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☆★☆最新情報7☆★☆

 
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  顧客の欲求を直感する  仲條拓躬2025/02/10(月) 15:54 
  ロシアのプーチン大統領の歩み  仲條拓躬2025/02/08(土) 10:00 
  日本の食物について  仲條拓躬2025/02/08(土) 09:57 
  「ハル・ノート」を回避できたのか  仲條拓躬2025/02/08(土) 09:54 
  マッカーサーは日本を理解した  仲條拓躬2025/02/08(土) 09:40 
  東京裁判で感じたこと  仲條拓躬2025/02/03(月) 19:06 
  豊かさとは何か  仲條拓躬2025/02/03(月) 19:05 
  中国という獅子を起こすな  仲條拓躬2025/02/03(月) 19:04 
  石油がピークを迎えた年  仲條拓躬2025/02/03(月) 19:02 
  プレートとは何か  仲條拓躬2025/01/28(火) 07:46 






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顧客の欲求を直感する
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/02/10(月) 15:54
No. 7739
 
 
数学には、必要条件と十分条件というロジックがあります。必要条件はNecessary Condition、十分条件は必要条件Sufficient Conditionです。顧客起点はこれまで見てきたように、人間が持つ根源的な欲求を感じるところから始まります。

それは計算と分析では到達できないものです。この直感力は必要条件です。1970年代、家電産業の王者、松下電器産業にソニーが挑んでいたとき、ソニーはモルモット (実験に使われる小さなネズミ)と呼ばれ、松下電器産業は「マネシタ電器」と揶揄されました。

しかし、日本全土に張りめぐらされたナショナル・ストアのチャネル力は、家電量販店が出現する1990年代までは圧倒的な力を持っていました。この物理的なチャネルの支配力が競争上の優位になる時代においては、顧客のニーズの直感力は顧客起点の必要条件ではなかったのです。しかし、インターネットが物理的なチャネルの価値を破壊しました。

良いものはすぐに売れる、そして勝者が総取りします。優れたモルモットになることは、顧客起点の必要条件なのです。人間の根源的なニーズ、普遍的なニーズとは何でしょうか。 アマゾンが捉えた「便利さ」、グーグルが捉え 「知の探究の容易さ」、フェイスブックの「友達」、アップルの「格好良さ」。その他、いろいろあります。

「生きたい」「安心したい」「希望を持ちたい」「勝ちたい」「美しくありたい」、そして「暇を潰したい」などなど。「生きたい」は、地球上に存在するすべての生き物に共通する普遍的なニーズです。150億年前に誕生した地球に生命が生まれたのは40億年前。

恐竜が繁栄した1億5000万〜9000万年前まで地球は、破壊的な変動を繰り返してきました。すべての生き物は「生きる」ための壮絶な闘いを繰り返してきました。そのなかには、生き物の必要条件である「核酸」とそれを覆うタンパク質の殻だけに身を削ぎ落とし、宿主の細胞に寄生することで生き延びるウイルスという存在もあります。

「安心したい」も人類の普遍的なニーズです。哺乳類の祖先、小さなネズミが恐竜時代の最後に生まれたとき、彼らは安心できる場所を必死に探しまくっていたと思われます。私たちの多くが蛇を恐れるのはネズミの脳の中枢に残った記憶が影響しているという話を、ある科学者から聞いたことがあります。

2020年代 には、「安心したい」は「生きたい」と並んで重要なニーズになります。先ほど、マネシタ電器という失礼な表現を使ったパナソニックには、「安心・安全」という価値観があります。多くの商品・サービスの紹介にこの言葉が使われています。

「希望を持ちたい」も、人類の普遍的なニーズです。ギリシャ神話に出てくるパンドラという女性が人間界に持ってきた箱の話はご存じでしょうか。パンドラの箱とは触れてはいけないもの、開けてはいけないものを意味します。この箱には多くの災いの種が入っています。パンドラが箱の蓋を開けるとその種が一斉に飛び出しました。

争い、疾病、悲観、不安、憎悪、犯罪、欠乏などすべての災いが、人間界に解き放たれます。しかし、箱のなかに最後に残ったものがあります。それは希望です。この普遍的なニーズは、映画・演劇・音楽の世界で多くの人々が取り組んでいるテーマです。

「勝ちたい」も普遍的なニーズですが、「希望を持ちたい」と比べると危うい面を持っています。パンドラの箱から飛び出した「争い」に通じる面があるからです。サッカー、野球、様々な格闘技を見る観衆は、勝つという快感を求めているのです。

古くはギリシャのオリンピック、ローマの闘技場、スポーツの世界はこのニーズを満たすものです。ゲームの世界も勝ちたいという人間の欲求を満たすものです。チェスは紀元6世紀頃にインドで始まり、その後、ペルシャ、アラビアを経て欧州に広がったと言われます。また、中国、朝鮮を経て、日本には11世紀、平安時代に到来したと言われます。

「美しくありたい」も人類古来のニーズです。1820年、エーゲ海のミロス島で農民の手によって発掘された大理石の女性像は、ミロのヴィーナスと命名され、ルーブル美術館に鎮座することになります。この像がつくられたのは紀元前1世紀頃と言われます。

