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日露戦争後の満州は、中国もロシアも日本の国家主権も及ばず、混沌としていて無政府状態が続いていたのです。その陸続きの朝鮮半島はどうであったかというと朝鮮では14世紀末(日本では室町幕府の全盛時代)より500年間も李氏朝鮮の王朝が続いていました。
長く固定した社会の下で、人口の半分が搾取支配する貴族階級、半分が搾取される奴隷という状態になり、民衆は圧制に喘ぎ苦しんでいたのです。とくに政治犯に対する刑罰の残酷さは非人道的なものでした。
その圧制と閉塞から逃れるために、民衆の大多数は日本との併合を歓迎し、併合に反対した伊藤博文の暗殺を経て、明治43年(1910)韓国併合条約締結となったのです。その後日本は国家財政の3分の1もの予算を使って朝鮮の近代化を図ったのです。
にもかかわらず、旧貴族階級らの復権目的や、米国人キリスト教徒らの扇動などもあって、反日運動は31暴動にまで発展したのです。しかし民衆の生活は、日本国内よりも優先されたインフラ整備、近代化のおかげで着実に向上し、人々は近代化の恩恵を享受しました。
30年間余り日本に併合された朝鮮半島の人々の気持ちは大切な事だと考えますが、反面、今日の韓国、旧満州、台湾といった旧日本領諸国家が経済発展を遂げていることは周知の事実です。
満州では無政府状態の中、満州系、中国系馬賊、朝鮮系匪賊らが横行し、民衆を苦しめていました。そのため朝鮮の移民団は、軍律厳しい日本軍守備隊のいるところを頼って暮らし、日本軍が移動すればそれと共に移動したのも歴史の真実なのです。
日清戦争で実際に持ち上がった問題は朝鮮半島です。この朝鮮半島は、当時、鎖国状態だったところにヨーロッパ列強の植民地的侵略の手がどんどん伸びてきたのです。日本の開戦後、まだ鎖国していたのは、アジアでは朝鮮半島だけでした。
中国が西洋諸国の植民地にされているように、19世紀末では、植民地化されているか、征服されています。そうなると、朝鮮半島はまだ鎖国をしているということはいずれ植民地支配されてしまう。さらにロシアの南下政策で勢力がどんどん迫っているのです。
満州及びそれに繋がる蒙古という地帯は、日本人の方から言うならば、五族が住む未開の地で、アジアの解放、人種差別廃止、独立をするためだという理屈となって、特別な意味を持っていくわけです。多くの日本人や韓国及び周辺諸国ではどのような反日教育を施されどのように理解しているのかわかりませんが、これが歴史の真実でしょう。
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