州ロスアラモスでした。辺鄙なこの場所を推薦したのが、責任者で物理学者のJ・ロバート・オッペンハイマーだった。10代の頃、療養で滞在したことがあったのです。

計画に参加したエドワード・テラーにとって、原子爆弾は通過点に過ぎませんでした。彼が夢見ていたのは破壊力が桁違いの兵器、水素爆弾です。これに比べれば、原子爆弾など導火線に点火するマッチぐらいのもの。テラーは水素爆弾を「スーパー」という愛称で呼んでいました。

テラーと好対照だった人物がいるとすれば、それはジョセフ・ロートブラットです。ワルシャワの裕福な家に生まれましたが、テラーと同様戦争ですべてを失った経験を持っています。1939年夏、ロートブラットは英国リバプール大学で研究をすることになりました。ところが出発直前、愛妻トーラが急性虫垂炎に罹患してしまいます。

回復するまで渡航は無理でした。トーラは、ロートブラットだけ先に行って新居の準備をしておいてと言いました。2、3週間もすれば自分も行けるからと。マンハッタン計画で科学者たちが直面した課題は、レオ・シラードがロンドンの交差点で思い描いたような原子核連鎖反応を、化学的にどうやって引き起こすかでした。

計画に参加していた科学者も技術者も、かつてない破壊力をもつ爆弾を実現すれば、重大な危機を回避できると自らに言い聞かせていました。我が国はもちろん、他のどこの国も、そんな兵器を攻撃に使うはずがないと思っていました。

つまり彼らは、核兵器をつくる事が、それを使わせない抑止力になると考えたのです。ヒトラーが原爆をもったらどんなことになるのか。その恐怖が開発の原動力となり、マンハッタン計画には連合国の科学者数千人が参加しました。

だがその後ドイツが降伏してヒトラーが自殺しても、大勢の科学者が研究を続けたのです。降伏前に離脱した1人を除いて。それがジョセフ・ロートブラットです。後年、倫理を優先した決断かと問われるたびに、ロートブラットは笑顔で否定して、妻が恋しかったんですと答えました。

ロートブラットが出発した直後にナチスドイツがポーランドに侵攻したため、トーラはワルシャワに足止めされ、混乱のなかで連絡が取れなくなりました。欧州での戦争が終わり、ようやく消息を辿る事ができたが、妻の名前は死亡者名簿に載っていたのです。

ベウジェツ強制収容所でホロコースト(ナチスによるユダヤ人大量虐殺)の犠牲になったのです。ロートブラットはその後60年生きながらえるが、再婚はせず、核兵器廃絶の活動を精力的に続けました。

戦時中に原爆開発を始めた3カ国のうち、終戦までに完成させたのは米国だけでした。歴史家は、米国が多くの移民を受け入れたことを成功の要因にあげています。マンハッタン計画の中心となった研究者のなかで、米国生まれはわずかに2人です。

米国の大学で博士号を取得した者は1人だけでした。科学者たちの抑止力信仰は誤りでした。米国は広島と長崎に原爆を投下して戦争を終わらせました。トルーマン大統領はホワイトハウスの執務室にオッペンハイマーを招き、謝意を伝えようとしました。

しかしオッペンハイマーは喜ぶどころか、部屋に入るなり「大統領閣下、私の両手は血にまみれています」と口走りました。大統領はむっとした表情を浮かべ、見下した口調で言いました。「バカを言いたまえ。両手が血まみれなのはこの私だ。だが私は気にしない」

オッペンハイマーはさらに食い下がります。「ソ連が原爆を手に入れるまでどのぐらいかかると思われますか?」「絶対無理だ!」トルーマンは言下に否定しました。オッペンハイマーが辞したあと、トルーマンは補佐官に怒りを爆発させました。「あんな軟弱科学者を二度と私に近づけるな! わかったか!」

それから4年もたたないうちに、ソ連が初の核実験を行いました。 ハルテック、シラード、フレロフ。3名の科学者の手紙が示唆した通り、核兵器競争は恐怖の第2段階に突入したのです。桁外れの殺傷能力を実現したいというエドワード・テラーの夢は、戦後ようやくかなうことになるのです。

米国で赤狩りの嵐が吹き荒れた1950年代初め、テラーはかつての上司であり、マンハッタン計画を成功に導いたロバート・オッペンハイマーの経歴に問題ありと匂わせ、公職追放へと追いやりました。オッペンハイマーは「スーパー」の開発に反対していたのです。