宝石の歴史は人類の歴史とともにあります。青緑色のトルコ石には5000年の歴史があると言われます。日本でも翡翠が縄文時代の遺跡から発掘されています。「暇を潰したい」はどうでしょうか。

英語のスクールの語源は、ギリシャ語のスコラからきていると言われ ます。スコラとは暇という意味です。暇な時間からアリストテレスやソクラテス、プラトンなどの偉大な哲学者が生まれているのです。労働を離れた時間が人間に知的なインスピレーションを与えるということです。

アマゾンは、買い物のための無駄な時間を徹底的に除いてくれます。AIやロボットも記憶や計算、 肉体的な作業の時間を除いてくれます。暇な時間がますます増えます。このニーズに企業はどのように応えていくのか、興味深いテーマです。

 





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ロシアのプーチン大統領の歩み
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/02/08(土) 10:00
No. 7738
 
 
KGB出身の切れ者、ロシアのプーチン大統領はさすがに賢明で、テロの被害に遭わないためにはその思想を消すのではなく共存する得策をとっています。ウラジーミル・プーチンは、ソビエト連邦共和国時代にレニングラードの大都市サンクトペテルブルグ市に生まれ育ちました。

1975年にレニングラード大学の法学部国際関係学科を卒業して、KGB(ソ連国家保安委員会)に入りました。KGBは、国内では秘密警察、国外ではスパイ活動を行う諜報機関です。プーチン大統領は、最初はレニングラード市の反体制活動家の監視活動などを担当していました。

その後1985年〜1990年まで、東ドイツに派遣されて1989年末にベルリンの壁が崩壊して、東西ドイツの統合により、サンクトペテルブルグに戻り市長の国際問題の顧問団のひとりとして、成功を収めて1994年にサンクト市の副市長に抜擢されました。

その後プーチンは、1996年にエリツィン大統領に気に入られてモスクワに異動して、エリツィン大統領の側近として、ロシア連邦政府の高官を歴任したのです。1999年に首相となり、その年の暮れに行われた議会選挙で、プーチン政党を擁立して最有力のエリツィンの後継者となり、大晦日に大統領職をプーチンに譲ったのです。

プーチン大統領の側近にはKGB出身者が多いといいます。スパイの出身ですから、人物の過去や経歴、日々の行動や人脈などを調べ、盗聴して脅迫して密告者に仕立てることなども、部下に命じているといいます。プーチン大統領は、反抗的な地方の州知事の汚職を摘発して、辞任させているのです。

プーチン大統領が一番、力を入れたのは経済の建て直しでした。ロシアからドイツへの直結ガスパイプラインが2010年に開通するほか、シベリアから中国への石油パイプラインが稼働しています。同じルートで天然ガスを売り込む構想が日本や韓国にも、対象となっています。

過去にプーチン大統領が訪日したのも、主な目的はロシアのエネルギー産業が石油やガスの売り込む事だったのです。現在のロシアは、経済と政治をプーチン大統領という秘密警察出身のマフィアが一人で握っているような独裁国家です。だがロシアの世論は、プーチン大統領を、強く支持しています。

それは、エリツィン時代は、ロシア政府を私物化して混乱させるばかりだったのに対して、プーチン大統領はロシアを再び世界の強国にするという国家理念を持って独裁政治をやっているからです。ロシアの多く人は、強かったソビエト連邦共和国を崩壊させたゴルバチョフより、自国が米国対等の強い国に戻ることを望んでいるのです。

廃止になっていたソビエト連邦共和国時代の国歌や紋章などを復活させる政策を採用して、多くのロシア国民に支持されています。プーチン大統領は2004年の大統領選挙で71%の得票で再選され圧勝してから現在まで支持され続けているのです。

 





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日本の食物について
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/02/08(土) 09:57
No. 7737
 
 
日本人は昔何を食べていたのかというものが発掘や書物の研究などにより解ります。人間が食物を得たのには、思考力を働かせて、道具を作り出す事が出来たからだと思います。歴史は食文化、食生活の向上が出発点だと言っても過言ではありません。

ヘブライ語聖書では紀元前4000年前に遡りますが、日本では紀元前2000年位の縄文時代に遡るのが一般です。弥生式、古墳、飛鳥、奈良、平安、鎌倉、室町、安土桃山、江戸、明治、大正、昭和、平成、令和で食生活史を調べる事が出来ます。

古文書には食物を中心に書かれた物があります。貝塚や遺跡など万葉集など書いた物から拾い出され調べられています。平安時代以降より飲食に関係する記述は詳細にする風潮があったのではないかと推測されます。古来より年中行事に付いてまわる食事です。

「縄文時代」新石器時代で発掘される人骨より血液酸性度が低いので、肉より内蔵を食べていたようです。骨格の発達が良好でカルシウム・ビタミン・ミネラルバランスがよかったと推測されています。焼き石が発見されているので火を用いた調理法であったようです。

「弥生式時代」静岡県の登呂遺跡のように水田稲作農業を特徴としています。稲作が普及して動物の内臓から有機塩補給、藻類から食塩が使用されるようになっています。野草・果実・魚介・鳥肉を副食としています。社会的分業が行なわれ遺跡より杏、ハスが出土されています。

