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  癌に対する心得について  仲條拓躬2026/03/31(火) 18:39 
  海の塩分について  仲條拓躬2026/03/31(火) 18:38 
  君は生きのびることができるか  仲條拓躬2026/03/31(火) 18:36 
  マクロン大統領が日本を訪問  仲條拓躬2026/03/31(火) 18:32 
  日本政府の曖昧な態度  仲條拓躬2026/03/30(月) 18:52 
  東武鉄道の浅草の沿革  仲條拓躬2026/03/30(月) 18:44 
  オーロラの発生について  仲條拓躬2026/03/30(月) 18:16 
  昭和動乱の根源  仲條拓躬2026/03/27(金) 18:18 
  日本に豊かな四季があるのは  仲條拓躬2026/03/27(金) 18:15 
  青い地球が白い時代  仲條拓躬2026/03/27(金) 08:01 






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癌に対する心得について
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/03/31(火) 18:39
No. 8200
 
 
過去のお話ですが、元フジテレビのアナウンサー逸見政孝さんの奥さん、逸見晴恵氏とお酒をご一緒した時にお聞きしたのですが、初診でどこを選ぶかにより、治療が変わるというのは現実におこり得るそうです。

最初に放射線科に行き、放射線医師が主治医になったら、放射線治療が主になり、外科医のところへ行けば、手術となるといいます。本来ならば内科、外科、放射線科が連携して、患者に一番良い治療を探るべきで、患者もそれを知らされ、選べるはずなのですが、現実はそうではなかったようです。

がん患者の治療方針について医療側は、カンファレンス(複数の医師たちでの、診断や治療の検討会)を持って、精度を高めるというのが前提となっていますが、大学病院のカンファレンスでは、座長の教授にお伺いをたてて、教授がいいだろうと言えばそれで決定という程度のものが多いのが現実のようです。

助教授といえば、論文の多さで決まるものですから、患者としては教授という肩書きでありがたがってもいられないのです。論文を書くには、手術を多くして、その実績やデータを書くしかないのです。それが医学会の主流になっている点も問題です。

教授が手術好きで、学会で発表できる症例を集めるのに熱心な人であったら、難しい手術でもチャレンジするかもしれません、患者への最高の治療を探るためにあるカンファレンスなのですが、患者側からすればやはり、密室の検討会なのです。

カンファレンスをビデオに撮り、患者を公開してもらえないものでしょうか、自分の命がかかった検討会です。チンプンカンプンだとしても、おおまかなことはわかるはずです。ビデオなら何回も見て、わからないところを勉強する事も出来ます。

なによりも患者の納得につながると思うのです。ビデオを見て、自分の治療方針を自分でも検討してみて納得、あるいは治療方針を拒否も出来ると思うということを語っていました。今はネットで検索してなんでもわかる時代です。だが、この時、お話したことが今になってこんなに役に立つとは思いもしないひと時でした。


 





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海の塩分について
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/03/31(火) 18:38
No. 8199
 
 
塩の「もと」が陸上から流れ、長い年月をかけて濃くなりました。陸地の長石などの岩石に含まれていたナトリウムイオンは、川の水に溶けて海に運ばれてきます。火山ガスや花崗岩から海に溶け出した塩素イオンとこのナトリウムイオンが結びつくと、塩化ナトリウム、つまり「塩」になります。

長い年月をかけて塩分が濃くなり、人間の舌には塩辛く感じるのです。場所によって塩分に差があります。川や雨の量、日差しの強さで変わります。海の塩分は平均約3.5%ですが、川の流入や雨の多いこところでは淡水によって薄められ、日差しが強いところでは水の蒸発が進み濃くなります。

この作用で大西洋は若干塩分が濃いことが知られていて、この塩分の差が、パナマ運河を挟んだ大西洋と太平洋の海面の高さの差を生んでいます。将来、海の塩分は変わるのかというと当分の間は、いまと変わりません。

海底の地層水に含まれる塩分は、長い時間をかけて陸に移動して岩塩となり、再び川の水に溶けて海へやってきます。このサイクルのバランスが絶妙にとれているため、塩分は変わりません。

ただし、50億年ほど先の未来になると海水がマントルにしみ込んだり、太陽が膨張して海水温が高くなり蒸発したりすることで、海水が減っていくので、塩分はどんどん濃くなると考えられています。

