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日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、我等と我等の子孫の為に、諸国民との協和による成果と、我が国全土に渡って自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起る事のないようにする事を決意し、ここに主権が国民に存する事を宣言し、この憲法を確定する。
そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。我等は、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、我等の安全と生存を保持しようと決意した。我等は、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてえる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。
我等は、全世界の国民が、等しく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する事を確認する。我等は、いずれの国家も、自国の事のみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従う事は、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成する事を誓う。日本から朝鮮半島に回した米軍の穴を埋めるため、吉田茂首相に7万5000人の警察予備隊の創設を命令しました。これが現在の自衛隊になるわけですが、マッカーサーはGHQが作成した「米国製」の日本国憲法を押し付けました。
戦争放棄を定めた日本国憲法第9条は、どこから見ても米国製です。日本に戦争を放棄させ、安全保障をアメリカ頼みにさせたのはマッカーサーなのです。日本の指導者よりも、広島、長崎に原爆をおとし、東京、神戸を始めとする大都市に焼夷弾による爆撃をかけ、女性、子供、老人といった非戦闘員を何十万人と焼き殺した。
トルーマンにこそA級戦犯だと言う事を石原莞爾は東京裁判で「私に証言させろ」とマッカーサーへ言ったそうです。我々の石原莞爾平和思想研究会の前身である「東亜聯盟」の書籍はマッカーサーによって発禁に追い込まれました。石原莞爾が書き記した日記を長い間、私の父が隠し持っており後世に残すべきと判断して世に出した。
幸い、石原莞爾平和思想研究会の同志には作家や書店・出版社、流通業者などがいるので多くの資料が集まっています。私などは保管するだけで、理解も出来ず目を通せませんが、個人所有の本だけでも莫大な資料が保管されています。今も古本屋や図書館に寄贈した本まであります。古い本は、朽ち始めてしまいます。
価値のある史料として、日本国憲法はどうあるべきか、恒久平和の礎を築くためにはどうしたらよいのかというヒントが隠されているのかもしれません。石原莞爾の日記を研究してこられた石原莞爾平和思想研究会の顧問である、野村乙二朗先生が2026年2月24日に享年97歳でお亡くなりになりました。
長年にわたり日記研究と平和思想の掘り起こしに尽くされてきたことを思うと、深い敬意と共に哀悼の意を申し上げます。野村先生の研究を受け継ぎながら、新しい世代が史料に触れ、自分の言葉で平和を語る回路が開かれていくように思います。
いきなり大きなプロジェクトにせず、まずは手元の史料と向き合う小さな輪から始めていこと考えております。石原莞爾の日記の特定の年月だけを抜き出し、そこでの「戦争」「平和」「正義」といった語の使い方を、憲法前文や第九条の文言と対応させて読む試みなどは、学生や一般の参加者とも共有しやすいテーマになるのではないかと思います。
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