「古墳時代」高度な農法、鉄製農具、牛馬の利用が行われ稲作が取り入れられています。醸造法の輸入で濁酒が飲まれていたようです。杉や笹の葉で防腐の技術が行なわれるようになっています。

「飛鳥時代」中国より胡瓜が伝来していますが栽培は江戸時代とされています。食用菊が薬用、観賞用として伝来しています。ネギの日本への伝来は、8世紀以前であると日本書紀で記されています。

「奈良時代」骨格の発達は身長が高くなったのに反し骨組織は、貴族において徐々に低下、血液酸性度が上昇してきて死亡率も高かったのでは思われています。香辛料、調味料、発酵食品、菓子などが作られるようになりました。牛の飼育が行われ、牛乳からできるヨーグルトらしいものを食べています。うどん・紅花が中国の唐より伝来しています。

「平安時代」中国から食文化の影響を強く受け、乾燥食品・油・薬物が入ってきて日本で利用されるようになってきました。貴族の間で仏教の影響を受けるようになり食品のタブーが著しくり哺乳動物の摂食が戒められるようになりました。庶民は仏教の教えは浸透していないので栄養バランスはよかったと思われています。正月の七草粥など伝統的行事は、現在まで引き継がれています。

「鎌倉時代」武士の時代となり、玄米食を取ることにより、エネルギー・ビタミン・ミネラルの補給のバランスがよくなりました。健康的食事が考えられるようになり、粥が普及し今の御飯のもととなったと言われます。しかし宮中での食生活は、飲酒、米ばかりで片寄りが多くひ弱で体調不良を訴えるものが多かったといわれています。中国より小松菜が伝わっています。末期に納豆の記載の書物があります。

「室町時代」公家と武家文化の融合がはかられ西欧より砂糖・菓子が、中国より饅頭・豆腐・シナ料理・味噌・醤油・清酒が入ってきます。刺身としての料理法、日本料理の主流とされる懐石料理が始まったと言われています。鉄砲・キリスト教伝来等の南蛮船渡来でカボチャ・ジャガイモ・トウモロコシ・パン・天ぷら・カステラ・金平糖・タバコが日本に伝えられました。

「安土桃山時代」文化が地方や庶民へ普及して、貨幣経済が台頭し商工業者の生活向上。武士階級も白米食となり清酒・砂糖の普及で栄養不足で健康食から遠ざかる結果となって
います。茶事が流行しています。スイカ・サトウキビ・とうもろこし・唐辛子・イチジク・トマト・サツマイモ・バナナが南蛮船によって伝来しています。

「江戸時代」貨幣経済が浸透して町民により日本食の集大成が行なわれ和食の完成に至っています。食卓(しっぽく)料理・南蛮料理・会席料理・漬物・蕎麦・饂飩・鰹節などの飲食店などが出現してきました。精白米の利用が進んで、また上流階級で行なわれてきた年中行事が一般にも浸透します。

現代に伝えられる食事の回数が3回に間食と食習慣が固定してきました。飢饉などもあり備蓄する食物も工夫した食べ方が研究されています。だが、庶民の食事は、汁かけ御飯、一汁1菜程度のものが長い間続きます。ヒジキが食用としてよく食べられたという記録が残っています。

大陸から伝来した食品は、アスパラガス・インゲン・ホウレン草・タマネギ・キャベツ・高麗人参・コンニャクイモ・韃靼蕎麦・ダイコン・ゴウヤなどです。枝豆を食べるようになったのは江戸時代になってからです。パセリ・落花生・サフラン・苺などはオランダが伝来しています。

「明治時代」鎖国による文化の立ち遅れを取り戻そうと欧米の文化水準を真似して牛肉・ミルク・コーヒー・紅茶などの洋風の食品、調理法、食事作法が急速に進展していきました。カシス・オレンジ・洋ナシ・オクラ・カリフラワ・クレソンが伝来しています。

「大正時代」国立栄養研究所が設立、一般家庭への栄養の知識の普及がはかられています。リンゴ・サクランボ・ピーマンが栽培されています。

「昭和時代」日本の昭和30年代からの食生活が最も健康によいのではないかと世界中から注目を集めました。後期には、欧米化した食事の弊害が指摘され肥満が増加して、ダイエットと戦前では考えられない事態の発生を見るに至りました。キウイ・サニーレタスを導入しています。ステビア(パラグアイ)・ズッキーニ(アメリカ)が、中国野菜としてチンゲサイが千葉県柏の高島屋と中国料理の地味斎によって紹介されています。

「平成時代」少子化とともに伝統的よき食文化を伝える為の未来の子供達のための食品添加物の摂取に気をつけるようにと叫ばれています。残留農薬のない自然食品を求める消費者が増えていますが、まだまだ高価なものなので一般家庭では手が出ない状態です。エリンギが日本に紹介されています。

「令和時代」日本人は自然食時代から主穀時代を経て近代的食文化を築き上げてきました。民族的に穀物などの草食性の食物を多く取っている民族は一般に冷静で気性が穏やかであるのに対し肉食性の食物が多い民族は気性が激しいと言われています。

21世紀は、危険な添加物や危険な牛を無理やりに輸入してしまう世の中です。自分の家族は自分たちで守らなければならなくなりました。食について大いに語り、危険の食べ物からは極力離れようと情報交換をして健康な体を目指しましょう。