さらにテラーは、大気圏内実験は「核兵器の維持と改良に不可欠」と誤った主張を展開して、包括的核実験禁止条約の批准阻止に中心的な役割を果たしました。核兵器の数は大幅に減ったとはいえ、核戦争の恐怖は今も我々につきまとっています。

世界全体を破壊してもまだ余るほどの核兵器が、現に存在しているのです。噴煙を上げている火山の麓で、枕を高くして寝られるはずがないでしょう。そんな底知れぬ危険に直面して、夢のなかで金縛りにあったみたいに、身動きが寂れない人たちがいたのです。

 





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癌に対する心得について
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/03/31(火) 18:39
No. 8200
 
 
過去のお話ですが、元フジテレビのアナウンサー逸見政孝さんの奥さん、逸見晴恵氏とお酒をご一緒した時にお聞きしたのですが、初診でどこを選ぶかにより、治療が変わるというのは現実におこり得るそうです。

最初に放射線科に行き、放射線医師が主治医になったら、放射線治療が主になり、外科医のところへ行けば、手術となるといいます。本来ならば内科、外科、放射線科が連携して、患者に一番良い治療を探るべきで、患者もそれを知らされ、選べるはずなのですが、現実はそうではなかったようです。

がん患者の治療方針について医療側は、カンファレンス(複数の医師たちでの、診断や治療の検討会)を持って、精度を高めるというのが前提となっていますが、大学病院のカンファレンスでは、座長の教授にお伺いをたてて、教授がいいだろうと言えばそれで決定という程度のものが多いのが現実のようです。

助教授といえば、論文の多さで決まるものですから、患者としては教授という肩書きでありがたがってもいられないのです。論文を書くには、手術を多くして、その実績やデータを書くしかないのです。それが医学会の主流になっている点も問題です。

教授が手術好きで、学会で発表できる症例を集めるのに熱心な人であったら、難しい手術でもチャレンジするかもしれません、患者への最高の治療を探るためにあるカンファレンスなのですが、患者側からすればやはり、密室の検討会なのです。

カンファレンスをビデオに撮り、患者を公開してもらえないものでしょうか、自分の命がかかった検討会です。チンプンカンプンだとしても、おおまかなことはわかるはずです。ビデオなら何回も見て、わからないところを勉強する事も出来ます。

なによりも患者の納得につながると思うのです。ビデオを見て、自分の治療方針を自分でも検討してみて納得、あるいは治療方針を拒否も出来ると思うということを語っていました。今はネットで検索してなんでもわかる時代です。だが、この時、お話したことが今になってこんなに役に立つとは思いもしないひと時でした。


 





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海の塩分について
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/03/31(火) 18:38
No. 8199
 
 
塩の「もと」が陸上から流れ、長い年月をかけて濃くなりました。陸地の長石などの岩石に含まれていたナトリウムイオンは、川の水に溶けて海に運ばれてきます。火山ガスや花崗岩から海に溶け出した塩素イオンとこのナトリウムイオンが結びつくと、塩化ナトリウム、つまり「塩」になります。

長い年月をかけて塩分が濃くなり、人間の舌には塩辛く感じるのです。場所によって塩分に差があります。川や雨の量、日差しの強さで変わります。海の塩分は平均約3.5%ですが、川の流入や雨の多いこところでは淡水によって薄められ、日差しが強いところでは水の蒸発が進み濃くなります。

この作用で大西洋は若干塩分が濃いことが知られていて、この塩分の差が、パナマ運河を挟んだ大西洋と太平洋の海面の高さの差を生んでいます。将来、海の塩分は変わるのかというと当分の間は、いまと変わりません。

海底の地層水に含まれる塩分は、長い時間をかけて陸に移動して岩塩となり、再び川の水に溶けて海へやってきます。このサイクルのバランスが絶妙にとれているため、塩分は変わりません。

ただし、50億年ほど先の未来になると海水がマントルにしみ込んだり、太陽が膨張して海水温が高くなり蒸発したりすることで、海水が減っていくので、塩分はどんどん濃くなると考えられています。

塩はどうやって精製されるのかというと不純物を取り除いて、塩だけを残します。昔は、砂の上で海水を干し、浮き出た塩を砂ごと再び海水に溶かすなどした濃い塩水を、釜で煮詰めてつくっていました。いまは、電気の力で塩分を選んで通す膜を使って海水の塩分を6倍程度に濃くし、これを煮詰めて作っています。


 





