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第一次世界大戦の頃、コッホが示唆したように、当時は結核が蔓延しており、結核にかかって誰かが死ぬのは当たり前のようになっていました。一方で同じ頃、新しい治療法が広まりつつありました。医師達は、結核患者の中に何もしなくても症状が消える患者がいる事、中にはそのまま生涯にわたって再発せずにすむ患者までいる事に気がついていました。
どうしてそんなことが起こるのか、理由はまったくわかりませんでした。しかし、人間の体に結核を治す力が備わっているのだとしたら、健康的な生活を送ることで病気と闘えるように免疫力を高めれば効果が見込めるはずです。 必要なものは、体に良い食事、安静、 適度な運動、そして何よりも新鮮な空気でしょう。
そこで、20世紀の初めに結核療養所(サナトリウム)運動が始まりました。患者はできるだけ空気が澄み切って乾燥した場所に立つ専門病院で数週間から数ヵ月間を過ごす。ヨーロッパではスイスのアルプスが人気の療養先になりました。
最初のうちは、こうした療養ができるのは金持ちだけでした。スイスの病院の多くは、五つ星の高級ホテル並みにサービスと豪華な料理、各種の娯楽を備えた施設でした。イギリスに結核療養所が開設される頃になると、療養所はもっと基本的な治療だけを行うようになっていました。
慈善団体の寄付によってまかなわれる、労働者を対象とした施設も現れました。ここでは、豪華な食事よりも教育が重視されました。患者は1ヵ月程度を療養所で過ごし、その間に健康的な生活を送るための指導を受け、労働と安静の予定表、献立表、清潔を保つための注意事項を渡されて療養所を離れます。
労働者階級の患者は下品で自堕落な生活を送ってきたせいで、みずから健康を損なったと思われていた様子が伺えます。裏庭がある療養所では、風通しのいい小屋を建ててスイスの病院の労働者版をどうやって作るかといった検討がなされました。
それでも、ほとんどの貧しい患者たちは自宅に残るか、救貧院に送られ、回復か死のどちらかを待つしかなかったのです。サナトリウム運動に続いて日光浴療法が提唱され、ここでも屋外で過ごす健康的な生活スタイルが重視されました。
スイスの医師オーギュスト・ロリエはアルプスでまったく新しいタイプの診療所を開設しました。南側に面したバルコニー、壁はガラスの引き戸になっており、屋根は伸縮式という造りです。毎朝、患者はベッドごとバルコニーに運ばれ、徐々に明るくなっていく太陽の日差しを浴びます。日光浴療法はまたたくまに大流行しました。
20世紀に入ると、先進国の結核は減少し始めましたが、その理由は新鮮な空気や太陽の力ではありませんでした。まず、診断技術の進歩によって結核患者を早期に特定して隔離できるようになりました。これで感染拡大に歯止めがかかりました。
活動性結核では症状が軽い時期が何ヵ月か続くため、診断が遅れると、治療を受けないままの患者が1年間で10〜15人に感染を広げてしまう恐れがありました。人口過密の緩和策となります、大都市周辺のスラム街撤去計画も感染率の低下に貢献しました。
牛乳が加熱殺菌処理されるようになった事や、ウシ型結核菌に感染した牛が処分されるようになったことで、牛結核の発生も減少しました。しかし結核の感染率が下がった最大の理由は、ワクチンが開発され、抗生物質という優れた効果を発揮する治療薬が登場したことでした。ただ、BCGと呼ばれるワクチンの効果については今も疑問視する声があります。
2014年、世界保健機関(WHO) は 2035年までに結核による死者を95%、新規患者の発生を90%減らすための戦略を公表しました。結核は今なお世界中で発生していますが、先進国での新規患者数は急激に減っています。
それでも依然として結核は世界の死因のトップ10に入る病気で、2016年には170万人の患者が亡くなりました。この95%以上が途上国に集中し、インド、パキスタン、ナイジェリアをはじめとする7カ国が全体の64%を占めています。
また、結核はHIV患者の最大の敵でもあります。結核患者に治療を行わない場合45%が死亡しますが、HIV陽性の患者では死亡率はほぼ100%にまではね上がります。結核に感染したからといって、全員が発病するわけではないのです。
2017年の時点で、世界の人口の約25%が結核に潜伏感染しています。潜伏感染では、感染したものの発病には至らず、誰かに感染させる心配もない状態です。しかし、潜伏感染者の5〜 15%は生涯のうちに活動性結核を発症する恐れがあります。
特にHIV陽性者や低栄養の人、喫煙者などはリスクが高いです。結核という病気を鎮圧するための戦いは、結核が比較的まれにしか発生しない国でも続いています。2013年にイギリス政府は、牛結核を拡大させた犯人と目されるアナグマの駆除を開始しました。
動物愛護団体はこの政策に激しく反対し、その効果をめぐって専門家の意見も真っ二つに割れています。しかし計画は続行され、2017年度にはイギリス全土で1万9274頭のアナグマが駆除されました。
科学が大きく進歩したことで、この20世紀には、かつて猛威を振るった結核を押さえ込むことに成功したように思われましたが、新たな脅威が現れています。それが多剤耐性結核菌です。結核に高い効果を発揮し、治療で第一に選択される薬剤に対して耐性を持つ結核菌が現れたのです。
この新しい結核菌に感染した患者は2016年には60万人を超え、そのうち49万人が感染した結核菌は複数の薬剤に対する耐性を持っていました。 WHOは、これは公衆衛生上の重大な危機であり、人類の健康に対する脅威だとしています。
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