| |
東京裁判での被告選出では右翼思想家の大川周明という人物が被告人にされました。大川周明は昭和初期には確かに影響力をもっていましたが、明らかに民間人の側のスケープゴートだったわけです。
東京裁判での被告の選定のやり方がいかにずさんだったかを示す例として、ソ連が起訴3日前に急遽、検事を派遣してきて、A級戦犯を2人追加したことがあげられます。連合国がそれぞれ何人か被告を出し合っていたのです。
それで、ソ連のように後から来てすぐ2人追加が認められてしまったわけです。このような便宜主義が東京裁判の実態としてまかりとおっていたところに、この裁判の政治的思惑があったのです。
連合国側の尺度では日本の国情を理解しきれず、裁ききれなかったことを露呈しているという面があるのです。だから、この面でも東京裁判を歴史的に意義付けるとき、過大に考えたり負い目にしたりする必要はないと思うわけです。
東京裁判で連合国側が正義の概念をたてに平和に対する罪、人道に対する罪というものを設定し、これをもとに起訴状が書かれています。これらは多分、戦争を裁くときの普遍的な論理として設定したものでしょう。
少なくとも、これらをもとに日本を裁いた国々が、戦後これに背くならそれは自己矛盾ということになるわけです。ところが、これ以降、連合国はこの自己矛盾に陥っていくのです。イギリスのスエズ封鎖、ソ連の東欧への介入、アメリカの南米への干渉やベトナム戦争など、これらの裁く論理は、実は連合国自身が設定したものだったはずです。
この事を我々も歴史の中で主張しているわけです。平和に対する罪、人道に対する罪という規定は、東京裁判所憲章の中で規定されているのです。こうした文面を見ると、マッカーサーが作成した訳ではありませんが、マッカーサーにとって「軍人としてより平和の使徒として語られたい」という発言につながっているのだろうと思うわけです。
そのマッカーサーが、東京裁判の終結から2年後に始まる朝鮮戦争で原爆の使用を主張するわけですから、言葉は普遍的になりえても現実に向き合った時にはなかなかそうは行かない言う事なのかもしれません。
もう一言付け加えますが、東京裁判での歴史観が戦後日本を支配してしまったから、あの東京裁判を批判することは実はその論そのものがおかしい。そんなものにマインドコントロールされてしまう日本国民の弱さこそ問題だと認めるべきだろうと考えます。
勝者の敗者に対する裁きは、日本を一方的に断罪し、その呪縛は強烈で、今でも日本人の歴史観を拘束しているほどです。平和慣れで、米国にマインドコントロールされている日本は再起不能の状態で、時が経った今ですら敗戦国意識を引きずり、トラウマとなっています。隣国は外交で日本の過去の戦争責任を追及し、反省と謝罪を要求してやみません。
戦後、大東亜戦争が、「自衛の戦争」か「侵略の戦争」だったかをめぐって議論が続けられていますが、すべての戦争を「侵略」の一言で片付けてしまい謝り続ける事で本当に真の恒久平和が訪れるのでしょうか。脅かされたり騙されたりしないためには検証したり考察したりするべきだと思うのです。
|
|