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君は生きのびることができるか
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/03/31(火) 18:36
No. 8198
 
 
新たに形成される銀河がもはやないという状況の中、既存の銀河はどうなるだろうか。すでに重力的に束縛された銀河の内部では宇宙定数の効果より重力の方が強いため、銀河が膨張してバラバラになることはないと言います。

ただし、暗黒エネルギーが実は宇宙定数ではなく、時間とともにその密度が増大していくようなものだと、いずれその斥力が銀河の重力を圧倒して、銀河も、さらには星も地球もバラバラにしてしまうかもしれない。そのような可能性は理論的にありえないわけではないが、積極的に考える必然性も今のところはないといいます。

暗黒エネルギーは宇宙定数かそれに近いものであり、銀河はバラバラにならないという予想が標準的です。だが、銀河が今の状態をいつまでも保っていられるわけではない。銀河の活動として最も顕著なのは星間ガスから星を作るというものですが、ガスには限りがあるため、やがてガスを使い果たして星形成も止まることになります。

新たな星が生まれない中、寿命の短い大質量星から先に死に絶えて行きます。水素を燃やす普通の星、つまり主系列星で最も軽いものは太陽の10分の1ほどの質量ですが、そのような星の寿命は太陽よりはるかに長く、1兆年を超えます。

だが、逆に言えば、今より数兆年先の未来ではすべての主系列星が死に絶えて、残されているのは白色矮星、中性子星、ブラックホールぐらいのはずでしょう。重さが足らず主系列星になれなかった褐色矮星や、惑星にも生き残っているものがあるでしょう。

君は生きのびることができるか。そのような超未来まで、人類が生き残れるかどうかは興味深い問題です。戦争による自滅や地球環境の変化を乗り越えて人類が存続していったとしても、まず50億年先には太陽が燃え尽きるという宿命から逃れることはできません。

燃え尽きる際に太陽が赤色巨星となって膨張するなどの状況を仮に生きのびたとしても、地球の生命の基本的なエネルギー源である太陽なしで生きていくことを考えなければならないでしょう。例えば、恒星間航行技術が実現していれば他の恒星系に移住する手もあるかもしれません。

だが、やがて、他の恒星もすべて燃え尽きてしまう時が訪れます。その時、なにからエネルギーをとればよいだろうか。地球など岩石型惑星に含まれるウランなどの核物質から原子核エネルギーを取り出すことは現在の技術を考えても十分見込みがありそうです。木星型惑星に豊富に含まれる水素による核融合を用いれば、資源の量はさらに増えます。

もう一つ考えられるのは重力エネルギーです。ブラックホールや中性子星など、強力な重力を持って生き残っている天体があるはずだから、そこに人工的に物質を落とし、解放される光エネルギーを使う。その本質は水力発電と変わらないのです。

そして人類にとっての究極の危機は、陽子崩壊でしょう。ある種の素粒子理論が予想するように、10の2乗年という時間が経つと陽子が崩壊してしまうのであれば、我々の生命活動を担う物質がすべて消滅してしまうことになります。

陽子が崩壊するという事は、すべての元素も消滅し、電子も陽電子と対消滅して消えてしまうということです。宇宙に残されるのは、光(電磁波)とニュートリノの他はブラックホールぐらいということになります。

暗黒物質も残っているかもしれません。我々が生きのびるには、それらのみを利用した生命体に進化する必要があるのです。それがどのようなものなのか、もはや想像もつかないが、我々に残された時間もまた想像を絶する長さなのです。

 





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マクロン大統領が日本を訪問
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/03/31(火) 18:32
No. 8197
 
 
マクロン大統領が日本を訪問し、高市早苗首相と会談する予定です。果たして平和的な意見が出るのであろうか。アメリカでは湾岸戦争以来、サダム・フセインのことを悪魔のように言っていました。テレビに映ったフセインは穏和な感じで、国連が求めたミサイル廃棄に従う姿勢を表明していました。まるで今のイランのようです。

だが、ブッシュ大統領は、イラクのミサイルは氷山の一角でしかなく、兵器を隠しているのだからフセインを攻撃すると言って世界を騙したのです。イラク攻撃は、アメリカの利益よりイスラエルの利益でもあります。

なぜ米軍のイラク攻撃がイスラエルの国益になるのかは、過去を考えればよくわかるでしょう。「かつての真珠湾攻撃のような、新事態を誘発する大惨事」という言葉で、思い出したのは911事件です。

