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2023年半ばの驚きのひとつは、プーチンの側近であり民間軍事会社ワグナーの創設者エフゲニー・プリゴジン氏の航空機撃墜事故による死亡でした。プリゴジンが殺害された方法は、ロシアでは一般的な毒殺や窓からの突然の落下ではありません。国内で航空機が撃墜されるという、ある意味、劇場型のものでした。
世界中のメディアにロシアのメッセージを送り、同時に、プリゴジン氏の潜在的な後継者を排除する効果もあったのです。ワグナーの共同創設者ドミトリー・ウトキン氏は、アドルフ・ヒトラーのお気に入りの作曲家リヒャルト・ワーグナーにちなんで社を「ワグナー」と名付けたと伝えられています。
ウトキンはプリゴジンに近い人間でしたが、同時に死亡したとされています。イギリスのタイムズ紙による報道によれば2023年の世論調査で、プーチンがプリゴジンを殺害したと信じるロシア人は8%のみという驚きの結果です。
ただしロシアでは盗聴や監視が盛んなため、本音を答える人は少ないと留意するべきでしょう。むしろ信じると回答した人が8%もいたことに驚きです。プリゴジンの経歴は実にロシア的で、ロシアという国がどんなところなのか理解するのに役に立ちます。
ロシアでもっとも残酷な司令官としての評判があり、捕虜交換でウクライナ人から引き渡されたワグナー亡命者の殺害をハンマーで実行したビデオに対し、「犬のための犬の死」と述べたほどです。プリゴジンの生まれは決して恵まれたものではありません。
現在のサンクトペテルブルク、すなわちソ連時代のレニングラードで生まれました。父親は早くに亡くなり、病院で働くシングルマザーの母親のもとで育ちました。クロスカントリースキーに熱中しますが選手としては大成せず、その後不良になってしまいます。
1980年には女性の首を絞めて強盗をはたらき、懲役1年を宣告されました。1990年に出獄するとソ連式の狭いアパートの一角でホットドッグを作っては屋台で売るようになります。ペレストロイカ後のソ連ではまだまだ自分でビジネスをやるような人は多くありません。
ソ連にどっぷりだったロシア人には「売上高と利益」の違いがわからないような人も多かったので、彼のように商売を始める人は少数派なのです。 イギリスの大手一般新聞ガーディアン紙の報道によれば、月に1000ドル、日本円でおよそ15万円も儲けるようになります。これは当時のソ連の経済状況を考えたら大変な金額です。
その後、商才を発揮したプリゴジンはスーパーマーケットの株式を所有するようになり、のちにワインバー、そしてレストラン「オールドカスタムハウス」を開店します。完璧主義者で上昇志向があったプリゴジンの経営は極めて厳格でミスは許しません。
上流階層にターゲットを定め、ロンドンの超高級ホテルであるサヴォイで働いていたトニー・ギアを管理者として雇います。改革に沸き立つロシアで、まだ高級店が少なかったため芸能人や政治家などを次々と獲得し人脈づくりを成し遂げます。
このレストランにはプーチンも来店するようになりました。やがてプリゴジンは主要な政府のイベントやモスクワの学校給食なども提供するようになります。プーチンに対しては自ら給仕をしてもてなすなど礼儀を怠りません。
こうして次第に各国の閣僚が出席するイベントにも顔を出すようになり、スペインの王族やアメリカのブッシュ大統領の晩餐も担当するようになるのです。そしてプーチンと親しくなったプリゴジンは、主にロシアの海外での軍事侵攻を民間軍事会社が担当することを提案します。
軍人ではないプリゴジンの提案は軍高官の間では大変な議論を呼びましたが、プリゴジンは強烈な指導力でワグナーを海外に進出させ、残虐かつ強引な戦いによりプーチンに忠誠を示してきたのです。
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