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今、再生可能エネルギーのフロンティアは「海」にあります。1991年のことです。北欧の小国デンマークのバルト海に浮かぶロラン島の沖に、11基の風車が立ち並びました。これは、世界初となる「洋上風力発電」のプロジェクトだったのです。
そこから30年をかけて、洋上風力は、世界の再エネの「フロンティア」となっています。人口わずか600万人弱のデンマークは、世界に広がるこのイノベーションを牽引してきました。1970年代のオイルショックをきっかけに、エネルギーの国産化をめざしたデンマークは、洋上風力発電を軸に新たなエネルギー源へとシフトしていったのです。
ロラン島の洋上風力プロジェクト「Vindeby」は、浅瀬にコンクリートを敷いて、そこに陸上の風力タービンを建設する程度のものでしたが、その後、技術的な改良を経て、徐々に設置場所を沖合へと広げていくのです。
2002年にはデンマーク西方の北海で、海岸線から1キロメートル離れた場所に洋上風力発電所を建設し、一気に洋上への可能性を引き上げていきます。興味深いのは、これらの洋上風力プロジェクトを手掛けたのが、デンマークの石油会社だったということです。
1972年にデンマークは、石油の中東依存度を下げ、北海における石油開発を進めるために「デンマーク石油ガス (Danish Oil & Natural Gas、通称 DONG)」という会社を設立します。
しかし、DONGは洋上風力プロジェクトが成功すると同時に再エネへの傾注を進めていき、2008年には「化石燃料から再生可能エネルギーへの転換」を宣言するようになるのです。この転換においては、洋上の油田開発で培った海上プロジェクトの技術を、洋上風力の開発にも活用していったのです。
そして2017年、DONGはついに石油・ガス事業の売却を決め、社名を19世紀のデンマークの電磁気学者の名前にちなんで「Ørsted (オーステッド)」に変更します。「2008年は明確な転換期でした。当時は化石燃料の比率が55%で、再エネが15%でしたが、この数字を逆転させる目標を立てました。」
「さらに2025年には20年近い前倒しで再エネ比率がほぼ100%になります。このシフトの背景には、政府や投資家からの影響もありましたが、大きなマインドセットの変化がありました。石油ビジネスの未来を考えると、ビジネスとしても合理的な判断であり、今や完全に再エネに注力しています」と、オーステッドでアジア地域を統括するマティアス・バウゼンバインは打ち明けています。
ここで重要なのは、オーステッドはまだ石油や天然ガスで稼げているうちに、すでに未来を見越して再エネへと舵を切っているということです。オーステッドが沖合いへと進んでいくに従い、欧州全域で洋上風力が広がっていく。特に積極的だったのが、英国です。
2000年を皮切りに、わずか数年で110万キロワット分のプロジェクトを手掛けると、一気に世界トップの洋上風力発電国家へと躍り出ます。これと同時にコストも下がり続け、北海には、風車が数十本〜200本単位で立ち並ぶプロジェクトが50件近く動いている。
今や世界の洋上風力の導入量は、欧州を中心に3400万キロワットにまで伸びました。オーステッドは現在にいたるまで、世界トップの洋上風力事業者であり続けています。さらにデンマークには洋上向け風力タービンメーカーのヴェスタスもあり、独シーメンス系メーカーとトップ2を分け合っている(シーメンス系の工場もデンマークに存在している)。
つまり、デンマークは石油企業を再エネに完全シフトさせることで、これまで世界に存在しなかった市場を作り上げるだけでなく、さらに国を支える産業へと育成したのでした。今やオーステッドは、時価総額でオイルメジャー英BPと競り合う「グリーン・ジャイアント」の一つになったのです。
約7兆円に上る時価総額は、日本の電力10社を足した額を大きく上回るほどです。さらには2025年までの「カーボンニュートラル」を宣言しており、2023年までに石炭火力を全廃させることも明言していました。オーステッドの試算によると、洋上風力の発電コストは、今や石炭・ガスの火力、そして原発よりも優れているというのです。
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