塩はどうやって精製されるのかというと不純物を取り除いて、塩だけを残します。昔は、砂の上で海水を干し、浮き出た塩を砂ごと再び海水に溶かすなどした濃い塩水を、釜で煮詰めてつくっていました。いまは、電気の力で塩分を選んで通す膜を使って海水の塩分を6倍程度に濃くし、これを煮詰めて作っています。


 





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君は生きのびることができるか
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/03/31(火) 18:36
No. 8198
 
 
新たに形成される銀河がもはやないという状況の中、既存の銀河はどうなるだろうか。すでに重力的に束縛された銀河の内部では宇宙定数の効果より重力の方が強いため、銀河が膨張してバラバラになることはないと言います。

ただし、暗黒エネルギーが実は宇宙定数ではなく、時間とともにその密度が増大していくようなものだと、いずれその斥力が銀河の重力を圧倒して、銀河も、さらには星も地球もバラバラにしてしまうかもしれない。そのような可能性は理論的にありえないわけではないが、積極的に考える必然性も今のところはないといいます。

暗黒エネルギーは宇宙定数かそれに近いものであり、銀河はバラバラにならないという予想が標準的です。だが、銀河が今の状態をいつまでも保っていられるわけではない。銀河の活動として最も顕著なのは星間ガスから星を作るというものですが、ガスには限りがあるため、やがてガスを使い果たして星形成も止まることになります。

新たな星が生まれない中、寿命の短い大質量星から先に死に絶えて行きます。水素を燃やす普通の星、つまり主系列星で最も軽いものは太陽の10分の1ほどの質量ですが、そのような星の寿命は太陽よりはるかに長く、1兆年を超えます。

だが、逆に言えば、今より数兆年先の未来ではすべての主系列星が死に絶えて、残されているのは白色矮星、中性子星、ブラックホールぐらいのはずでしょう。重さが足らず主系列星になれなかった褐色矮星や、惑星にも生き残っているものがあるでしょう。

君は生きのびることができるか。そのような超未来まで、人類が生き残れるかどうかは興味深い問題です。戦争による自滅や地球環境の変化を乗り越えて人類が存続していったとしても、まず50億年先には太陽が燃え尽きるという宿命から逃れることはできません。

燃え尽きる際に太陽が赤色巨星となって膨張するなどの状況を仮に生きのびたとしても、地球の生命の基本的なエネルギー源である太陽なしで生きていくことを考えなければならないでしょう。例えば、恒星間航行技術が実現していれば他の恒星系に移住する手もあるかもしれません。

だが、やがて、他の恒星もすべて燃え尽きてしまう時が訪れます。その時、なにからエネルギーをとればよいだろうか。地球など岩石型惑星に含まれるウランなどの核物質から原子核エネルギーを取り出すことは現在の技術を考えても十分見込みがありそうです。木星型惑星に豊富に含まれる水素による核融合を用いれば、資源の量はさらに増えます。

もう一つ考えられるのは重力エネルギーです。ブラックホールや中性子星など、強力な重力を持って生き残っている天体があるはずだから、そこに人工的に物質を落とし、解放される光エネルギーを使う。その本質は水力発電と変わらないのです。

そして人類にとっての究極の危機は、陽子崩壊でしょう。ある種の素粒子理論が予想するように、10の2乗年という時間が経つと陽子が崩壊してしまうのであれば、我々の生命活動を担う物質がすべて消滅してしまうことになります。

陽子が崩壊するという事は、すべての元素も消滅し、電子も陽電子と対消滅して消えてしまうということです。宇宙に残されるのは、光(電磁波)とニュートリノの他はブラックホールぐらいということになります。

暗黒物質も残っているかもしれません。我々が生きのびるには、それらのみを利用した生命体に進化する必要があるのです。それがどのようなものなのか、もはや想像もつかないが、我々に残された時間もまた想像を絶する長さなのです。

 





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マクロン大統領が日本を訪問
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/03/31(火) 18:32
No. 8197
 
 
マクロン大統領が日本を訪問し、高市早苗首相と会談する予定です。果たして平和的な意見が出るのであろうか。アメリカでは湾岸戦争以来、サダム・フセインのことを悪魔のように言っていました。テレビに映ったフセインは穏和な感じで、国連が求めたミサイル廃棄に従う姿勢を表明していました。まるで今のイランのようです。

