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  小話2024年12月分上  仲條拓躬2024/12/24(火) 15:55 
  原発で再稼働の動きが進む  仲條拓躬2024/12/23(月) 17:15 
  ギリギリの脱炭素宣言  仲條拓躬2024/12/23(月) 17:14 
  同志のイラク訪問  仲條拓躬2024/12/16(月) 16:34 
  米国は日本との開戦を企てていた  仲條拓躬2024/12/16(月) 16:32 
  フランスの植民地について  仲條拓躬2024/12/16(月) 16:31 
  フランス文明とは  仲條拓躬2024/12/16(月) 16:30 
  地球上の人口が増えすぎると  仲條拓躬2024/12/16(月) 16:28 
  救えなかった命が救える  仲條拓躬2024/12/16(月) 16:27 
  喪失感から抜け出そう  仲條拓躬2024/12/12(木) 21:35 






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小話2024年12月分上
   投稿者: 仲條拓躬    
2024/12/24(火) 15:55
No. 7689
 
  ラジオ番組で膝の痛みが治ったと森永製菓のコラーゲンドリンクを宣伝しおり、通常価格の半額以下で送料なしの森永製菓のおかしの詰め合わせをつけて先着200名に販売するというので、電話をかけてみた。すると電話が繋がって個人情報を聞かれた後に「大変込み合っているので本日か明日にもう一度連絡します」というのです。なんでもう一度電話かかってくるのも変だと思ったが、電話を待っていた。その日も次の日の連絡はありませんでした。ただ、ラインに「電話番号登録のない方から申請があります」の承認してほしいメーセージが頻繁に配信されて来た。しばらくたってから着信が入っていたので折り返しかけてみると「森永製菓」だった。また、個人情報などを確認して随分待たされた。その結果、「今回はすべて売り切れた」ので、ほかの商品を勧められた。電話の相手は浜崎という女性の方で、対応について一言も謝罪もしない。これって詐欺なのでしょうか。

鮭は食べても太らないといいます。オメガなんとかが脂肪を燃やすからだといいます。

認知症の60%以上をしめるアルツハイマー病は、脳内に老廃物がたまり、ニューロンが死に至ることから、記憶を失ったり思考能力が低下したりする病気です。驚いたことに老廃物の蓄積は、アルツハイマー病を発症する10〜20年前からすでにはじまっています。

また、アルツハイマー病を発症する頃には、それ以上蓄積しない程度にまでたまっていることもわかってきました。つまり40代ごろから、着実にアルツハイマー病は忍び寄っているのです。残念ながらアルツハイマー病を完治させる薬はまだありませんが、進行を遅らせる薬はすでに発売されています。

アルツハイマー病を完治させる薬はまだありませんが、進行を遅らせる薬はすでに発表されています。アルツハイマー病の患者の脳内では,記憶や学習などにかかわる「アセチルコリン」という神経伝達物質が減少していることがわかりました。

喫煙者は自分で自分を深いニコチンの泥沼に沈めてゆきます。自発的にタバコを吸い、自分で喫煙の習慣を身に付けています。体調が悪く、咳が止らなくとも、のどが痛くても、その習慣をやめることはありません。喫煙者はタバコを吸わないとイライラすると自己暗示を掛けています。その結果、吸えない恐怖に負けて喫煙の習慣を続けているのです。

軍事費を増強して核実験する国には経済援助を凍結してほしいと思います。挙句の果ては日本の援助など中国国民は知らないのです。その援助金を子育て支援に回すほうが先決だと思うのです。本当、日本っておめでたい国です。

田中角栄は、アメリカのキッシンジャーに「アメリカは日本が石油に困っているのだが援助してもらえるのか?」と聞いたところ、答えは「ノー」でした。田中角栄は「よし、わかった」と直ぐに、イスラエルに外交では珍しく強硬に「イスラエルはパレスチナの占領領土全てを破棄すること」外交を行いました。それから、直ぐに、アラブの石油ランクでは「友好国」となり、石油輸出が再開したのです。その後、田中角栄はロッキード事件で逮捕されることになります。政治家になるには自分の命をかけても国民を守り抜くという気構えでいて欲しいのです。