 





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「ハル・ノート」を回避できたのか
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/02/08(土) 09:54
No. 7736
 
 
アメリカ側から日本への最後通牒、「ハル・ノート」が野村吉三郎駐米大使に提示されるのは、1941年11月26日の事です。須藤眞志「ハル・ノートを書いた男」(文春新書)によれば、この文面にある「チャイナ」という語の、従来の解釈には問題があるというのです。アメリカはチャイナに満州を含んでいなかったというのです。

日本側が見落とした重大な岐路があった可能性があります。もし満州国をアメリカが容認したら、日本はハル・ノートを呑めたかもしれません。そうであれば石原莞爾が今は絶対にやってはいけないという日米戦争は回避できたと思うのです。

「チャイナ」がどこまでを意味するのか、日本は照会しようともしなかった。ハル・ノートが来ただけで、頭に血が昇ってしまい精神状態が既に冷静ではいられなかった。それまでの経過を無視した強圧的な要求だったから無理もありませんが。

たとえ、チャイナに満州が含まれないとしても、三国同盟を反故にするとか、シナ・仏印からの全面撤退なども盛り込まれていますから、その場合でも、ハル・ノートを受諾できたとは考えにくいかもしれません。国内がもたないことははっきりしています。

一大クーデターが起こる可能性が高まったでしょう。これこそ開戦を促し続けた国民の最大の要因でしょう。また、アメリカの情報網は、日本政府の最高レベルにも浸透していましたから、開戦の時期としては最も挑発しやすいという事が、わかっていたと思います。

むしろハル・ノートに行くまで、アメリカの方がよく我慢していたという意見もあるのです。戦争準備でアメリカが時を稼ごうとしてたけだという見方もありますが(笑)ifがあるとすれば、ハル・ノートは呑めばよかったのです。呑んで実行はしない、という考え方です。それは中国外交のやり方と同じです。

だが、昭和天皇が一番嫌いだったのはそういう二枚舌外交でした。しかし、ハル・ノートは放ったらかしにしておくという手もあったのです。研究中と称していれば、何ヶ月かは向こうも回答を催促してこないでしょう。その間に戦争準備をどんどん進めるだけです。

アメリカは、いずれ大西洋でドイツと戦うことになっていたから米独戦が始まれば、大国でフリーハンドを持っているのは日本だけになりますので、じっくり考えて、いちばん有利な手を打てばよかったのです。

米内前首相はアメリカからの最後通牒、「ハル・ノート」を受け取った後でも、何もしないでじっと待っていて時間が解決する問題が多分にあるという事です。ところがハル・ノートが提示されたちょうどその日、連合艦隊は南千島湾からハワイに向かって出発してしまいます。

ルーズベルトが日本に対してもっとも不信感を持ったのは、一方では交渉しながら、もう一方では軍事行動を準備していたことなのです。アメリカは日本の暗号を解読していたから、それがわかっていました。

日本側からすれば、交渉がうまく行かなかったときに備えたつもりですが、アメリカ側からすれば日本ははじめから妥協するつもりがないのだ、となる。これはどちらも成り立つ理屈ではありますが、実はハル・ノートが出る前夜まで、アメリカはより穏便な暫定協定案を準備していたのです。

ところが26日の朝、ルーズベルト大統領は急に心変わりして、国務長官ハルもこれに同調するのです。中国がこんな生ぬるいものじゃだめだとアメリカに迫ったという、フィリピンの偵察機から、台湾の沖を日本の大船団が南下中といった情報がもたらされ、ルーズベルトを激怒させたというのです。

これはマレー半島上陸のための船団で、交渉決裂の場合はすぐに作戦開始の手筈になっていた。日本軍にしてみれば、当たり前の感覚なのです。日本の外交電報は大使館に届く前にすべてアメリカ側に読まれていました。

日本の手の内を全て読めていたことで、アメリカはいっそう疑心暗鬼にとらわれることになります。敵の情報を読みすぎることによって、過度に悪意に取ってしまった。これも外交や戦争においては、よくあることなのです。

 





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マッカーサーは日本を理解した
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/02/08(土) 09:40
No. 7735
 
 
ダグラス・マッカーサー元帥は、東条英機の扱いを深刻に熟慮しました。東条大将は、明らかに愛国心と国家主義の高揚を訴えています。戦争犯罪人の指定と裁判の狙いのひとつは、日本における旧来の極端な国家主義を打破することにあります。

指導者を法廷に連行することは、指導者たちの権威を引き剥がし、その権威が基礎を置いていた理念を否定させる効果が、期待できるからです。ところが、戦争指導者が、法廷に出頭せずに自決したらどうなってしまうか、日本の超国家主義を支える最も根強い精神構造は、「天皇神聖」理念であると、マッカーサー元帥は信じています。

その「天皇神聖」理念をさらに具体的に支えるのは、死を賛美する武士道精神のはずで日本では、死者が敬われ、非があっても、死ねばその非は許されると考える傾向にあるから日本国内には、敗戦により、旧指導者に対する批判の声が高まっています。