だが、ブッシュ大統領は、イラクのミサイルは氷山の一角でしかなく、兵器を隠しているのだからフセインを攻撃すると言って世界を騙したのです。イラク攻撃は、アメリカの利益よりイスラエルの利益でもあります。

なぜ米軍のイラク攻撃がイスラエルの国益になるのかは、過去を考えればよくわかるでしょう。「かつての真珠湾攻撃のような、新事態を誘発する大惨事」という言葉で、思い出したのは911事件です。

ブッシュ政権は「真珠湾攻撃」を引き合いに出し、事件を「新事態」として意味づけしようとしました。その後のアメリカは「テロ戦争」の名のもとに世界支配力を強めています。911事件は、巨大な事件なのに真相が迷宮入りになってしまっている奇怪な事件です。

犯人像も不透明なままで、ビンラディンとのつながりもはっきりしていません。捜査当局が調べても不透明なまま、というのではなく、捜査当局がほとんど調べていないのです。米当局が何らかの関与をした結果、大惨事になったのではないか、という指摘もかなりあります。

アメリカでは伝統的に開戦すると大統領への人気が高まるため、イラクに侵攻し米国民をテロの恐怖という状態に置き、反政府の言動をする者はテロリストだというレッテルを貼り、あらゆる政府批判を事実上禁じてしまえばいいのです。

今度はイランを挑発しておき、トランプ政権の人気が落ちてきたら、こんどはイランに先制攻撃を加えれば良いと考えていたのでしょう。過去にフランスが国連安保理でイラク侵攻に対して拒否権を発動するかどうか迷っていました。

シラク仏大統領として40年ぶりにアルジェリアを訪問し、歓迎のためにイスラム教徒のアルジェリア人が100万人も集まり、アメリカに対して毅然とした態度を示したシラクを賞賛し、英雄として扱ったようです。

40年前に仏軍との血みどろの戦争で独立して以来、アルジェリア人はフランス人を嫌っていたはずなのに、アルジェ市内はフランス国旗やシラクのポスターであふれたのです。さて、フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、イラン・イスラム共和国が中東情勢の主な責任を負うといいます。

日仏韓の3カ国は、原油価格高騰による経済的打撃を受けており、首脳会談で「共通の対応策」を模索しています。マクロン大統領は、今年6月にフランスで開催されるG7サミットに向けて、イラン情勢における日韓との連携を加速させるようです。

 





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日本政府の曖昧な態度
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/03/30(月) 18:52
No. 8196
 
 
日本国は米国の核の傘で安全保障が成り立っています。米国に逆らうわけにはいかない状態なのです。軍隊を持たず、集団的自衛権を曖昧な態度しか示せない政府は、戦争体験から日本は戦争を否定し、核を否定し、そして軍隊をも否定しました。戦争を否定することは人類の崇高な理想としては正しいことだと思います。

核を否定することも核の被爆国としてその悲惨さを世界に伝えるためにも理解出来ます。しかし、軍隊をも否定してしまい、戦後約80年経った今も軍隊を否定し続け、国内に軍隊を認めないことによって国際社会の中で歪んだ主張と態度をとらなければならなくなっていることは紛れも無い事実でしょう。

北朝鮮の拉致問題、核問題、イラン問題にしろ、はっきりした態度を示せない日本を作り出してしまっているのです。日本が軍隊を認めたからといって戦前のような軍国主義に向かうわけではないし、過去の経験を踏まえて、間違った方向に国が向かわないためにメディアが存在しているはずです。日本は戦後、米国の占領下で戦後の復興を遂げました。

戦後の急速な復興には確かに米国に感謝しなければならないことも事実ではありますが、だからといって奴隷になっていてはいけません。イラン問題での政府の曖昧な態度、拉致被害者家族が日本国内だけではなく米国の世論に訴えなければ進展しないような状況は、軍隊を持つことに曖昧な態度をとっている国民の態度でもあるのです。

イージス艦の派遣は憲法の改正や法整備も無いまま、なし崩しに日本の自衛隊は軍隊化しています。勇気をもって憲法改正論議を始めなければいつまでも日本政府は国際社会で曖昧な態度を取り続けなければなりません。


 