過去、ワールドカップ・フランス大会で、日本の勝ち点はゼロでした。敗れ去る時、日本人サポーターがスタジアムのゴミを拾って綺麗にして帰りました。自国が負ければ荒れ狂うサポーターに慣れている西欧のマスコミは驚きました。普段は部屋の掃除すら出来ないであろう若い世代が、海外で自主的にスタジアムのゴミを拾って帰ったのです。素晴らしい行動です。こうした若い世代が何時の間にか育っていたのです。

本日は表彰の選考委員会に出席しました。約8割の企業に表彰制度があるようです。表彰は、記念品の企業が半数以上、現金を支給する企業が3割程度です。企業規模が大きいほど現金支給の割合が高くなる傾向です

爆風スランプのスキンヘッドのサンプラザ中野は私の近所の東葛高校を卒業していて、今年の千葉県東葛飾地区の高等学校研修会の発表校のトップバッターが私で東葛高校も発表校でした。東葛高校のPTA会長とは名刺交換して一緒にお酒の席でも一緒でした。ちなみに中野ZEROの表彰式に出席した所、最後のサンプラザ中野の姿を見ることができました。

サンフランシスコの内科医が、患者共通で記憶力が減退したり、うつ状態があらわれたり、口の中に妙な金属の味があり、毛が抜けてしまった人もいました。共通点を探って行くと、水銀中毒が関係していました。原因は魚に含まれているメチル水銀によるものでマグロ、カンパチ、メカジキなど大型の魚を食べないように患者に指導すると、症状が短期間で改善しました。

コピー商品工場は一社で数社のものを作っている事が多く、被害者が数社でまとまると意外と簡単に取り締まれるといいます。しかも悪いことにコピー商品業者は、メーカーの取り締まりが手薄と見れば、攻撃を開始するのです。その意味では日本企業はカモなのです。

戦時中、米軍が沖縄本島に上陸して、全島が戦場になりました。米軍の兵力は18万3000人で、日本側の沖縄守備隊は11万人でした。本土上陸を引き延ばす持久戦と位置づけられた沖縄戦では沖縄に住む人を総動員して戦場に駆り立て、玉砕戦法に挑みました。だが、米軍の圧倒的な火力の前に、沖縄に住む非戦闘員にも砲弾を浴びせられ20万人以上の尊い命が犠牲になったのです。

ブルトン人のほかに「フランス人ではないな」とイメージされるのはノルマンです。英国風に言えばノースマン(北人)です。スカンジナビア方面から来たのでそう呼ばれていました。今で言えばスウェーデン人、ノルウェー人、デンマーク人です。これは全くの「海賊」です。自分たちで「バイキング」と称して威張っていました


 





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原発で再稼働の動きが進む
   投稿者: 仲條拓躬    
2024/12/23(月) 17:15
No. 7688
 
 
2021年は福島原発の事故から10年の節目ですが、各地の原発で再稼働の動きが進みました。特に、気候サミットの翌週である4月28日には、福井県の杉本達治知事が、関西電力美浜原発3号機と高浜原発1、2号機の再稼働に同意を表明したのです。

この3基はいずれも運転開始から40年を超える原発であり、福島事故後にできた「原則40年、1回に限り最長で延長20年」という新規制基準において、初の運転延長となるものです。杉本知事はこの前日に梶山弘志経産相と面談しており、「将来にわたって原子力を持続的に活用していく」との言質を得ていたのです。

その後、関西電力の森本孝社長は「2030年の温室効果ガス削減、50年のカーボンニュートラルといった大きな社会の挑戦に、しっかりと活用していきたい。資源の乏しい日本にとって原子力の果たす役割は大きく、40年超のプラント(の活用)の意義も大きい」と説明しています。

エネルギー業界の幹部は「カーボンニュートラルから4%削減目標のプロセスで、政府が原発を最大限動かしていくのは間違いない」と証言しています。その間も、原発の建て替え(リプレース)推進を掲げる議員連盟が自民党で結成されました。

安倍晋三前首相が最高顧問についたり、自民党総合エネルギー戦略調査会(額賀福志郎会長)が、原発のリプレースを可能とするための提言を出すなど、原発周りが一時的に活気づいたのです。福島事故の時点で54基あった原発は、2020年時点で36基まで減り、そのうち9基が再稼働しています。