その声を背に戦犯裁判を行えば、日本国民の思想改革にも有効ですが、指導者が事前に自決しては、国民はあっさりとその指導者の罪を許し、さらにその指導者の発言を受け入れてしまわないだろうか。

しかも、天皇を守れ、国家につくせ、と日本国民が反対し得ない主張を残して指導者が死ぬ場合、日本国民の眼には、その指導者は殉教者として映りかねないと危惧していたのです。さらに日本の軍事行動が、一方的に私利私欲に駈られた「侵略」だったろうか?そうでなかったことは明らかです。

それでは大東亜戦争あるいは日中戦争は自衛戦争か、それとも過剰防衛だったのか。当時の日本人はそれを、中国の反日侮日の理不尽な挑戦や米・英との衝突における正当防衛だったと考えているものが多かったのです。

東京裁判を命じた「敵の将軍」ダグラス・マッカーサーは、後に日本の大陸進出を肯定した発言をしています。戦後の朝鮮半島で南下してくるソ連に中国共産主義の巨大な脅威を目のあたりにして、日本の大陸進出が、平和を守るための自衛の戦いだったことを理解するに至っています。

マッカーサーは対中国強硬姿勢に転じてトルーマン大統領から最高司令官を解任された後、米上院外交委員と軍事委員会の合同会議で、「太平洋戦争は日本にとって正当防衛の戦争だった」と発言しています。理論・情緒・政治的配慮から歴史を語ってはならない。大切なのは、歴史の「現実」を直視することなのです。

日本から朝鮮半島に回した米軍の穴を埋めるため、吉田茂首相に7万5000人の警察予備隊の創設を命令しました。これが現在の自衛隊になるわけですが、マッカーサーは連合国軍総司令部(GHQ)が作成した米国製の日本国憲法第9条を伺うものともいえます。戦争放棄を定めた日本国憲法第9条は、どこから見ても米国製です。

日本に戦争を放棄させ、安全保障をアメリカ頼みにさせたのはマッカーサーなのです。日本の指導者よりも、広島、長崎に原爆をおとし、東京、神戸を始めとする大都市に焼夷弾による爆撃をかけ、女性、子供、老人といった非戦闘員を何十万人と焼き殺した、トルーマンにこそA級戦犯とう事を言う事を石原莞爾は東京裁判で「私に証言させろ」とマッカーサーへ言ったそうです。

我々の石原莞爾平和思想研究会の前身である「東亜聯盟」の書籍はマッカーサーによって発禁に追い込まれました。石原莞爾が書き記した日記を長い間、私の父が隠し持っており後世に残すべきと判断して世に出した。幸い、石原莞爾平和思想研究会の同志には作家や書店・出版社、流通業者などがいるので多くの資料が集まっています。

私は保管するだけで、理解も出来ず目を通せませんが、個人所有の本だけでも莫大な資料が保管されています。今も古本屋や図書館に寄贈した本まであります。古い本は、朽ち始めてしまいます。価値のある史料として、恒久平和の礎を築くためにも多くの方と研究を重ねていきたいと思っています。

 





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東京裁判で感じたこと
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/02/03(月) 19:06
No. 7734
 
 
東京裁判は、ニュールンベルク裁判と同じく、原告は「文明」だと叫ばれ、将来の戦争防止が裁判実施の目的だと強調されました。さらに、この裁判は新しい国際法概念を生み出すものだといわれています。

原子爆弾まで含めた戦禍に苦しんだ当時として、このように指摘された東京裁判の意義は、平和を願うものとして、多くの日本人に受け入れられました。処刑された5人の陸軍大将、1人の陸軍中将、1人の文官重臣の死も、そういった平和な新世界の到来を求める祈りの象徴とみなされたと言えます。

ところが、その後、東京裁判の効果と反応は意外なほど、消極的であるとしか思えません。新たな国際法概念を確立するものだと強調されていましたが、その後の国際紛争の経過を見れば、そこに東京裁判の意思が実現された事例は1度もありません。

「戦争を裁く」という法概念も、所詮は戦勝国対敗戦国という特殊な関係でなければ執行できないことを、あらためて確認させられる想いでした。日本人の反応にしても、ひたすら大東亜戦争をはじめ日本が行った戦争すべて侵略戦争とみなしました。

日本人自身がみずからを侵略者と規定して、国家意識と軍事問題に関しては極度の萎縮作用を示す姿勢がうかがわれるだけでした。過去の日本の政治体制が一種の無責任体制であり、戦争を含めた政治行為の多くが、その無責任体制の産物であったとは、しばしば指摘されるところです。

東京裁判は、その点についても深刻かつ明確な検討の機会を与えたはずなのですが、東京裁判の建設的な効果は、殆ど見当たりません。さらにいえば、戦後の日本と国際社会に対して、東京裁判は歪んだ方向づけをしたのではないかと感じられます。

その一例として、アメリカの教科書は原爆のおかげで、本土決戦で死ぬはずの日本人の命は救われたと書いています。日本はというと「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」と碑を広島に建てたのは日本人です。

これでは日本人が原爆を投下したことになります。東京裁判のインドのパール判事が来日した時におかしいと言ったのに改めないし、新聞もテレビでも報道しないのです。靖国神社を参拝すると決まってA級戦犯の問題が出てきますが、東京裁判それ自体、戦勝国が敗戦国を裁く見せしめに処刑されているわけです。