ブッシュ政権は「真珠湾攻撃」を引き合いに出し、事件を「新事態」として意味づけしようとしました。その後のアメリカは「テロ戦争」の名のもとに世界支配力を強めています。911事件は、巨大な事件なのに真相が迷宮入りになってしまっている奇怪な事件です。

犯人像も不透明なままで、ビンラディンとのつながりもはっきりしていません。捜査当局が調べても不透明なまま、というのではなく、捜査当局がほとんど調べていないのです。米当局が何らかの関与をした結果、大惨事になったのではないか、という指摘もかなりあります。

アメリカでは伝統的に開戦すると大統領への人気が高まるため、イラクに侵攻し米国民をテロの恐怖という状態に置き、反政府の言動をする者はテロリストだというレッテルを貼り、あらゆる政府批判を事実上禁じてしまえばいいのです。

今度はイランを挑発しておき、トランプ政権の人気が落ちてきたら、こんどはイランに先制攻撃を加えれば良いと考えていたのでしょう。過去にフランスが国連安保理でイラク侵攻に対して拒否権を発動するかどうか迷っていました。

シラク仏大統領として40年ぶりにアルジェリアを訪問し、歓迎のためにイスラム教徒のアルジェリア人が100万人も集まり、アメリカに対して毅然とした態度を示したシラクを賞賛し、英雄として扱ったようです。

40年前に仏軍との血みどろの戦争で独立して以来、アルジェリア人はフランス人を嫌っていたはずなのに、アルジェ市内はフランス国旗やシラクのポスターであふれたのです。さて、フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、イラン・イスラム共和国が中東情勢の主な責任を負うといいます。

日仏韓の3カ国は、原油価格高騰による経済的打撃を受けており、首脳会談で「共通の対応策」を模索しています。マクロン大統領は、今年6月にフランスで開催されるG7サミットに向けて、イラン情勢における日韓との連携を加速させるようです。

 





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日本政府の曖昧な態度
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/03/30(月) 18:52
No. 8196
 
 
日本国は米国の核の傘で安全保障が成り立っています。米国に逆らうわけにはいかない状態なのです。軍隊を持たず、集団的自衛権を曖昧な態度しか示せない政府は、戦争体験から日本は戦争を否定し、核を否定し、そして軍隊をも否定しました。戦争を否定することは人類の崇高な理想としては正しいことだと思います。

核を否定することも核の被爆国としてその悲惨さを世界に伝えるためにも理解出来ます。しかし、軍隊をも否定してしまい、戦後約80年経った今も軍隊を否定し続け、国内に軍隊を認めないことによって国際社会の中で歪んだ主張と態度をとらなければならなくなっていることは紛れも無い事実でしょう。

北朝鮮の拉致問題、核問題、イラン問題にしろ、はっきりした態度を示せない日本を作り出してしまっているのです。日本が軍隊を認めたからといって戦前のような軍国主義に向かうわけではないし、過去の経験を踏まえて、間違った方向に国が向かわないためにメディアが存在しているはずです。日本は戦後、米国の占領下で戦後の復興を遂げました。

戦後の急速な復興には確かに米国に感謝しなければならないことも事実ではありますが、だからといって奴隷になっていてはいけません。イラン問題での政府の曖昧な態度、拉致被害者家族が日本国内だけではなく米国の世論に訴えなければ進展しないような状況は、軍隊を持つことに曖昧な態度をとっている国民の態度でもあるのです。

イージス艦の派遣は憲法の改正や法整備も無いまま、なし崩しに日本の自衛隊は軍隊化しています。勇気をもって憲法改正論議を始めなければいつまでも日本政府は国際社会で曖昧な態度を取り続けなければなりません。


 





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東武鉄道の浅草の沿革
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/03/30(月) 18:44
No. 8195
 
 
東武鉄道・伊勢崎線。DATAによれば、浅草駅←浅草雷門駅=1945年10月1日/所在地:東京府東京市浅草区浅草花川戸町 (現台東区花川戸1−4−1)/設置者:東武鉄道/開業日:1931年5月25日 。終戦時に「広域的な駅名」へ改称しました。

1899 (明治32)年8月に北千住〜久喜間で路線開業しました。「東武鉄道」は都心への延伸をめざしました。そして1931(昭和6)年5月、浅草駅を改称した業平橋駅(現とうきょうスカイツリー駅)から隅田川を越えて、念願の浅草への乗り入れを果たしました。

