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9.11事件での自爆テロ以前に敵の動向に目を配っていた人々は、そのままのポストに残留しました。日本軍の真珠湾奇襲の直後には、ルーズベルト大統領は太平洋艦隊司令長官のハズバンド・キンメル提督を更迭したが、これは責任問題ではなく、平時から戦時に移行する上で、一新をはかるためだったといいます。
ルーズベルトがニミッツやアイゼンハワーのような若手の幹部将校を大抜擢したのも、軍若返りをはかるのと同時に、世界がもはや以前と同じではないということをアメリカ国民に知らしめるためだったのです。
ところが時のブッシュ大統領は、9.11事件以後の情報機関に対して誰も更迭や解任をせず、大抜擢もしませんでした。情報活動の面で最も重要な改革は、テロリズム対策合同班が、全国規模の活動と主要大都市圏の活動を統合するべく創設されたことでした。
これにより連邦政府に属するFBI、CIA、税関、移民帰化局などの情報機関・警察機関と、州・自治体の警察が統合されることになったのだが、各機関の間の連絡が改善されるということのないままに、縄張り争いのための舞台を新たに設けてしまったようです。
国土安全保障省も発足し、沿岸警備隊やシークレット・サービスなど数多くの機関がその傘下に入り、また新しい機関もいくつか作られることになりました。だがFBIは依然として司法省に属しており、アルカイダ追跡と自動車窃盗団を同時に追い回しています。
結局、こうした改革はあまり期待できませんでした。アルカイダはグローバルなテロ組織で、本体はアメリカ国外にあります。アルカイダを打倒するためには、国外に出て行って戦わなければならないのです。国内のアルカイダを潰しても防衛は、不可能なのです。
唯一の防御は、攻撃は最大の防御と言う事です。アメリカ本土を守るには、世界中でアルカイダを攻撃する。それは決して容易なことではありません。それでもアメリカは、本土防衛のための戦略を立てようと奔走する一方で、反撃のための戦略を整え、標的となる敵の基地、アフガニスタンへの侵攻でした。ロシアはアメリカの求めを断りたかった。
アメリカは旧ソ連の国々の基地に兵を駐留させ、しかもそこからロシア兵の血が流れたアフガニスタンに侵攻しようというのですから、ロシア軍がグアムをアメリカから租借して、ベトナムに攻撃を仕掛けようというようなものです。
プーチン大統領は黒海沿岸の別荘に、国防に関わる高官十数人を集めて、アーミテージの要求について議論しました。アフガニスタンでの戦争が終われば、アメリカはアフガニスタンの土地の戦略的重要性に気付くとロシアは、そのことを恐れていました。
アメリカ軍を退去させるのは、面倒この上ない作業となるはずです。アメリカが築く基地は、軍人に加えて民間企業、ビジネスマン、軍人、民間人の家族までがやってくることを前提とするから、巨大なのが普通であることを、ロシア側は理解していたのです。
つまりロシアとしては、アメリカの中央アジア駐留が一時的な現象だと気軽に考えるわけにはいかなかったのです。後にアメリカ人がそのままタジキスタン、ウズベキスタンに留まりたいと考えた場合、これを追い出すには戦争が必要となってきます。
だが、ロシアにはアメリカと戦争をする国力はありません。それゆえロシアにとって、アメリカの中央アジア駐留を認めることは、中央アジアをアメリカに譲渡するのと同じことだったのです。現在の4年間も継続して行われているウクライナとの戦争はロシアにとっても死活問題となっているのです。
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