現状は、2030年の電源構成のうち、原発は20〜22%を占める目標となっており、そのためには「再稼働申請をした全27基の再稼働」が前提とされています。原発の扱いをめぐっては世界の議論は揺れているのです。

例えばドイツは、福島事故の後に原発撤退を決めましたが、その際に石炭火力への依存が高まり、「温暖化の観点から見れば、ドイツの選択は間違いだった」との指摘まで出ています。しかし、福島ではまだ廃炉の時期、費用の見通しさえ全くみえておらず、原発で事故が起きた場合のリスクは疑いようがない事実なのです。

旧来型の原発を動かし続けるのであればなおさらです。次世代原発の推進派として知られるビル・ゲイツは以下のように述べ、従来の原発活用には否定的な見方を示しているのです。「私が原子力に関わるようになったのは、気候のためです。もし、蓄電池のイノベーションに奇跡が起きたとすれば、原子力は必要なくなるはずです。」

「しかし、現在の原子炉は非常に高価で、高圧であるため、安全システムは非常に複雑です。そのため、全く新しい世代の原子炉が必要になります」気候変動を経済変革の機会として捉えるのであれば、仮に旧式の原発再稼働が短期的に必要だったとしても、数十年後を見据えた次なるイノベーションへつなげることが重要なはずです。

しかし、エネルギー基本計画では、老朽化した原発の建て替え、新設、増設は盛り込まれないことが決まったのです。

 





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ギリギリの脱炭素宣言
   投稿者: 仲條拓躬    
2024/12/23(月) 17:14
No. 7687
 
 
脱炭素宣言は、約25分にわたる演説で、唯一大きな拍手と喝采が沸き起こった瞬間だったといいます。「我が国は、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします」

これは2020年10月26日の菅義偉首相による所信表明演説の一節です。安倍政権を引き継ぎ、1カ月ほどが経つこのタイミングで、菅首相は突然のように「カーボンニュートラル」という言葉を打ち出したのです。

カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの排出量を、植物などによる吸収との相殺で「実質ゼロ」にすることです。安倍政権の約8年間では、うち3年半がドナルド・トランプ大統領の在任期間と重なっていることもあって、脱炭素が重要政策に挙がることはなかったため、菅首相によるいきなりの先制パンチは、世間や業界に少なからぬ衝撃を与えました。

特に、象徴的だったのは、この宣言が温暖化対策について「経済成長の制約ではありません」と言い切ったことです。むしろ、「積極的に温暖化対策を行うことが、産業構造や経済社会の変革をもたらし、大きな成長につながるという発想の転換が必要です」として、次なる経済成長の芽に位置づけています。

この「発想の転換」こそが日本に必要だったもの、と環境エネルギー事業を手掛けるレノバ(東証一部)の木南陽介社長は評価しています。「長く環境事業をやってきましたが、日本ではずっと、温暖化対策は、真偽不明だとか、コストが高いとか、課せられた義務という位置づけでしかありませんでした。」

「付加価値を生む成長産業だと認められていなかったのです。その間に、欧州、中国、アメリカの一部で、認識が変わり始めていたわけですが、ここに来てそのパラダイムが一気に転換しました。成長産業、イノベーションの契機がいきなりドンと生まれたのです」

しかし菅首相のデビューを華々しく飾ったこの宣言ですが、実は、残された猶予期間はわずか1週間という「ギリギリのタイミング」(政府関係者)でした。そもそも、2020年までに世界では「カーボンニュートラル狂騒曲」と言っていいほど、各国による宣言が相次いでいました。

まず、2018年に、北欧スウェーデンが2045年までのカーボンニュートラルを法律化すると、2019年6月にG7では初めて、英国が2050年までのカーボンニュートラルを決めました。

さらにフランス、ニュージーランドなどが続くと、2020 年にはEU(欧州連合)も法案の検討を進め、10月には実に120カ国が宣言するまでになっていました。とはいえ、日本を焦らせたのは、単純な宣言国の多さではないのです。

むしろ、ただ数が積み上がるだけであれば、日本も悠長に構えていられたかもしれません。だが、日本の未来に大きく影響を及ぼす大国が急に動き始めたことで、残された時間が一気に減っていったのです。

