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東武鉄道・伊勢崎線。DATAによれば、浅草駅←浅草雷門駅=1945年10月1日/所在地:東京府東京市浅草区浅草花川戸町 (現台東区花川戸1−4−1)/設置者:東武鉄道/開業日:1931年5月25日 。終戦時に「広域的な駅名」へ改称しました。
1899 (明治32)年8月に北千住〜久喜間で路線開業しました。「東武鉄道」は都心への延伸をめざしました。そして1931(昭和6)年5月、浅草駅を改称した業平橋駅(現とうきょうスカイツリー駅)から隅田川を越えて、念願の浅草への乗り入れを果たしました。
あわせて地上7階・地下1階、高さ37m、腰回りに大理石や花崗岩を施したネオ・ルネサンススタイルの重厚な鉄筋コンクリート造りの駅ビル(東武浅草ビル)を建設しました。大規模駅ビル誕生には社長・根津嘉一郎の一声「繁華街・浅草の象徴となるような豪華な立派な駅ビルを建てろ」(大石学「駅名で読む江戸・東京 )が大きく影響しています。
「隅田川沿いに細長くそびえる同ビルは、対岸から巨大な船が川に浮かんでいるように見え、電車の出発 到着は航空母艦を発着する航空機にも例えられた」(「東武鉄道百年史」要旨) というほど、周辺を驚かせたようです。
そして同ビルの2階部分にターミナル駅「浅草雷門駅」を開設しました。当時から賑わう繁華街「浅草」と、シンボル的観光地「雷門」を加えた合成名としました。浅草は「草深い武蔵野の中にあってあまり茂っていないところ」(東武鉄道HP)が由来で、雷門は浅草寺の山門の名称です。
もっとも駅所在地・花川戸町は1934(昭和9)年に「浅草雷門」の町名に変わりますが、 1965(昭和40)年の住居表示制度で「花川戸」へ戻っています。1945(昭和20)年3月、東京大空襲で被害を受けましたが、終戦直後の同年10月にはビルを復旧しました。あわせて、限定的なイメージを持つ「雷門」を外し「浅草駅」と改称したのです。
駅舎は1974(昭和49)年の改装でアルミ製壁を覆い、開業時の趣は失われました。しかし2012(平成24)年5月、東京スカイツリー開業にあわせて復元を果たし、重厚な姿がよみがえりました。
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