何処の国でも自国のために命をはったのだからお墓に埋葬されるのも当然だと思うのです。日本の指導者よりも、広島、長崎に原爆をおとし、東京、神戸を始めとする大都市に焼夷弾による爆撃をかけ、女性、子供、老人といった非戦闘員を何十万人と焼き殺した、連合国こそA級戦犯ではないのでしょうか。しかし、日本人はそのことを言いません。

東京裁判を命じた「敵の将軍」ダグラス・マッカーサーは、後に日本の大陸進出を肯定した発言をしています。戦後の朝鮮半島で南下してくるソ連、または中国共産主義の巨大な脅威を目のあたりにして、明治以来の日本の大陸進出が、極東の平和を守るための自衛の戦いだったことをようやく理解するに至ったのです。

さらに、有名なイギリスの歴史学者、H・ウェルズは終戦直後、大東亜戦争で日本が果たした世界的役割について、「大東亜戦争は大植民地主義に終止符を打ち、白人と有色人種の平等をもたらし、世界連邦の基礎を築いた」と述べています。

このような世界民族平等の理念は、現在の国際連合発足の基礎にもなったものです。大東亜戦争はアジア解放のための戦いだったのです。結果的に日本は敗れたとはいえ、その戦争目的は最終的に達成されました。これをどうして「侵略」とただ単純に東京裁判で裁くことができるだろうか。

マッカーサーは米上院外交委員と軍事委員会の合同会議で、「太平洋戦争は日本にとって正当防衛の戦争だった」と発言しています。理論・情緒・政治的配慮から歴史を語ってはいけません。大切なのは、歴史の「現実」を直視することなのです。

石原莞爾将軍が、亡くなられるまでの間、私の父は身の回りの世話をしていて、東京裁判では将軍をリヤカーに乗せて運んだ人物の一人です。様々な石原莞爾将軍のお話を父からお聞きしました。

第二次世界大戦で、人類最初の原爆の洗礼を受けて再起不能と思われながら、遠からず地球上に日本の時代が来るとまで驚嘆せしめるほどの発展を遂げた我が国も、物質至上主義、経済優先の弊害と、消費生活中心の都市型文化の行き詰まりを予言したのは石原莞爾です。

勝者の敗者に対する裁きは、東京裁判がその象徴例で、日本を一方的に断罪し、その呪縛は強烈で、今でも日本人の歴史観を拘束しているほどです。戦乱に慣れているヨーロッパの国々は、負けても戦のつねとして、直ぐに再起を考えるが、平和慣れで、米国にマインドコントロールされている日本は再起不能の状態で、半世紀以上が経った今ですら敗戦国意識を引きずり、トラウマとなっているのです。

 





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豊かさとは何か
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/02/03(月) 19:05
No. 7733
 
 
読売新聞の全国世論調査で日頃の生活で、豊かさを感じる事がある人は7割を超えている事が明らかになりました。思春期の若者の自殺者が増加しているのに大半の日本人は日常の生活の中に何らかの「豊かさ」を見いだし、それほど悲観的になっていないことがわかりました。

豊かさを感じることがある人は、計73%で、年代別では、それほど差はありませんが、男女別だと、男性が68%、女性が77%と10%の差が開きました。世帯年収別だと、1000万円以上では豊かさを感じることがある人は計89%で、年収が下がるにつれて減り、200万円未満では計58%と、経済的環境と豊かさに一定の関係が見られました。

その一方で、物と心の豊かさのどちらを重視するかでは、心の76%が物を大きく上回りました。豊かさとはどういうことかでは、「仲のよい家族や友人に恵まれる」61%、「健康で長寿をまっとうできる」59%、「生きがいのある生活を送れる」57%でベスト3でした。だが、現在の世の中は、物質的な豊かさを求める人間を増加させています。

それがエリートコースと結びつき、よい学校に入れたい親の気持ちに拍車をかけ、知的能力ばかりに拘って子供を育てる状態を引き起こしているのだと思うのです。その犠牲になっている子供がたくさんいることを知る必要があります。

思春期以後の登校拒否時や家庭内暴力・学習意欲を喪失した子供の相談は、我が国の相談施設では増加の一途をたどっているのです。歪みが表に現れないままに育った子どもは、情緒が不安定であり、自発性も芽生えないままに、学校生活を終えてしまった子供、つまり、潜在的に問題をかかえている子供の方が、心配な子供です。

社会に出て、人生の荒波に出会ったときに、適切な判断ができなかったり、ノイローゼになったり、心身症を起こしたりする可能性が大きく、豊かな人生を送ることができない場合が多いのです。さらに現代の豊かさを支えているのは大きな力はエネルギーです。便利さの追求は、エネルギーの消費を膨大にしています。

大量消費しているエネルギーの殆どが、石油、石炭、天然ガスなどの化石燃料です。その化石燃料の限界が現在問題になっています。化石燃料は、何十億年という地球の歴史の中で育まれてきたものです。我々はそれを、歴史的時間から見ればほんの一瞬で使い地球温暖化に拍車をかけています。
 
