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「Impossible (インポッシブル)」 と 「Beyond (ビヨンド)」。アメリカのスーパーやファストフード店に行くと、必ずと言っていいほど、この2つの単語を見かけるといいます。しかしこれは何かが 「不可能 (Impossible)」 であるとか、「超えている(Beyond)」 というわけではありません。
これらは、アメリカの特に若い層において、当然のように消費されている「植物肉」の二大メーカーの名前なのです。「インポッシブル・バーガー」と「ビヨンド・ミート」という2つの企業は、米国における気候変動対策を語る上で欠かせない存在です。
その背景には、今、世界の温暖化対策において、「牛」の存在がトップイシューの一つになっていることがあります。統計ごとに違いはあるものの、世界の温室効果ガス排出において、農業が占める割合は1%に上る。
CO2排出と聞いて多くの人が思い浮かべる電力は実際には2%にとどまっており、本気でカーボンニュートラルを達成するためには、他の産業セクターでの抜本的な削減が必須なのだといいます。そこで、俎上に上がるのが「牛」です。
というのは、世界で約10億頭はいるといわれる酪農用の牛から、CO2換算で、約20億トン分の温室効果ガスが排出されているからです。人間活動で排出された520億トンのうち、実に4%近くにもなるのです。
これは、牛が「ゲップ」や「オナラ」を通じて排出しています。しかもやっかいなのが、牛が排出するのは「メタン」であることです。世界の温室効果ガスの排出はCO2で換算されることが多いのですが、メタンが持つ温室効果は、CO2と比べ物にならないほど大きい。
大気反応が早く短期の温暖化を引き起こす上に、100年間で比較した時の温暖化効果が2倍、20年間では約8倍にもなるという。逆に言えば、大気寿命が約10年と短いメタンを抑えれば、温暖化の抑止に即効性があるということでもあるのです。
そこで登場したのが、冒頭の「インポッシブル」と「ビヨンド」なのです。ともに2010年前後に創業し、牛肉の代わりに、豆やココナッツ、じゃがいもなどを使った「植物肉(英語では Plant-based meat と呼ばれる)」で一気に台頭してきました。
インポッシブルが提供する「インポッシブル・バーガー」は2019年から全米各地のバーガーキングで販売されているほか、「ビヨンド・ミート」もホールフーズやウォルマートなどの小売店で展開されています。ビヨンドは2019年に上場して、時価総額約1兆円を誇るほか、インポッシブルも2021年の上場が報道されていました。
日本で「植物肉」と聞くと、動物愛護やビーガン、ベジタリアンを思い浮かべるかもしれませんが、両者の人気に火がついた一番の要因は間違いなく気候変動でしょう。これは日本人が痛感する日本と米国の最も異なる部分の一つですが、米国都市部のミレニアル世代以下の若者は「自分たちも環境問題には責任がある」と公言しているのです。
当たり前のように植物肉を食べている(その文脈で Tofu=豆腐が注目されているのも興味深い)。牛肉も食べるのですが、徐々に減らして環境に良い肉に代えていこうという「フレキシタリアン」は、少なくともニューヨークの若者では全く珍しくないのです。
特にインポッシブルはそもそも創業の経緯が、スタンフォード大学教授(生物化学)であるパトリック・ブラウンが2009年の休暇中に、気候変動問題と食料システムこそが喫緊の課題だと確信を深め、自ら起業にまで踏み込んだことがきっかけだったのです。
ビヨンドも、従来の牛肉と比べ、温室効果ガス、水、土地の使用をそれぞれ90%以上抑えられるとミシガン大学からお墨付きを貰っています。そこに、マイクロソフトの創業者であり、この10年で気候変動の大家とも言える立ち位置になったビル・ゲイツが、ビヨンドとインポッシブルの両方に投資したことで、さらに普及が加速することになりました。
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