まず動いたのは中国でした。2020年9月2日、習近平国家主席が突如、国連総会のビデオ演説で「我々CO2排出量を2030年までに減少に転じさせ、2060年までにカーボンニュートラルを目指す」と宣言したのです。

中国といえば、世界でダントツのCO2排出量を誇る上に、今も一番排出量の大きい石炭火力発電所を次々と新設する「温暖化の元凶」とされているため、国家元首本人が自ら公言した目標は、世界でも驚きをもって受け止められたのです。

 





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同志のイラク訪問
   投稿者: 仲條拓躬    
2024/12/16(月) 16:34
No. 7686
 
 
過去に同志がバクダッド市内中心部の友好平和連帯協会の本部を訪問したときのお話です。協会の本部、れんが造りの建物で、友好協会のハシミ会長に面会しています。ハシミ会長は、「日本政府が湾岸戦争以来、アメリカの側についているのは残念だ。」

「アメリカはイラクの石油利権を自分たちのものにするためにイラクを破壊しようとしており、イラクの後はサウジアラビアなどの油田も自国の直接支配下に置こうとしている。日本は中東諸国と直接取引し、石油を購入しているが、中東におけるアメリカの野望が実現したら、日本はアメリカに忠誠を誓い続けないと石油を購入できなくなる。」

「アメリカは中東の主要な油田をすべて直接支配することで、日本や西欧がアメリカに従属せざるを得ない状態を作ろうとしている。だから日本はアメリカに反対した方が良い。」と語ったそうです。

加えて、ハシミ会長が強調していたのは、宗教、イラクはスンニ派、シーア派、キリスト教徒など、さまざまな宗教の複合体だが、和を重視しているのだと強調していたそうです。数年前、アフガニスタンでタリバンがバーミヤンの巨大石仏を破壊したが、あれはイスラム的な行為ではないと言う。

タリバンは何年間もアフガニスタンを統治していたのに、ずっと石仏は無事だった。石仏が壊されたのはタリバンが政権を追われる半年前のことで、そのころから始まったアメリカの謀略によって、タリバンは石仏を破壊せざるを得ない状況に追い込まれたに違いない。

イスラム教徒は、あなたがた仏教徒と友好関係を望んでいるのに、アメリカの策動によって大仏が壊されてしまった、とハシミ会長は述べたそうです。そして副首相はなるべく多くの平和代表団に会うようにしているといいます。

副首相の日程と、あなた方の日程が合ったので、会えることになったということです。バクダッドに来た田原総一郎氏は、副首相に会うためだけに2日間ホテルで待たされたといいますが、それを比べるとあなた方はラッキーだと言っていたそうです。

フセイン政権は、多宗教・多民族国家で潜在的に反政府勢力が出てきやすいイラクを、弾圧なども行いながら何とか一つにまとめているが、北部のクルド人が事実上の自治を維持しているように、国内の宗教や民族の問題は、イラクが統一を維持する際の弱点である。アジズ副首相は「日本はアメリカを支援すべきではない」と語った。

イスラエルはアメリカをアラブとの戦争に引きずり込むため、中東を混乱させることを狙っている、という分析だった。「日本は敵ですか、味方ですか」と尋ねると、ガイドは「ときどき味方で、ときどき敵かな」とやや冗談めかして言ったそうです。

 





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米国は日本との開戦を企てていた
   投稿者: 仲條拓躬    
2024/12/16(月) 16:32
No. 7685
 
 
アメリカがいかに日本との開戦を待ち望んでいたかを物語る重要な資料が、米国ワシントンの国立公文書館で発見され、1999年7月15日付「産経新聞」がその事を報じています。「JB336」という名前のついた全97枚に及ぶアメリカの中国支援計画書です。

段階的に内容は公開されてきたため、概要についてはかねてから知らされており、一部の学者から重要性が指摘されてきました。発見された部分はルーズベルト大統領の署名付きという点が決定的でした。

これは米軍が、中国軍に見せかけて、日本本土、東京、横浜、京都、大阪、神戸を爆撃する計画書です。アメリカが日本を酷く挑発して行くという事も含め、1940年の秋には、当然の事として予想できた事でした。

ですから、1941年に入る頃には、そうした計画が次々とホワイトハウスを中心に動き出していた訳で、この他にもそのような計画はたくさんありました。この「JB335」の場合、中国軍を偽装するが、機体もパイロットもすべて米軍が提供していたのです。

