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世界保健機関(WHO)のロゴマークをご存知ですか? 国連のシンボルの中央に、蛇の巻きついた杖が大きく描かれています。これは「アスクレピオスの杖」と呼ばれ、古くから世界中で広く用いられている医療のシンボルマークです。
アスクレピオスとは、ギリシャ神話に登場する名医です。紀元前五世紀頃の古代ギリシャでは、その神殿「アスクレペイオン」が病人の治療施設になっていました。今人類が享受している医学のルーツは、古代ギリシャにあるのです。
そして、この頃にギリシャで生まれ、今でも「医学の父」と尊ばれるもっとも著名な医師がヒポクラテスです。ヒポクラテスとその弟子たちが著した『ヒポクラテス集典』は、七〇篇を超える資料からなる医学書です。
中でも、医師の心得や守秘義務、倫理観を説いた「ヒポクラテスの誓い」は、医師が学生時代に教科書で勉強し、国家試験にも出題される重要なテーマだといいます。二千年以上前のコンテンツが、いまだに医学教育で用 いられているという事です。
むろんヒポクラテスの偉業は、これだけではありません。当時、多くの人が病気を神がかり的なものと捉え、いわば魔術的な治療を施されていた中で、ヒポクラテスは患者を丁寧に観察することの大切さを説いたのです。
患者の脈拍や呼吸、肌のつや、尿、便など、多くの情報を熱心に記録し、症例集としてまとめたのです。当時の治療は、食事や入浴、運動などの生活習慣の改善や、薬草を用いたものでした。のちの医師たちは、こうした記録を参照して治療に生かすことができました。
ヒポクラテスは、まさに世界最古の医療データベースをつくったのです。ヒポクラテスは、四種類の「体液」のバランスが乱れて病気が起こると考えました。この「体液」を、血液、黄胆汁、黒胆汁、粘液と呼びました。
人の体はこれらの体液でできていて、それぞれに独自の機能があるとしました。現在は、黄胆汁や黒胆汁といった用語は存在せず、架空の理論であるにすぎません。だが、この「四体液説」は、その後二千年近く正しいと信じられ続けることになります。
例えば、うつ病のかつての呼び名「メランコリア」は、ギリシャ語の黒 (melas) と胆汁(khole) の造語です。黒胆汁が原因の病気だと考えられた名残でしょう。また、「リウマチ(rheumatism)」 は、ギリシャ語の「流れる (rheuma)」が語源です。
体液の流れが停滞することで、関節などの腫れが起こると考えられていた名残です。19世紀頃まで広く行われた瀉血も、四体液説に基づくものです。瀉血とは、血液を抜く治療のことです。余った血液を体外に排出することで体液のバランスが改善し、あらゆる病気がよくなると考えられていたのです。
医療の歴史において、瀉血は長らく人気の治療でした。静脈を刀で切開して流血させたり、ミミズに似た吸血動物であるヒルを体に吸いつかせたりして、患者の血液を除去するといった治療は日常的に行われていました。
19世紀頃になってもなお、医師たちは患者の血を抜くためにヒルを壺の中に備蓄していたほどです。「ヒル」の英語である“leech” には、「医者」という意味もあります。ヒルが医者自体を表す俗称として使われるほど、ヒルによる瀉血は長らく好まれたのです。
ヒポクラテスののち、西洋医学にもっとも大きな影響を与えた人物が、二世紀頃の古代ローマで活躍したクラディウス・ガレノスです。ガレノスは、ヒポクラテスの教えを発展させ、古い文献を収集して膨大な理論を築き上げ、中世では医師の君主ともいわれました。
宗教的な理由で人体解剖が禁止されていた当時、ガレノスは猿や豚などの動物の解剖を繰り返しました。脊髄を様々な部分で切断し神経の支配領域を調べたり、腎臓と膀胱をつなぐ尿管を結んで尿が腎臓でつくられることを示したりなど、様々な知見をまとめました。
また、ガレノスは四体液のバランスを整える上で瀉血をもっとも重視し、加えて薬草治療や下剤、手術など、数々の治療法をまとめ上げました。ガレノスの著作は計500万〜1000万語に上るともいわれ、その学説はキリスト教の教義と結びつき、侵すことのできない理論となったのです。
当然ながら、動物を解剖した経験に基づくガレノスの理論には、様々な誤りが含まれていました。しかし、その大きすぎる権威に誰も異を唱えることはできなかったのです。時にガレノスは医学の進歩を千年以上遅らせたとまでいわれていますが、こうした経緯が理由なのです。
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