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憲法論議にも、権力・イデオロギー問題がからまないものもあるでしょう。例えば、用語が難しいから平易に直すとか。憲法78条に出てくる「罷免」を必ず「のうめん」と読む奴がいるから、いっそのこと「クビ」と変えろとか(笑)。
ところが、実際によく見る憲法の論議というのはそういうものでありません。国防問題をどうするか、人権問題についてはどうするのか、といった国家の性格、国家のあり方にかかわるものばかりです。憲法というのは本来そういう法律だからです。
だとすると、私に日本国を動かすだけの力がなければ、議論はまず無意味でしょう。お台場台に1000坪の家を持ちたいと思うのは勝手だけど、居酒屋でウーロンハイ片手にお替りしている酔っ払いに、その金があるのか、そんな暇があるなら、空いている時間にアルバイトに精を出して茨城の建売の頭金でも作ったらどうでしょう(笑)と言いたくなるのが当然でしょう。
私が自衛隊の最高幹部でしかもカリスマ的な人望があり、私の命令ひとつで部隊が生死をともにしてくれる、というのなら、それはそれでいいのです。クーデタを起こして、憲法は好きなように変えてしまえばよい。フランスでナポレオンが行ったように皇帝に即位すればいいのです。
また、自分の同志が、東北に絶大な影響力を持っていて、そのあたりにいくつも国家を建設しつつある、というのもいいでしょう。東北全体を制圧した段階で独立宣言を発し、独立戦争となります。憲法をどうするか、大切な議論です。
しかし、幸か不幸か、私は自衛隊の最高幹部でもなく、日本のどこかに国家を建設するほどの影響力を持っていません。要するに、居酒屋の割引チケットを使うただの酔っ払いなのです。いや、私だけではない。
一体、お台場に1000坪の家を建てられるほどの、すなわち、日本国の権力変動にかかわるほどの力を持った人、あるいは勢力が、はたして日本にいるのか。いないか、いないのと同じでしょう。「憲法草案」だの「憲法私案」だの、笑っちゃうのも仕方がありません。(笑)
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