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数学には、必要条件と十分条件というロジックがあります。必要条件はNecessary Condition、十分条件は必要条件Sufficient Conditionです。顧客起点はこれまで見てきたように、人間が持つ根源的な欲求を感じるところから始まります。
それは計算と分析では到達できないものです。この直感力は必要条件です。1970年代、家電産業の王者、松下電器産業にソニーが挑んでいたとき、ソニーはモルモット (実験に使われる小さなネズミ)と呼ばれ、松下電器産業は「マネシタ電器」と揶揄されました。
しかし、日本全土に張りめぐらされたナショナル・ストアのチャネル力は、家電量販店が出現する1990年代までは圧倒的な力を持っていました。この物理的なチャネルの支配力が競争上の優位になる時代においては、顧客のニーズの直感力は顧客起点の必要条件ではなかったのです。しかし、インターネットが物理的なチャネルの価値を破壊しました。
良いものはすぐに売れる、そして勝者が総取りします。優れたモルモットになることは、顧客起点の必要条件なのです。人間の根源的なニーズ、普遍的なニーズとは何でしょうか。 アマゾンが捉えた「便利さ」、グーグルが捉え 「知の探究の容易さ」、フェイスブックの「友達」、アップルの「格好良さ」。その他、いろいろあります。
「生きたい」「安心したい」「希望を持ちたい」「勝ちたい」「美しくありたい」、そして「暇を潰したい」などなど。「生きたい」は、地球上に存在するすべての生き物に共通する普遍的なニーズです。150億年前に誕生した地球に生命が生まれたのは40億年前。
恐竜が繁栄した1億5000万〜9000万年前まで地球は、破壊的な変動を繰り返してきました。すべての生き物は「生きる」ための壮絶な闘いを繰り返してきました。そのなかには、生き物の必要条件である「核酸」とそれを覆うタンパク質の殻だけに身を削ぎ落とし、宿主の細胞に寄生することで生き延びるウイルスという存在もあります。
「安心したい」も人類の普遍的なニーズです。哺乳類の祖先、小さなネズミが恐竜時代の最後に生まれたとき、彼らは安心できる場所を必死に探しまくっていたと思われます。私たちの多くが蛇を恐れるのはネズミの脳の中枢に残った記憶が影響しているという話を、ある科学者から聞いたことがあります。
2020年代 には、「安心したい」は「生きたい」と並んで重要なニーズになります。先ほど、マネシタ電器という失礼な表現を使ったパナソニックには、「安心・安全」という価値観があります。多くの商品・サービスの紹介にこの言葉が使われています。
「希望を持ちたい」も、人類の普遍的なニーズです。ギリシャ神話に出てくるパンドラという女性が人間界に持ってきた箱の話はご存じでしょうか。パンドラの箱とは触れてはいけないもの、開けてはいけないものを意味します。この箱には多くの災いの種が入っています。パンドラが箱の蓋を開けるとその種が一斉に飛び出しました。
争い、疾病、悲観、不安、憎悪、犯罪、欠乏などすべての災いが、人間界に解き放たれます。しかし、箱のなかに最後に残ったものがあります。それは希望です。この普遍的なニーズは、映画・演劇・音楽の世界で多くの人々が取り組んでいるテーマです。
「勝ちたい」も普遍的なニーズですが、「希望を持ちたい」と比べると危うい面を持っています。パンドラの箱から飛び出した「争い」に通じる面があるからです。サッカー、野球、様々な格闘技を見る観衆は、勝つという快感を求めているのです。
古くはギリシャのオリンピック、ローマの闘技場、スポーツの世界はこのニーズを満たすものです。ゲームの世界も勝ちたいという人間の欲求を満たすものです。チェスは紀元6世紀頃にインドで始まり、その後、ペルシャ、アラビアを経て欧州に広がったと言われます。また、中国、朝鮮を経て、日本には11世紀、平安時代に到来したと言われます。
「美しくありたい」も人類古来のニーズです。1820年、エーゲ海のミロス島で農民の手によって発掘された大理石の女性像は、ミロのヴィーナスと命名され、ルーブル美術館に鎮座することになります。この像がつくられたのは紀元前1世紀頃と言われます。
宝石の歴史は人類の歴史とともにあります。青緑色のトルコ石には5000年の歴史があると言われます。日本でも翡翠が縄文時代の遺跡から発掘されています。「暇を潰したい」はどうでしょうか。
英語のスクールの語源は、ギリシャ語のスコラからきていると言われ ます。スコラとは暇という意味です。暇な時間からアリストテレスやソクラテス、プラトンなどの偉大な哲学者が生まれているのです。労働を離れた時間が人間に知的なインスピレーションを与えるということです。
アマゾンは、買い物のための無駄な時間を徹底的に除いてくれます。AIやロボットも記憶や計算、 肉体的な作業の時間を除いてくれます。暇な時間がますます増えます。このニーズに企業はどのように応えていくのか、興味深いテーマです。
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