日本を開戦に追い込むための手段として考えていたのです。多くの状況証拠から見て、米軍がやったと知れば、日本は米国に攻撃してくるだろう、という狙いもはっきりわかります。それに当時の英米間の参謀会議の話し合いの流れを見れば、はっきり認められます。

当時のアメリカの軍部と情報工作当局のイギリス側との濃密な共同行動には、実質的な参戦行為が沢山ありました。主なのは、1940年末からのアメリカ軍の対独攻撃による、一連の秘密参戦計画の資料です。

周知の通り、アメリカはドイツに対しても挑発したい意思がありました。1940年から41年にかけて何度も、イギリスの商船や潜水艦を追ってドイツの駆逐艦がアメリカ東海岸に迫ってくるという場面がありました。

その時はいつも、アメリカは中立方針を捨てて英軍と共同作戦をとり、これを迎え撃っていますが、ヒトラーはアメリカの強い参戦意欲を知っていますから、あえて外交抗議もしなかったのです。

ですから、この点の最大の謎は、真珠湾の翌日、ヒトラーがなぜ、あれほど素早く対米宣戦に踏み切ったかということです。アメリカは、いずれ1941年中に大西洋でドイツと戦うことになっていたはずです。

米独戦が始まれば、大国でフリーハンドを持っているのは日本だけになりますから、じっくり考えて、いちばん有利な手を打てばよかったのです。米内前首相はアメリカからの最後通牒、「ハル・ノート」を受け取った後でも、何もしないでじっと待っている手があったと思うのです。時間が解決する問題が多分にあるという事です。

しかしその点でも最大の問題は、日本の開戦のスケジュールを絶対的にものにする姿勢でした。昭和16年9月6日の御前会議で、昭和天皇が、明治帝の「四方の海みなはらからと思ふ世になど波風の立ちはぐらむ」の歌を詠まれ、平和方針を明確にされました。

にもかかわらず、近衛文麿らこの会議のメンバーは「十月上旬開戦」という時間的なスケジュールを決定事項に入れてしまいました。官僚的なスケジュール主義、これがやはり日本の首を最後に絞めたと言えます。

もし対米戦を避けられたら、日本のその後の日本はどうなっていたか、これを考えると問題が色々と出てきます。核兵器も原子力潜水艦も持たなくてはならない、石原莞爾を失墜させた陸軍の政治的横暴は治まらないでしょう。

ついでにもうひとつありますが、アメリカが日本を占領してよいことも悪いことも含めいろいろなことをしたけれど、日本がアメリカを占領していたらどの程度のことをやれたのか、少し心寒いところがあります(笑)

 





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フランスの植民地について
   投稿者: 仲條拓躬    
2024/12/16(月) 16:31
No. 7684
 
 
フランスの植民地と言えば、ルイ15世の18世紀からナポレオン戦争の19世紀初頭までの英国との百年戦争で、フランスはインド・カナダでの植民地を失いました。ナポレオンは欧州大陸での覇権確立を優先して、北米の広大なルイジアナにあるルイ王の植民地をアメリカ合衆国に売却してしまいました。

英国艦隊に制海権を奪われている状況では、やむを得ない処置だったのかも知れません。第二次世界大戦にドイツに占領されていたフランスは、ド・ゴールの代表する亡命政権が認められて、国連安全保障理事会常任理事国になっています。

「普仏戦争」までの間に政体は移り変わりました。欧州列強の植民地獲得競争にフランスが再び参加するのは、アルジェ征服からで、シャルル10世の末期です。3万6000の大軍を派遣して、征服は成功しますが政体は滅びたわけです。

ルイ=フィリップ政権は初めアルジェリア沿岸部だけの経営にとどまっていたのですが、政権末期には内陸まで侵攻します。その後、セネガル征服が完成しアジアではサイゴン周辺のコーチシナ、カンボジアを支配します。これは日本では明治になる前です。

ところがナポレオン3世の第二帝国の崩壊後、第三共和国も植民地獲得を続けます。スーダンとモロッコ、コンゴがアフリカで、アジアでは1885(明治18)年に清帝国と「仏清戦争」で勝ち、中国に手を引かせ、ベトナムとラオス全部を支配し場所により植民地だったり保護領だったりします。

