| |
世界各地でときおり発生する伝染病の大流行をつぶさに見ていくと、その地域の社会と経済に大きな影響を及ぼしていることがわかります。 特に最貧困層は甚大な被害をこうむっています。
伝染病がなぜ起こり広がるのかは人類にとって長年の謎でしたが、19世紀半ば以降になると、感染地図と呼ばれるものがその解明に大きく寄与するようになりました。専門家たちはこの地図を使って予防法を考え、感染の拡大を防ぐようになったのです。
歴史上初めての感染地図は、1854年にロンドン・ソーホー地区でコレラが大流行した時にイギリスの医師ジョン・スノウが作ったものです。この流行ではおよそ600人が犠牲になりましたが、 そのうち200人は一夜のうちに命を落としました。
当時のコレラは感染経路がわかっておらず、医師たちは拡大を食い止められずにいたのです。コレラは一旦はやり始めると数日のうちに数百人の命を奪っていきます。死亡者数は時に数千人にものぼりました。
それまでのどんな病気とも異なるこの伝染病に対して、医師たちはなす術なく時間だけが過ぎていきました。コレラは伝染病の中でも特に感染速度が速く、1800年代には世界中に広がり数百万人がこの病で命を落としました。
スノウは、ソーホー地区でのコレラの感染源は汚染された飲料水に違いないと考えていました。そうであればすべての状況を矛盾なく説明できるからです。しかし、当時の医学界はスノウの考えを突拍子もないものととらえ、真剣に受け止めなかったのです。
スノウは自説を証明するために、この地域の家を一軒ずつ訪ね歩き、それぞれの家ごとに何人の犠牲者が出たかを聞いて回りました。そうして、集めた情報を市街地図に重ねていったのです。これこそが世界初の感染地図となるのです。
この地図は、死者の大多数がブロードストリートの井戸周辺に集中し、別の井戸に近い場所では少ないという疑いようのない事実を示して見せたのです。ソーホー地区の調査と、ロンドン南部で行われたさらに大規模な調査研究が評価され、ジョン・スノウは「疫学の父」として歴史上に名を残すことになったのです。
疫学とは、 伝染病の発生率や分布、決定因子などを研究する医学の一分野です。疫学者は一人ひとりの患者を診るのではなく、もっと広い視野で公衆衛生を観ます。疫学とは、誰が、どういう原因で発病したのかを調べ、伝染病が突如広がる原因を調査する学問だと言えます。疫学者が「医学探偵」と呼ばれる所以です。
|
|