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電車やバスに乗っていると、ああ、あの人はスマホを失くしたんだな、という場面に出くわすことがあります。激しい不安に襲われ、命がかかったみたいに鞄やポケットを探しています。ようやくスマホが見つかったときの安堵した様子、そしてパニックが消えていく様がはっきり見てとれます。
高価なスマホが見つからなかったら心配でストレスがかかるのは当然ですが、あのパニックぶりはお金の問題だけではないでしょう。スマホを強制的に手放した被験者の体内では、ほんの10分でストレスホルモン、コルチゾールのレベルが上昇します。
つまり脳が「闘争か逃走か」のモードに入るのです。最も顕著に影響が現れるのはスマホを頻繁に使っている人で、スマホを慢性的に使っていない人はそれほど上昇しません。脳がどのように進化してきたかを考えると、それも特におかしなことではないのです。
ドーパミンを与えてくれる対象に意識を集中させるのは、生き延びるために大切なことです。一日中、10分ごとにちょこちょことドーパミンを補給してくれる対象を失ったら、当然ストレス反応が起きます。さらには、「生存のために大切なものが消えてしまった」という信号が脳に送られます。
するとHPA系が作動し、脳が私たちにこう命じます。「手を打て! ドーパミンをくれるものを取り返せ! 今すぐにだ!」 脳はこの強い不安の力を借りて、私たちに指令を実行させようとするのです。スマホは失くしたときだけにストレスを生じさせるわけではないでしょう。
失くさなくてもストレスは生じるようです。20代の若者およそ4000人にスマホの利用習慣を聞き取り、その後1年にわたって観察を続けた研究があります。熱心にスマホを使う人ほどストレスの問題を抱えている率が高く、うつ症状のあるケースも多かった。
同じような結果が、 アメリカ精神医学会 (APA)が約3500人に対して行ったインタビューでも示されました。「アメリカのストレス (Stress in America)」というタイトルで報告されましたが、スマホを頻繁に取り出して見る人ほどストレスを多く抱えていました。
多くの被験者が、時々はスマホを遠ざけておくほうがいいとわかっているし、3人に2人は「デジタルデトックス」が心の健康にいいだろうと思っています。しかし、実際にそれを実行していたのはわずか30%にも満たなかったのです。
複数の大規模な研究をみると、ストレスとスマホの使用過多には関連があることがわかります。その影響には小さなものから中程度のものまであるのですが、ストレスに弱い状態の人は、たとえ小さな一滴でもコップが溢れることになるといいます。
それは不安障害にも同じことが言えるでしょう。結果は同じでした。10件の調査のうち9件で、不安とスマホの使用過多に相関性が見られたのです。おかしな事ではありません。ストレスと不安は本質的に体内の同じシステム、つまりHPA系の作動によって起きます。
ただ理由が異なるだけなのです。ストレスは脅威そのものが引き金になりますが、不安は脅威かもしれないものが引き金です。スマホがストレスを引き起こすなら、不安も引き起こすのは容易に想像つくし、実際そうなのです。
被験者がスマホを手放したときの心配と不安を計測したところ、離れている時間が長くなるほど不安が増すことがわかりました。30分ごとに計測するたびに、不安の度合いが増していったのです。最も不安が大きかったのはどういう人だったのかもちろん、スマホをいちばんよく使っている人たちだったのです。
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