征服完成は1893(明治26)年、日清戦争の前年です。17世紀から基地にしていたマダガスカルで反乱があり、それを鎮圧して1896(明治29)年保護領から併合とします。明治の日本人が抱いた切迫感はよくわかるのでないでしょうか。

「こちらが日本国から出ていかないとアジアが取られる」という論理から独立保全を助け石原莞爾将軍指導の満州合衆国だけを建設しておけばよかったのですが、軍の暴走があった事は残念でなりません。

現在、残っているフランスの植民地と言えばカリブ海、南太平洋、インド洋の島に過ぎません。だが植民地を失ったという喪失感があるのでしょうか。植民地を持っていたということが国民生活に痕跡を残しているか。

パリで日本人が変にくだけたフランス語で話すと、ベトナム人かカンボジア人と思われるそうです。英国人がインド所有の結果、1日に食事は4回と、4時に紅茶を飲む習慣ができたと言います。

 





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フランス文明とは
   投稿者: 仲條拓躬    
2024/12/16(月) 16:30
No. 7683
 
 
現代の日本語は明治に出来た人工語で、西洋文化の用語にくまなく訳語を作りました。「文化」も「文明」も、漢語ではありますが概念としては訳語です。普通に「文化」をキュルチュール、「文明」をシヴィリザシオンの訳語といいます。

ヨーロッパでも日本でも様々な立場の論者がそれぞれにこの2つの単語を使い分けています。フランス語のキュルチュールは英語にも入っています。同じ綴りを訛ってカルチャーです。第1の意味は「耕作」「栽培」。「トマトのカルチャー」は「トマトの栽培」です。

次に「教養」「文化」の意味があります。フランス語ではこの意味では「個人の関与」のニュアンスが入ります。自分が積む教養、作家が向上させる文化、という具合です。その点、シヴィリザシオンはもっと幅が広いです。

制度、社会習慣、伝統、文化遺産まで含みます。これは18世紀の半ばの新語で、「シヴィル」「市民の」「丁寧な」の派生語「シヴィルにする」という動詞「シヴィリゼ」の名詞形として現れました。今の言葉で言えば「文明化」というニュアンスです。

19世紀に入る頃から、ゲルマン人の「文化」が盛んになります(まだドイツという統一国家はない)。ゲーテらの文芸、カントらの哲学です。そこへ細菌学や医学などゲルマン人の発明発見が相次ぎ、新興のプロシア王国はナポレオンにやっつけられました。

その後、近代化に努力して軍事力を発揮、オーストリー帝国軍を野戦で破り、ついに19世紀後半にフランス帝国との全面戦争に勝利して、ゲルマン人諸国を統一、ドイツ帝国を結成したのです。

それが1871(明治4)年で、日本の新政府は手本をフランスからドイツに切り替えるのです。そのドイツが「文化」「文明」のことに絡むと、議論が錯雑化するのです。日本ではカントのあとはマルクスが官学の権威となっていたから、さらに難しくなるのです。文化は生きてそこにあり個人の参加と努力によって持続すると思います。

フランスにおいてはまさに「いいフランス語」が最重要の文化です。文明は無意識の過去から社会に存続する要素であり、その社会の文化と一緒に生きていく風土でもあります。多くの難しい話し方があり、くだけた話し方があり、それが「いいフランス語」と関係を保って存在している姿が、フランスの文明なのです。

 





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地球上の人口が増えすぎると
   投稿者: 仲條拓躬    
2024/12/16(月) 16:28
No. 7682
 
 
100年ほど前から1970年代までは、地球上の人口が増えすぎてしまうのではないかと心配されていました。人口爆発のせいで地球の資源が足りなくなると警戒されていました。ところが気にすべきだったのは人間の数ではなく、人間の消費水準だったのです。

いま欧米では、多くの国で人口が減り、移民を受け入れなければ長期的に人口を維持できない状況になっています。中国も、かつての「一人っ子政策」の影響で人口置換水準を下回っています。あのインドでさえ、人口の伸びが横ばいになろうとしています。

