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ハッブルによって、決定的な形で宇宙の膨張が報告されたのは1929年です。遠方の銀河は、遠くのものほど光の波長が伸びて観測されることが判明したのです。光の波長は我々が感じる色に対応しており、波長が伸びるということは赤く見えるということです。
これはドップラー効果というもので、銀河が我々から遠ざかっているために波長が伸びて見えるのです。我々が耳にする音も波であり、音程が波長に対応しています。救急車とすれ違う際にサイレンの音程が変わるのも同じ現象です。
宇宙全体が一様に広がっているのであれば、遠くの銀河ほど、距離に比例して我々から遠ざかる速度(後退速度という)が大きくなります。これがハッブルの法則で、その比例定数をハッブル定数と呼ぶのです。
定数というのは、現在の宇宙における銀河の後退速度と距離の間の比例定数であるからです。しかし、このハッブル定数の値は宇宙の進化とともに変化するので、その意味では「定数」ではないのです。より一般には、ハッブルパラメータと呼ばれています。
ハッブルが測定した当時の観測精度はあまり良いものではなかったのですが、現在の高精度観測によれば、その値は大体100万光年かなたの銀河が秒速200キロメートルで我々から遠ざかる程度でしょう。ここで科学史上の興味深い余談があります。
ハッブルによる宇宙膨張の発見に先立つこと2年、ベルギー出身でカトリック司祭でもあったジョルジュ・ルメートルという学者が、フリードマンとは独立に宇宙膨張の解を導いただけでなく、当時の観測データから宇宙の膨張まで指摘していたのです。
にもかかわらず、無名の仏語論文誌に発表したため注目されず、宇宙膨張発見の栄誉はハッブルのものになったというのです。ルメートルは謙虚な人であったといいますが、司祭様の立場で「この発見は俺が最初だ!」と声高に主張するのも難しかったのかもしれません。
「一様な宇宙の膨張」についてもう少し詳しい説明が必要かもしれません。よく例えとして用いられるのは、風船です。膨らんだ風船の表面を一様等方な2次元世界と考えます。その上にサインペンで多数の点を打つ。
さらに風船を膨らませると、ある2点の間の距離は広がり、その広がる速度は距離に比例します。風船上のどの点から見ても、他の点は観測点からの距離に比例した速度で遠ざかるように見えます。するとこういう疑問が出てきます。
銀河が遠ざかる速度がそこまでの距離に比例するなら、遠方の銀河ほど遠ざかる速度はどんどん大きくなり、やがて光速を超えてしまうのではないか。しかし現在の物理学では、光より速く移動するものはないという。これは矛盾ではないのか。
実はこれは全く矛盾していないのです。「光より速く移動する物体はない」という時の速度とは、その物体が移動しているその場その場で、周囲のものに対して相対的に運動する速度です。
遠く離れた2地点が宇宙の膨張のために遠ざかる速度は、光速を超えても一向に構わないのです。宇宙が一様に膨張しているなら、同じペースで時間を逆に巻き戻すと、ある有限の時間だけさかのぼったところですべての地点が一点に集中してしまうことになります。
この時間、つまり100万光年を秒速20キロメートルで割って出てくる140億年が、宇宙の年齢のおおよその指標ということになります。ハッブルの法則から直ちに、現在の宇宙の年齢も推定できるわけです。
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