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人を信じられないという人には根底は、嫌な経験や過去があるのだと思います。人は、様々な面を持っています。多面的で複雑です。本能ではなく後天的な習慣が作ります。善の部分もあれば悪の部分もあるのです。人の幸せを妬む事もあれば、一緒になり喜ぶ事もあります。裏切る事もあれば、危険を顧みず助ける事もあります。真実の瞬間でもあるのです。
人を信じられない方は騙されないかとか、裏切られはしないかと疑ってしまうのでしょう。人を疑ってしまうのはいい気分ではありません。人を疑うことで騙されないというメリットがありますが、疑う事にはデメリットもあります。人を疑う事によって嫌な気持ちになります。人を疑う自分に嫌悪感を持つ人もいるでしょう。
疑う事で関係が良くなる事はないのです。疑心暗鬼は自分の言動に現れ、人付き合いに消極的になってしまいます。それが相手にも伝わり、人間関係が悪くなる可能性が高くなるのだと思います。
自分が疑っているのだから、相手も疑われている事を感じてしまいますし、疑われた相手がどのような気持ちになるのかは、自分が疑われた場合を考えてみればよくわかると思います。自分が相手を疑うことで、その人との関係が悪くなってしまうのは、自分が望む事ではないのです。人を信じられないという人がいます。
中には、人間不信に陥ってしまい、人とうまく付き合えない人もいます。人間不信になるのには、過去に嫌な経験が遭ったのかもしれませんが、「一時が万事」のように考えてしまうのは、自分のためにはよくないでしょう。人を信じられない事は誰にでもあります。
だから、すべて信じられなくていいと考え、少し力を抜いて楽に付き合う事が出来たらよいと思います。人を信じられないと、必要以上に過敏になり人付き合いを避けてしまうのは自分のためによくないと思います。
信じる事のリスクは、裏切られた時の心のダメージと比例するでしょうが、ある程度は信じようと考えてみてはどうでしょうか。どのくらいまでなら信じてもいいという感覚を自分で身に付けるのです。人が多面的であるというところには、救いがあります。
全て善も、悪もないのですから。と言う事は、人の良い面だけを引き出すには、まず自分から、相手を信じる事だと思います。人は信じて貰える事によって、良い面を出すのだと思います。
信じる事は、解らない事を認識する方法で人間の心は解らないが、人には、解らない人間を信じる心もあるのです。心の中は、本能と違い、意識的な習慣によって作る事が出来るものです。才能も本能ではなく習慣が作るものだと思います。
文明9年の七夕の歌合せで日野富子が詠った歌です。「偽りの ある世ならずは ひとかたに たのみやせまし 人のことのは」偽りが全くない世の中であれば、これほど人の言葉を頼みにするまでもないでしょう。裏切りや偽りの多い世の中だからこそ、人の言葉を信じることを大切にしたいのです。
私にはその人を信じるか、疑うかで、同志を見極める必要があるのです。
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