人口減少局面に入った国も出てきています。日本や、ルーマニアなどの欧州の数ヵ国のことです。人口が減れば消費も減るわけではありません。長期的に見れば、すべてを決めるのは、人口の伸びです。一見、人口が増えないのはいいことに思えるかもしれません。

ところが、人口が増えなければ資源への負荷が軽くなるわけではないのです。むしろ社会が豊かになると、一家の人数が減るのに、一家の消費量自体は増えるといったことが起きます。人数の「減少」が消費の「増加」をもたらすのです。

つまり、課題は人口の抑制ではなく、人口が減ったときの消費の抑制だということです。課題は消費なのです。仮に地球の人口がたったの20億人だったとしても、全員が平均的なアメリカ人の水準で消費をすることになれば、とてつもなく恐ろしい事態になります。

消費の差がどれだけ大きいのか、そこに気づけていない人が多いのです。日本という国は、あらゆる観点から見て繁栄しており、裕福であることに異論の余地はありません。世界有数の長寿国でもあります。

ところが、数年前のデータで日本人一人当たりの消費は年間150ギガジュール(ギガは10億、ジュールはエネルギー量の国際単位)を下回っていました。250を超えるアメリカ人とは対照的です。

いまの中国は約55です。インドは25、サハラ以南のアフリカは10です。サハラ以南のアフリカで暮らす10億人がアメリカ人と同じ水準の消費を始めたら、地球の資源は完全に枯渇します。中国人がアメリカ人並みに消費したら地球はどうなる?

中国などかつての途上国が先進国に追いつくとき、経済成長や消費増加のペースが先進国の場合より加速することが多いです。いまやグローバル化の推進力の中心は、欧米ではなく、中国になっており、「一帯一路」構想によってシルクロードという交易路を復活させて、ユーラシアやアフリカに繁栄をもたらそうとしています。

中国がアメリカと同水準の消費生活を実現できたとき、地球は生き残れるのでしょうか。おそらくそうなったら地球は生き残れませんが、中国はアメリカと同じ水準になるのをめざしています。たった2世代前まで中国は35ギガジュールだったのです。

しかし、いまは100に近づき、できるだけ早く欧州水準の130や140に到達しようとしています。気になるのは、ほかの国も中国のような成長をするのか、というところです。おそらく、そうなる可能性はあまり高くないでしょう。

インドやサハラ以南のアフリカの成長速度は、中国に比べると、ずいぶんゆっくりです。 コロナ禍がきっかけでデジタル経済への決定的な転換があったという話をよく聞くようになりました。

デジタル化が進んだおかげで、一部の途上国の開発が一足とびに進み、豊かになれたりするのでしょうか。たしかにデジタル経済への転換はありましたが、その影響の大きさが過大視されている気がします。

基本的な話になりますが、文明の基盤は鉄やセメント、プラスチック、銅、肥料に使うアンモニアなどであり、そういったもののデジタル化は起きていないのです。いまも鉄が欲しかったら、鉄鉱石を掘って精錬しなければなりません。精錬には、大量の石炭を掘って、大量のエネルギーを投入して石炭をコークスに変える必要もあります。

そうした工程の管理はデジタル化できますが、現場で原材料を扱う部分はデジタル化ができません。作業自体はいまも昔も同じなのです。デジタル化によって経済の非物質化が進んでいると考える人もいるようですが、それには笑ってしまいます。

 





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救えなかった命が救える
   投稿者: 仲條拓躬    
2024/12/16(月) 16:27
No. 7681
 
 
実際に、早期発見・治療によって発症を防げることを証明した神経変性疾患があります。主に小児で発症する脊髄性筋萎縮症 (SMA)です。これも運動ニューロンの機能が低下して、重症例では生後2年以内に命を落としてしまう病気です。

SMAの発症原因はほとんどの場合、SMN1という遺伝子が失われる欠失であることが1995年に発見されました。SMN1からは運動ニューロンに必要なSMNというタンパク質がつくられます。

実は、SMN1とわずかに情報(塩基配列)が異なるSMN2という遺伝子もあるのですが、そこからは少量のSMNしか合成されません。DNAに書かれた遺伝子の塩基配列はRNAに転写され、そこからmRNA(メッセンジャーRNA)がつくられ、その情報に基づきタンパク質が合成されます。

