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サスペンスやミステリーもののドラマの「殺人シーン」といえば、「頭を殴る」か「お腹を刺す」のが定番になっている。頭を殴るケースでよくあるのは、犯人がガラスの灰皿や花瓶などで相手の頭を殴りつけて卒倒させ、床に血だまりが広がる、という描写です。
頭から大量に流血する絵は、殺人シーンに限らず、階段や高所から転落して頭を打撲するケースでも頻用されています。もちろん、多くの人がこれを致命的な傷だと認識しているでしょう。だが、実は頭からの流血は必ずしも致命的とは限らないのです。
なぜなら、頭皮は特に血が出やすい部位だからです。頭皮には細い血管が多い上に、頭皮のすぐ下に頭蓋骨があるため、打撲だけでも皮膚がダメージを受けやすいので、頭の皮膚がパックリ割れてしまうことも多く、出血量が多くなりやすいのです。
頭をぶつけて流血し、病院に慌てていく人が多いのは、出血の量が多く、顔や服が大量の血で汚れると、動揺してしまうからでしょう。その上、頭の大部分は鏡で見られない。そこから血がしたたっていれば、恐怖心も一段と増してしまうのです。
幼い頃に頭をぶつけ、大きなタンコブをつくった経験した方はいますか。私自身、子どもの頃から疑問に思っていたのは、なぜ頭以外にはタンコブができないのかということです。そもそも、「タンコブ」という呼称は頭にしか使わないです。妙な話です。
だが、医者に聞けば、この謎はあっさり解けました。「タンコブ」は、正確には「皮下血腫」といいます。つまり、打撲後に皮膚の中の細い血管が破れ、血液が溜まった状態です。頭にタンコブができやすいのは、頭皮は血が出やすい上に、すぐ下に頭蓋骨があるために溜まった血液が内側に広がれず、外側に広がって皮膚がふくらんでしまうからです。
いずれにしても、表面の傷だけなら多くの場合は命にかかわらないでしょう。出血していればタオルなどで圧迫して止血し、その後に落ち着いて病院に行き、糸と針で縫ってもらえばよいのです。だが、本当に怖いのは、頭蓋骨の中の出血です。
表面の傷なら縫えば大丈夫です。心配するのは、頭の中に出血が起こっていないか、です。今検査をして頭の中に出血がなくても、のちにじわじわと出血が起こることがあります。頭を強く打撲して頭蓋骨の中に出血が起こり、致命的になるケースは少なからずある。
しばらくしてから意識がなくなったり、言動がおかしくなったり、手足が麻痺したりといった症状が現れ、頭蓋内出血が判明することもあるのです。「頭部外傷注意書」として、これらの注意事項をリストアップした用紙を患者に手渡す病院も多いです。
最初の受診時に「大丈夫です」とは言い切れないからです。また、打撲後一週間から一ヶ月以上経ってから頭の中の出血がわかるケースもあります。これは「慢性硬膜下血腫」と呼ばれ、特に高齢者に多いです。何となく物忘れが目立つ、ふらつく、といった症状が現れ、家族が認知症だと誤解して受診が遅れることもあるといいます。
このケースでは、頭の表面からの出血がないどころか、頭を打ったことすら覚えていないこともあります。気づかないうちに打撲していて、知らないうちに見えないところで出血を起こしている、というわけです。頭からの流血が必ずしも重症ではない一方で、目立つ出血がなかったら軽症とも限らないのです。
余談ですが、おでこを打撲してタンコブ(皮下血腫)ができ、翌日目の周りがパンダのように紫になって慌てて受診する人も多いといいます。目も打撲していたのではないかと思うからです。これは、皮膚の下に溜まった血液が移動して起こる現象で、珍しいものではないのです。おでこにあった血液が、重力に従って降りてきたのです。
多くの場合、自然に色が薄くなり、そのうち吸収されてしまいます。ただし、皮膚が薄い高齢者の場合は、ただの「タンコブ」でも要注意です。表面の皮膚の血流が悪くなり、壊死してしまうことがあるためです。
このように、打撲によって体にはさまざまな変化が起こりうるが、その成り立ちは理論的に説明できるのです。人体のしくみを知っていると、予測もつかない現象に仰天することは少ないのです。
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