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東武鉄道の浅草の沿革
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/03/30(月) 18:44
No. 8195
 
 
東武鉄道・伊勢崎線。DATAによれば、浅草駅←浅草雷門駅=1945年10月1日/所在地:東京府東京市浅草区浅草花川戸町 (現台東区花川戸1−4−1)/設置者:東武鉄道/開業日:1931年5月25日 。終戦時に「広域的な駅名」へ改称しました。

1899 (明治32)年8月に北千住〜久喜間で路線開業しました。「東武鉄道」は都心への延伸をめざしました。そして1931(昭和6)年5月、浅草駅を改称した業平橋駅(現とうきょうスカイツリー駅)から隅田川を越えて、念願の浅草への乗り入れを果たしました。

あわせて地上7階・地下1階、高さ37m、腰回りに大理石や花崗岩を施したネオ・ルネサンススタイルの重厚な鉄筋コンクリート造りの駅ビル(東武浅草ビル)を建設しました。大規模駅ビル誕生には社長・根津嘉一郎の一声「繁華街・浅草の象徴となるような豪華な立派な駅ビルを建てろ」(大石学「駅名で読む江戸・東京 )が大きく影響しています。

「隅田川沿いに細長くそびえる同ビルは、対岸から巨大な船が川に浮かんでいるように見え、電車の出発 到着は航空母艦を発着する航空機にも例えられた」(「東武鉄道百年史」要旨) というほど、周辺を驚かせたようです。

そして同ビルの2階部分にターミナル駅「浅草雷門駅」を開設しました。当時から賑わう繁華街「浅草」と、シンボル的観光地「雷門」を加えた合成名としました。浅草は「草深い武蔵野の中にあってあまり茂っていないところ」(東武鉄道HP)が由来で、雷門は浅草寺の山門の名称です。

もっとも駅所在地・花川戸町は1934(昭和9)年に「浅草雷門」の町名に変わりますが、 1965(昭和40)年の住居表示制度で「花川戸」へ戻っています。1945(昭和20)年3月、東京大空襲で被害を受けましたが、終戦直後の同年10月にはビルを復旧しました。あわせて、限定的なイメージを持つ「雷門」を外し「浅草駅」と改称したのです。

駅舎は1974(昭和49)年の改装でアルミ製壁を覆い、開業時の趣は失われました。しかし2012(平成24)年5月、東京スカイツリー開業にあわせて復元を果たし、重厚な姿がよみがえりました。

 





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オーロラの発生について
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/03/30(月) 18:16
No. 8194
 
 
太陽から飛んできた粒子が、地球にぶつかって輝きます。太陽からは太陽風という電気を帯びた粒子がたくさん飛んでいます。これらは地球の磁力線に沿って、北極や南極方面に向かって流れていきます。それが酸素や窒素と反応してオーロラが発生するのです。

オーロラの科学的研究は、18世紀頃から始まりましたが、ウィリアム・ギルバートは1600年に地球が大きな磁石であることを示して、その後の地球科学の基礎を築きました。オーロラはどこでもではありませんが、かつて日本でも観察されました。

オーロラは両極点のすぐ近くでは見られず、オーロラ帯という楕円上になっている高緯度地方でよく見られます。太陽の活動が活発な時には、中緯度の北海道や新潟県でも観察されたことがあります。ハッブル宇宙望遠鏡がとらえた土星の北極に現れました。

オーロラ (2017年)。オーロラは、地球のように磁気圏のある天体に現れるので、同じく磁気圏のある木星でも観測されています。太陽の活動とオーロラの発生は、深く関係していますので、太陽活動が盛んになったり衰えたりすると、オーロラの発生もそれに連動して、増えたり減ったりします。

オーロラが夜にしか見えないのは、太陽からの電気を帯びた粒子が、地球の磁力線に沿って地球の夜側に大きく回り込み、そこから地球の方へ加速され、大気の粒子とぶつかって発光するからとされています。

夜のオーロラはその形態や動態が詳しく研究されてきました。しかし、太陽光が勝っている昼にもオーロラは発生しています。 近年になって、ようやくその解明が進んできました。 オーロラは地上からはカーテン状に見えますが、全体は写真のように環状につながっています。