あわせて地上7階・地下1階、高さ37m、腰回りに大理石や花崗岩を施したネオ・ルネサンススタイルの重厚な鉄筋コンクリート造りの駅ビル(東武浅草ビル)を建設しました。大規模駅ビル誕生には社長・根津嘉一郎の一声「繁華街・浅草の象徴となるような豪華な立派な駅ビルを建てろ」(大石学「駅名で読む江戸・東京 )が大きく影響しています。

「隅田川沿いに細長くそびえる同ビルは、対岸から巨大な船が川に浮かんでいるように見え、電車の出発 到着は航空母艦を発着する航空機にも例えられた」(「東武鉄道百年史」要旨) というほど、周辺を驚かせたようです。

そして同ビルの2階部分にターミナル駅「浅草雷門駅」を開設しました。当時から賑わう繁華街「浅草」と、シンボル的観光地「雷門」を加えた合成名としました。浅草は「草深い武蔵野の中にあってあまり茂っていないところ」(東武鉄道HP)が由来で、雷門は浅草寺の山門の名称です。

もっとも駅所在地・花川戸町は1934(昭和9)年に「浅草雷門」の町名に変わりますが、 1965(昭和40)年の住居表示制度で「花川戸」へ戻っています。1945(昭和20)年3月、東京大空襲で被害を受けましたが、終戦直後の同年10月にはビルを復旧しました。あわせて、限定的なイメージを持つ「雷門」を外し「浅草駅」と改称したのです。

駅舎は1974(昭和49)年の改装でアルミ製壁を覆い、開業時の趣は失われました。しかし2012(平成24)年5月、東京スカイツリー開業にあわせて復元を果たし、重厚な姿がよみがえりました。

 





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オーロラの発生について
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/03/30(月) 18:16
No. 8194
 
 
太陽から飛んできた粒子が、地球にぶつかって輝きます。太陽からは太陽風という電気を帯びた粒子がたくさん飛んでいます。これらは地球の磁力線に沿って、北極や南極方面に向かって流れていきます。それが酸素や窒素と反応してオーロラが発生するのです。

オーロラの科学的研究は、18世紀頃から始まりましたが、ウィリアム・ギルバートは1600年に地球が大きな磁石であることを示して、その後の地球科学の基礎を築きました。オーロラはどこでもではありませんが、かつて日本でも観察されました。

オーロラは両極点のすぐ近くでは見られず、オーロラ帯という楕円上になっている高緯度地方でよく見られます。太陽の活動が活発な時には、中緯度の北海道や新潟県でも観察されたことがあります。ハッブル宇宙望遠鏡がとらえた土星の北極に現れました。

オーロラ (2017年)。オーロラは、地球のように磁気圏のある天体に現れるので、同じく磁気圏のある木星でも観測されています。太陽の活動とオーロラの発生は、深く関係していますので、太陽活動が盛んになったり衰えたりすると、オーロラの発生もそれに連動して、増えたり減ったりします。

オーロラが夜にしか見えないのは、太陽からの電気を帯びた粒子が、地球の磁力線に沿って地球の夜側に大きく回り込み、そこから地球の方へ加速され、大気の粒子とぶつかって発光するからとされています。

夜のオーロラはその形態や動態が詳しく研究されてきました。しかし、太陽光が勝っている昼にもオーロラは発生しています。 近年になって、ようやくその解明が進んできました。 オーロラは地上からはカーテン状に見えますが、全体は写真のように環状につながっています。

オーロラが出る季節は、特に冬の寒い日ですが、季節は関係ありません。オーロラは高度100q以上という、大気の上層部で起こる現象ですから、地上の気温は関係ありません。そのため、夏に観測されることもあります。冬に多く見えるのは、夜空が快晴になると放射冷却によって地上の熱が宇宙に飛び去って高空まで晴れ渡るからです。

オーロラが見える時間帯は、統計的に、真夜中近くがいちばん多いと言われています。オーロラがよく見える高緯度の地域では、年間で250日くらい見えたこともあるそうです。 夏の白夜の明るい夜以外は、ほぼ毎日見られたということになります。

ウィリアム・ギルバート (1544〜1603年)。球形の磁石を作り、小さな磁石の針を磁石の表面に沿って動かすと、実際の地球上での方位磁針の動きを忠実に再現することを実験で確かめ、地球は大きな磁石であることを「磁石論』 (1600年)で明らかにし、方位磁針が北を指すのは北極星などの力によるとされていたことが、間違いであることを明らかにしました。ギルバートは医師の仕事をしながら磁気や電気の研究を続けました。

 



 

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