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1948年5月、イスラエルが独立を宣言します。アラブ諸国が反発して、戦争が始まりましたが、イスラエルが勝利して建国します。朝鮮半島でもこの年、大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国が南北に分かれて樹立されました。
1949年1月、ソ連と東欧諸国は、マーシャル・プランに対抗して、コメコン(経済相互援助会議) をつくります。西側は、NATO(北大西洋条約機構)をつくって、軍事同盟を結びます。この年の5月、ドイツ連邦共和国 (西ドイツ) が成立し、10月にはドイツ民主共和国(東ドイツ) が成立しました。
1949年は重要な年で、ソ連が原爆実験を成功させています。アメリカがソ連にいうことを聞かせられたのは、原子爆弾を独占していたからです。「変な気を起こしたら空から原爆を落とすぞ」と脅しをかけていたわけです。
それはソ連も百も承知で、だからスパイ活動も駆使して必死に原爆をつくったのです。ソ連が原爆を持ったことで冷戦は決定的になります。1949年には国共内戦も終結しました。勝ったのは毛沢東の共産党で、北京を押さえます。
蒋介石の国民党政府は台湾に逃れます。アメリカは焦ります。アメリカは蒋介石の中国と組んで、ソ連を封じ込めるつもりでした。北京を毛沢東に奪われては、その目算が狂います。しかも、あろうことか毛沢東とスターリンは、中ソ同盟を組みます。自分の花嫁がライバルの花嫁になった格好です。
そこから戦後日本の幸運が始まりました。中国がソ連と組むまで、日本に対するアメリカの方針は「もう二度と馬鹿な戦争をさせない」でした。だから、工業を発展させる必要はないと考えていました。
しかし、北京を共産主義陣営に奪われ、ソ連に近い東アジアで人口が多く、近代的な国といったら、もう日本しかありません。だから、国共内戦の終結後、アメリカは手のひらを返すように、日本の復興を助けてくれるようになります。日本の幸運はもう一つあって、 1950年に始まった朝鮮戦争です。
アメリカが一所懸命、日本を復興させようとしているときに、すぐ近くで戦争が始まり、特需が発生したのです。朝鮮特需です。今の貨幣価値にして30〜40兆円という規模の有効需要が生まれました。平たくいえば、何をつくっても売れるわけです。日本の戦後復興に弾みがついたのです。
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