オーロラが出る季節は、特に冬の寒い日ですが、季節は関係ありません。オーロラは高度100q以上という、大気の上層部で起こる現象ですから、地上の気温は関係ありません。そのため、夏に観測されることもあります。冬に多く見えるのは、夜空が快晴になると放射冷却によって地上の熱が宇宙に飛び去って高空まで晴れ渡るからです。

オーロラが見える時間帯は、統計的に、真夜中近くがいちばん多いと言われています。オーロラがよく見える高緯度の地域では、年間で250日くらい見えたこともあるそうです。 夏の白夜の明るい夜以外は、ほぼ毎日見られたということになります。

ウィリアム・ギルバート (1544〜1603年)。球形の磁石を作り、小さな磁石の針を磁石の表面に沿って動かすと、実際の地球上での方位磁針の動きを忠実に再現することを実験で確かめ、地球は大きな磁石であることを「磁石論』 (1600年)で明らかにし、方位磁針が北を指すのは北極星などの力によるとされていたことが、間違いであることを明らかにしました。ギルバートは医師の仕事をしながら磁気や電気の研究を続けました。

 





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昭和動乱の根源
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/03/27(金) 18:18
No. 8193
 
 
未遂に終わった、三月事件の影響はとても大きかったといいます。事件そのものは極秘にされ、新聞記事もさし止められ、橋本欣五郎、大川周期らを処分しなかった事が、禍根を残す事になります。

1931年には、9月の満州事変勃発をはさんで10月にもクーデター計画が練られました。この「十月事件」の首謀者も橋本欣五郎や大川周期であり、この計画は三月事件とは比べようがない程、大きいものでした。

決行日は10月23日を予定し、約120人の陸軍兵力を動員して、首相官邸の閣議の席を襲撃して首相以下を斬殺、警察庁を占領し、陸軍省、参謀本部を包囲、新聞社も襲撃して、宮中に東郷元帥が参内し、新興勢力に大命が降下するようとりはからうというもので、首相には荒木貞夫陸軍中将を想定していました。

だが、内報告者が続出して、10月17日、橋本、重藤千秋ら12名の将校が憲兵隊に検束されて未発に終わったが、この時も橋本欣五郎と同志の長勇が重謹慎に処せられただけです。

翌1932年、515事件が勃発して犬養首相が首相官邸で射殺され、また、これに先立って民間右翼血盟団の手によって井上準之助間前蔵相が、続いて団琢磨三井合名理事長が暗殺されました。そしてついに1936年2月26日早朝の226事件となるのです。

これは軍隊の動員によるクーデターですが、軍隊を利用しての要人の襲撃は「十月事件」が原型となっており、遡って「三月事件」で首謀者らを放置した事が、一連の昭和動乱の根源となったのだと言います。

三月事件で注目すべきは軍の少壮将校と民間右翼との結託です。その根源にはカネの流れがあります。三月事件では徳川義親が金主として登場しましたが、こののちはマレーの鉄鉱石発掘で金持ちになった石原広一郎、上海で麻薬のブローカーをして大儲けした藤田勇などがスポンサーとなり、テロリストが形成されたのです。

三月事件にかかわった小磯国昭が永田鉄山に書かせた「計画書」はのちに大波乱を引き起こします。永田鉄山はこの「計画書」を始末しないで置いたところ、山岡重厚軍務局長の手に渡ってしまいました。

当時の陸軍大臣は荒木貞夫ですが、山岡を通じて荒木貞夫と真崎甚三郎が手に入れたのです。真崎甚三郎は永田鉄山の計画書を極秘公文書ときめつけて、三月事件に永田鉄山がかかわった動かぬ証拠として、末席に控えていた永田軍務局長を糾弾しました。

激論になり、真崎甚三郎の後任の教育総監渡辺錠太郎が「極秘公文書といわれるものがどうして一軍事参議官の手に入ったのか」と真崎甚三郎に逆襲するなど、この時の軍事参議は興奮に包まれた(高宮太平『順逆の昭和史』)。

それからひと月もたたぬ8月12日、反皇動派の統制派のリーダーで将来の陸軍を背負うといわれた永田鉄山は、突然軍務局長室に侵入してきた福山連隊付の相沢三郎中佐によって斬殺されるのです。