その豊なエネルギーで、地球の恵みを戦争によって奪い合う文明のあり方に終止符を打たなければならない時が来ました。文明の悪を浄化し地球の恵みを人類の福祉と地球の再生に向け、地球は一つという、宇宙に開かれた惑星に目覚めなければならないと思うのです。

国同士がひとつになり対話する勇気があれば、理解の門を開くことができます。戦争でしか物事の解決が出来ない人々に新たな方法を知らせなければなりません。戦争が悪と知りつつも人類には刺激を求めてしまう本能があります。

刺激に麻痺した心を解放する感動が平和運動になければ、人々はそこに魅力を見出せなくなってしまいます。心の豊かさを求めているのであろうユダヤ教・キリスト教・イスラム教をはじめ、世界のあらゆる宗教に対して、争いをやめ、絶対同士の共生を呼びかけるのです。

ホームページに掲載の西山の砂浜の、松林の一盛りの土の中、石原莞爾や同志の墓に眠る我が父のその一生は、豊かさとは何か、文明とは何か、進歩とは何か、平和とは何か、平等とは何か、人間とは何かという、根源的な問い、グローバルな観点から今日に至っているということ教えてくれました。

 





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中国という獅子を起こすな
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/02/03(月) 19:04
No. 7732
 
 
中国外交の押しの強さがめだちます。「戦狼」と呼ばれる、けんか腰の中国大使たちについては、どうお考えですか。

マブバニ ケ小平の頃の中国外交はいまよりも謙虚でしたが、微力でした。当時の中国経済は、購買力平価で見てもアメリカの10分の1でしたからね。いま中国のGDPは、購買力平価で見ればアメリカを上回っています。だから中国は堂々と外交を展開しているのです。

中国の外交官の一部に不心得者がいて、その人たちが「戦狼外交」をして、フランスなどの国で煙たがられています。ただ、駐米中国大使の崔天凱(インタビュー当時)などのように、説得力をもって状況を落ち着かせようとしている外交官もいるのです。中国の外交官が全員、戦狼になったわけではありません。

中国はインド、台湾、日本、南シナ海などで国境線を変更しようとしていると批判されています。中国の膨張主義はアジアの平和に対する脅威ではありませんか。

マブバニ 中国は膨張主義ではありません。膨張主義の国家は、軍隊を使って領土を征服して拡張していきます。中国はこの4年間で一度も戦争をしていない唯一の大国で、最後の戦争は1979年の中越戦争です。

1980年代後半にベトナムとの小衝突がありましたが、その後、中国の軍が発砲したこともありません。2020年6月にインドとの衝突で死者が出ましたが、そのときも銃器は使われていませんでした。

中国は世界のどこに対しても領土征服の意欲を抱いていないのです。中国は強くなるにつれて堂々と要求するようになっており、それが一部の国々を不安にさせています。しかし、世界はあらゆる手段を使って中国が平和的な国家でありつづけるようにしなければなりません。中国を武力で領土拡大を狙う国家にしてはなりません。

ナポレオンの有名な言葉のとおりです。「中国という眠れる獅子を起こすな。目覚めれば世界全体が揺れる」西側諸国の政策の多くは軽率であり、中国を眠らせずに、目覚めさせているところがあります。

中国には台湾への武力行使を主張する人もいます。どうして中国の指導者たちは、ナショナリズムを抑えようとしないのでしょうか。ナショナリズムは、中国の発展を損ないかねません。

マブバニ 台湾の問題を理解するには、1842年のイギリスへの香港割譲から1949年の中華人民共和国建国まで、中国が耐え忍んだ「百年国恥」に遡らなければなりません。台湾は1895年に日本に割譲されています。

中国側にしてみれば、台湾はつねに中国の一部だったのです。またアメリカは1971年に中華人民共和国との国交を回復しはじめてから中国と台湾は一つの国だと認めています。いわゆる「一つの中国」政策ですね。

問題は、この二つの制度がいつ再統一されるか。世界中のすべての人が平和的な再統一を望んでいます。そのためには台湾を独立国にしようとするあらゆる試みを排さなければなりません。

台湾が独立国になろうとすれば、中国軍は介入せざるをえないでしょう。習近平などの中国の指導者が、台湾の独立の問題で弱腰になれば、その政権は中国の人民によって転覆されてしまうからです。

 





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石油がピークを迎えた年
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/02/03(月) 19:02
No. 7731
 
 
2021年5月18日、国際エネルギー機関(IEA)が発表したロードマップは衝撃的でした。2050年までのカーボンニュートラルを念頭に、世界で初めてエネルギー変革を包括的に研究した行程表 「Net Zero by 2050」では、エネルギー業界を始め、あらゆる産業界の形を根本的に変えかねないポイントが列挙されていました。

・新規の化石燃料供給プロジェクトへの投資を即時取りやめる
・CO2削減対策のない石炭関連プラントへの投資決定を行わない
・2030年までに世界の自動車販売の60%を電気自動車にする
・2035年までにガソリン駆動の乗用車の新規販売を停止する
・2040年までに世界の電力部門におけるCO2排出のネットゼロを達成する
・2050年までに発電の約90%を再生可能資源由来にする
・2050年には太陽光と風力を発電の70%にする
・総エネルギー供給で現状5分の4を占める化石燃料を2050年に5分の1に縮小する

