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イラク共和国の国旗の意味は、赤色は勇気、白色は寛容、緑色はイスラム教、黒色はイスラム教の伝統と栄光を象徴しているそうです。また星は近隣国との友好を表わしており、アラビア文字の意味はコーランの一節で「アラーの神は偉大なり」と書かれています。
過去、イラク・フセインが支配していた地域はご存知のように、メソポタミア文明が栄えた場所です。チグリス・ユーフラテス川沿いに文明が起こったのは紀元前3000年のことで、その後の情勢は古代文明の華やかさとは裏腹に、激動の歴史の繰り返しなのです。
シュメール人の都市国家が栄え、バビロニア、アッシリア、新バビロニアが興亡。紀元前6世紀に成立したアケメネス朝ペルシャ王国の領土となり、アレクサンダー大王の支配下に入ります。ササン朝ペルシャの領土、サラセン帝国の一部、アッパース朝、セルジューク人が侵入、イル汗国の領土、オスマン・トルコの支配下になったのです。
イギリスの統治下にイラク王国が建設されたのは1920年のことで、イラクを建国したのは、イギリスなのです。サダム・フセインが注目されたのは1960年のことで、フセインはバース党のテロ組織の一員として、クーデターでファイサル王政を打倒して政権を握ったカセム首相を暗殺しようとして失敗に終わりエジプトに亡命しました。
亡命したのは、フセイン20代半ばのことです。その後、革命評議会の副議長となり、国内の治安組織網の整備、反対勢力の粛正を手がけ、バクル大統領の後を引継ぎ、フセインが大統領に就任するのです。
そのイラクを統治下に置こうと攻撃を仕掛けた張本人はアメリカです。アメリカはイラク攻撃と湾岸戦争との兵器の違いは陸上兵士個人の装備に表れています。暗視スコープは、湾岸戦争当時の性能を大きく向上させ、兵士個人に装備させました。
兵士のヘルメットに装備されているので、兵士は両手をフリーにしたまま、スコープを覗けるのです。性能は1km先の目標を捉える事が可能です。また、小銃本体にも暗視装置と照準器を兼ねたスコープも搭載されています。夜間これを覗き込むだけで簡単に照準を合わせることができるのです。
向上したものはオフェンス面だけではなく、ディフェンスでもかなりの向上が図られています。たとえば、兵士個人に行き渡っているボディーアーマーは、砲弾による破片・爆風、銃弾による抗弾効果もかなり向上しています。
以前は、ケブラ−などの素材を用いていましたが、それよりも軽く抗弾性の高いスペクトラなどの新素材を用いた結果です。また、ライフル弾を防ぐために前後に専用のポケットがついており、その中にセラミックプレートなどを入れることができるのです。
湾岸戦争当時の兵士はベルトとショルダーサスペンダーにマガジン、水筒、ナイフ、ホルスター等を装備していましたが、現在ではベストにマガジンなどの収納スペースが確保され、水筒はキャメルバックに代わり背中に背負うようになり、チューブで水分の補給を行うことができるのです。アメリカはイラクを実験台にイラクを攻めて兵器の向上をあげて武器商人が莫大な利益をあげているのです。
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