また渡辺教育総監も、翌年の二・二六事件で皇道派将校がひきいる軍隊によって殺されます。相沢三郎中佐は当時朝鮮総督だった宇垣も、上京の際に福山付近で襲撃するつもりだった、と公判で供述しています。この男は永田鉄山を斬殺後、平然と転任地台湾に赴こうとした異常な神経の持主だから、宇垣も危なかったのです。

 





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日本に豊かな四季があるのは
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/03/27(金) 18:15
No. 8192
 
 
23.4度の地軸の傾きが季節をもたらしました。地球は、公転軸に対して自転軸が23.4度傾いているため、公転上の位置によって太陽の高さと光の当たる時間が変わり、その結果、季節の変化が生じます。日本の豊かな四季は23.4度の傾きの賜物なのです。

地球の自転軸はなぜ傾いているのかというと微惑星がぶつかった衝撃で傾いたと考えられています。同じ太陽系の惑星である天王星は、2回の連続的な微惑星の衝突によって、自転軸が約98度傾き、ほぼ横倒しの状態で自転をしています。

もしも傾きが23.4度でなかったら、生命が誕生しなかったかもしれません。太陽光の当たる量と時間が変わると、氷床のできる位置が変わります。海流の動きも変わります。半年ごとに極寒から灼熱に変わるなど、季節の変動が大きくなる可能性もあります。

生態系も大きく変わり、過酷な環境のなかで、生命は進化する余裕すら与えられなかったかもしれません。地球の自転の速さはどれくらいかといいますと、日本付近では時速1400qほどです。

地球は、約23時間56分4秒で1回転します。自転速度は緯度が低いほど速く、赤道付近では時速1670qほどです。高緯度の極地よりも、低緯度の赤道付近のほうが時間あたりの移動距離が大きくなるからです。

猛スピードで回転していても人間をはじめとするあらゆるものが地球から振り落とされないのは、地球が重力で引っ張ってくれているからです。また、動いていることを感じないのは、慣性が働いているからです。

新幹線の最高速度がおよそ時速280qなので、日本付近では新幹線の約5倍の速さで自転していることになります。赤道付近では地軸の傾きの影響が少なく、太陽は年中、真上に位置します。ガラパゴス諸島のような赤道上の場所では季節の変化がありません。

 





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青い地球が白い時代
   投稿者: 仲條拓躬    
2026/03/27(金) 08:01
No. 8191
 
  いまから約7〜6億年前、光合成を行なうシアノバクテリア (藍藻類) の繁殖によって大気中の二酸化炭素が減り、地球の温室効果が失われました。その結果、急速に寒冷化して、南極と北極の氷床が地球全体に広がったと考えられています。

これを全球凍結や雪球地球 (スノーボールアース)と言います。全球凍結は、このときに2度、それ以前の23億年前頃にも1度あったと考えられています。全球凍結の時代、生物はどうしていたのかというと多くの生物が死滅しました。

地球に降り注ぐ太陽エネルギーの60%以上が白い氷に跳ね返され、生物のほとんどが死滅したと考えられています。しかし、深海の熱水噴出孔の近くや火山活動で氷が溶けた場所などで、生き延びた生物もいました。

地球全体を覆っていた氷はどうやって溶けたのかいうと二酸化炭素が増加し、温暖化が進んだことにより溶けました。1000mにもおよぶ厚さの氷の下でもマグマは活動していました。

マグマに溶け込んだ火山ガスが氷の割れ目から地上へと放出され、二酸化炭素が大気中に蓄積しました。温室効果によって気温は上がり、氷が溶け、やがて地表の温度は50℃にもなったと考えられています。全球凍結から数百万〜数千万年後のことです。

全球凍結を終えた地球はどうなったのかといいますと軟体動物の楽園になりました。最後の全球凍結が終わった5億8000万年前に、数cmから2mにおよぶ、葉のような扁平な形の生物や軟体動物に似た生物が多く誕生したと考えられています。

捕食・食の関係がないのが特徴で、これらの殻を持たない無脊椎動物の化石が、オーストラリア南部の丘陵で最初に見つかり、「エディアカラ動物群」と呼ばれています。南極以外のすべての大陸からエディアカラ動物の化石が発見されています。

エディアカラ動物群は何を食べていたのかといいますと何も食べていませんでした。皮膚を通して代謝を行なっていたとも、体に大量の光合成生物を寄生させて共生していたとも言われます。また、海中の有機物を集め、呼吸していたとも言われます。

 






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