しかし、SMN2では一部の塩基配列がSMN1と異なるため、転写されたRNAのうち、完全な情報を持つmRNAとなるのは10〜20%のみで、少量のSMNしか合成されないのです。SMN1遺伝子が欠失してSMNタンパク質が十分な量つくられないため、運動ニューロンの機能が低下してしまうことがSMAという病気の原因です。

SMAの治療には、欠失したSMN1の情報が書かれた長い塩基配列をまるごと導入するよりも、SMN2のはたらきを強めて十分な量のSMNタンパク質が合成されるようにするほうが技術的に容易です。

米国の研究グループは、人工DNAによって、SMN2から完全なmRNAができるようにはたらく核酸医薬ヌシネルセンを開発しました。SMAモデルマウスにヌシネルセンを投与すると、10日間しか生きられなかったマウスが、1年以上生き延びたのです。

そして2017年、SMAを発症した新生児に投与すると運動機能が大きく改善することが確かめられました。さらに2019年、SMN1が欠失した新生児に発症前にヌシネルセンを投与することで、健常な子どもとほとんど同じように成長できるケースが確認されました。早期診断・治療によって、今まで救えなかった命が救えるようになったのです。

 





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喪失感から抜け出そう
   投稿者: 仲條拓躬    
2024/12/12(木) 21:35
No. 7680
 
 
大切な何かを失った時、あるいは何かが終わりを向かえる時、心の中にポッカリと穴があいてしまったように感じてRPGで言えば、HP(ヒットポイント)が失われるような空虚な状態に陥ってしまった事はないでしょうか。

家族や友人、自分の能力、他人からの評価、思想、健康、家、大切な持ち物、仕事、地域社会など自分の存在をどこかで支えてくれています。その何かがなくなったり、終わったりする事は、自分のHPを失うような事であり、それは自分自身を支えてくれていた柱が障害を受けるようです。

時に感じる怒りや悲しみ、孤独感、無力感、絶望感あるいは虚無感は、何かをなくしたからだけではなく、HPに表されている物理的なものだけではなく精神力などを失った苦しみから生まれてくるのだと思うのです。

心の中に存在する喪失感と向かい合う事を、自分は恐れているので何としても避けようとします。多くの場合は、回避方法は次のうちのどちらかではないでしょうか。ひとつは、何らかの刺激によって喪失感を消し去ろうとする心、もうひとつは、自分の意識を麻痺させる事により、苦しみから逃れようとする事です。これは特別な事ではありません。

もし自分を素直に見つめてみれば、このような傾向性は日常の中に溢れている事に気付く事でしょう。孤独に対する恐れ、時間を持て余しているような感じ、あるいは隙間なく組まれたスケジュールの背後にさえ、喪失感から逃げ出したいとの衝動がある事を感じられるのではないでしょうか。

自分の心中にある喪失感を誤魔化したり、そこから逃げ出す時、自分は現在起きてしまった事を否定しているのです。あまりのショックの大きさにそれを認める事が出来ないのです。もし我々が意識的に自分の中の喪失感を見つめる事が出来るのであれば、既に今までのようには自分のエネルギーを奪われる事はないでしょう。

逃げ出したり、誤魔化したりする事は、自分の中の喪失感をそのまま放置して暗闇に陥ってしまうかもしれません。表層ではうまくいったように感じるかもしれません。しかし、いつかまた、同じところに戻ってくるのです。自分のエネルギーは、その間奪われ続けてしまうのです。日々の拷問から、抜け出る事は出来ないのです。

それを避けようとする事が、実は苦しみを最も生きながらえさせてしまうのです。自分の中にある喪失感を見つめるために、既に起こってしまった事をいつかは起こるのだと認めて受け入れるのです。自分のエネルギーを奪い続けるのは、起こった出来事はもちろんのことですが、その出来事の周辺に自分の頭がネガティブに思考する物語なのです。

一体自分は何を否定しているのか?もしこの内なる否定を見つめることが出来るのであれば、それを自分の心中に感じる事が出来るのであれば、それは自分のエネルギーが回復し始めているのだと思います。

もし、自分の中の喪失感を十分に見つめていく事が出来るのであれば、その中に安らぎと平安をきっと見いだされると思います。それは、時間の流れは最も大切なものを失われたものを癒してくれるでしょう。

 






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