上記は、主なポイントを列挙しただけですが、これだけで一般庶民の生活にも大きな影響が及ぶのを避けられないことが分かるでしょう。さらに、もし宣言各国がカーボンニュートラルを実現したとしても、2050年にはCO2が220億トン分排出され、2100年には世界の平均気温が50%の確率で21℃上昇するといいます。

IEAは「これ以上取り組みが遅れれば、2050年までのネットゼロ達成は困難になる」と指摘しています。この報告が衝撃的だったのは、もちろんその内容のインパクトもありますが、もう一つは発表主体がIEAだったことです。

というのも、IEAとは、1973年のオイルショックをきっかけに、OPEC(石油輸出国機構)に対抗するため、当時のヘンリー・キッシンジャー米国務長官の呼びかけで日本を含むOECD諸国(経済協力開発機構)によって創設されたものです。

つまり、エネルギーといっても、かなり石油に軸足を置いた存在だったのです。その石油界の権威ともいえるIEAが、新規の化石燃料プロジェクトへの投資の即時停止を求めたのだから、世界中に衝撃が走るのも無理はない(逆に、ネットゼロが不可能に近いことを伝えたかったとする説もあるほど)。

ここにも2020年までのカーボンニュートラル・ラッシュの影響が見て取れますが、とはいえ、そもそもこの5年で、世界の石油をめぐる議論はすでにかつてとは大きく変わっていたのも事実です。

「10年以上前に『石油の終わり』、つまり石油供給のピーク (Peak Oil)がまもなく来ると予測する声がありました。つまり、世界で原油不足がやってくると。しかし、今や議論は真逆になり、石油需要のピーク (Peak Oil Demand)が論点になっているのです。つまり、いつ石油の消費がピークを打ち、落ち始めていくのか、である」

ダニエル・ヤーギンは 『The New Map』 (未邦訳)の中で、こう指摘しています。実は1859年に石油が世界で初めて採掘されるようになって以来、今にいたるまで、その需要は常に増加を続けています。

日本と欧州ではすでにピークを過ぎていますが、世界の総人口は、途上国を中心に増え続けているわけで、石油の需要も中国・インドの二大大国が牽引する形で今も伸びているのです。しかし、新型コロナウイルスの到来がすべてを変えました。

人々は移動を控え、世界を飛び回ることもなくなった。これに伴い、石油の需要は、歴史上前例のないレベルで落ち込んだのです。経済が戻りましたが、石油の需要は元には戻ってこないかもしれない。こんなシ ナリオを予測し始める声は大きくなっているのです。

 





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プレートとは何か
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/01/28(火) 07:46
No. 7730
 
 
地球はほぼ球形で半径約6400q、地表から中心に向かって、地殻・マントル(上部マントル・下部マントル)・核(内核・外核)という球殻構造をしています。地殻とマントルは岩石、核は金属からできています。

地球は深くなるほど温度が高くなるため、地表付近の岩石は「硬く」、深いところにある岩石は「やわらかい」状態です。地殻と上部マントル浅部の温度が低く硬い岩盤の領域をリソスフェアといい、この部分がプレートと呼ばれます。

プレートとは地球表面を覆っている薄殻のようなものなのです。地球表面を覆うプレートは大陸プレートと海洋プレートに分けられます。大陸プレートとはユーラシア大陸やアフリカ大陸などの「大陸」をのせた軽いプレートです。

一方、海洋プレートの多くは海面下にあり、大陸プレートよりもやや重い岩石で地殻が構成されています。地球表面を覆っているプレートの数には諸説ありますが、太平洋プレートやユーラシアプレートのような大きなプレートは十数枚あります。

そして、大きなプレートの間を埋めるようにたくさんの小さなプレートがあります。それらのうち日本列島周辺にあるのは大陸プレート二つ、海洋プレート二つの合計四つのプレートです。

少し古い教科書には、東北日本は北アメリカプレート、西南日本はユーラシアプレートに属すると書かれていますが、最近、東北日本はオホーツクプレート、西南日本はアムールプレートに属すると考えられるようになってきました。

二つの海洋プレートは古くて冷たい太平洋プレートと若くて温かいフィリピン海プレートです。太平洋プレートは太平洋の大部分を占める世界最大のプレートで日本列島周辺では北海道〜東北〜関東〜伊豆・小笠原の下に沈み込んでいます。

フィリピン海プレートは関東〜西南日本〜九州〜沖縄の下に沈み込んでいます。運動する二つのプレートが接する境界はその運動のタイプにより三つに分類されます。一つはプレート同士が遠ざかる発散境界です。

発散境界(海嶺)では、遠ざかるプレートの間を埋めるように新しいプレートが誕生します。 プレート同士が水平にすれ違う場所もあります。横ずれ境界です。アメリカ西海岸のサンアンドレアス断層は有名な横ずれ境界です。

また、あるプレートが別のプレートの下に沈み込んだり、衝突したりする収束境界もあります。多くの収束境界では重い海洋プレートが軽い大陸プレートの下に沈み込みます。 プレート沈み込み帯です。日本列島はプレート沈み込み帯に位置しています。

 






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