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  軍部が怖くなった広田弘毅  仲條拓躬2025/12/29(月) 14:25 
  日本は軍縮会議から離脱  仲條拓躬2025/12/29(月) 14:23 
  自由な上海で中国共産党が誕生  仲條拓躬2025/12/29(月) 14:21 
  アンモニアという独自技術  仲條拓躬2025/12/25(木) 14:54 
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  アインシュタインが相対性理論  仲條拓躬2025/12/23(火) 19:32 
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  日本は火力大国へと変貌  仲條拓躬2025/12/23(火) 19:28 
  自衛隊のイラク派遣について  仲條拓躬2025/12/23(火) 19:26 
  小話2025年12月分下  仲條拓躬2025/12/23(火) 19:23 






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軍部が怖くなった広田弘毅
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/12/29(月) 14:25
No. 8088
 
 
ヒトラーがラインラントに進駐した1936年、日本では226事件が起きて軍部独裁が進みます。さらに総理大臣の広田弘毅が、軍部大臣現役武官制を復活させます。もともとは山縣有朋が1900年につくった制度で、「陸軍大臣、海軍大臣は現役の軍人でないといけない」というものです。

これは山縣の悪知恵で、内閣ができても、軍部が大臣を出さなければ、内閣は倒れてしまいます。さすがに「こんな愚かな制度があるか」ということで、海軍出身の山本権兵衛が総理大臣のときに「現役」という条件を外し、OBでもいいことにしました。

これなら、内閣は軍部のいいなりにならなくて済みます。それを、軍部が怖くなった広田弘毅が元に戻してしまったのです。日本の政党政治は骨抜きになります。中国では、蒋介石の国民政府が共産党の打倒に乗り出し、攻撃していました。

共産党は、大長征で逃げ回ります。逃げ回る途中でリーダーになったのが、毛沢東です。そして1936年、西安事件が起きます。張学良が若いときはアヘンを吸って遊んでいるプレイボーイでしたが、実は根性があります。

お父さんが殺されると、蒋介石の国民党と結んで日本に抵抗を始めたのでした。この張学良が西安で、上司の蒋介石を監禁して、こう迫ります。「今、日本が中国に攻めてきているのに、共産党と喧嘩している場合か。一致団結して日本を倒すのが先だろ」と。

毛沢東は、周恩来を西安に送り込みました。西安で、周恩来と蒋介石、張学良が話しあい、 蒋介石は解放され、国民政府と共産党が協力して、日本に対抗しようということになりました。けれど、蒋介石はものすごく執念深い人で、自分を監禁した張学良を許さず、その後、長く拘束しました。

第2次世界大戦後に台湾に逃げたときも、蒋介石は張学良を連れていき、拘束を解きませんでした。解放されたときには晩年を迎えていました。100歳まで生きて、回顧録を残しています。立派な人です。1937年、 盧溝橋事件が起きて、日中戦争が始まります。

首相の近衛文麿は翌年、「爾後、国民政府を相手にせず」という声明を出します。おかしいです。戦争している相手を「相手にしない」とは、どうやって戦争を終わらせるのかという話です。日露戦争を始めるときは伊藤博文が終わらせ方まで考えていました。

それに比べると、いかに国の指導者の能力が落ちていたかということです。相手にしないということは、交渉するという選択肢を自ら捨てることです。交渉しない以上、中国全土を攻め落とさない限り戦争は終わりません。泥沼への突入です。石原莞爾が中国と戦争をしてはいけないといい続けたのがよくわかります。

 





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日本は軍縮会議から離脱
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/12/29(月) 14:23
No. 8087
 
 
「7」と「6.975」の違いが許せない日本は、グランドデザインを見失い、国際協調の枠組みから自ら離脱していきます。1930年に開かれたロンドン軍縮会議は、巡洋艦や駆逐艦などの保有量を決める会議でした。

日本が要求したのは、対英米比で「10:7」で、 最終的に「10:6.975」で妥結しました。 限りなく「10:7」に近いです。首相の浜口雄幸が粘ったからです。ところが、天皇陛下が「10:7」と決めたのに、「10:6.975」で妥協したのはけしからんという、 めちゃくちゃな理由で、浜口は殺されてしまいます。

そして1936年、日本は軍縮会議から離脱します。なんと愚かなことでしょう。当時、アメリカのGDPは日本の3倍以上ありました。 つまり、 軍縮会議がなければアメリカは、日本の3倍以上の艦隊をつくれるわけです。

アメリカは大西洋と太平洋に面していますから、艦隊が10あったとして、太平洋側の日本に向けられるのは半分の5です。アメリカの6割の規模の艦隊があれば、日本の方が有利です。それなのに 「6.975 はけしからん」などといって交渉が決裂すれば、アメリカは日本の3倍くらいまでやすやすと艦隊を強化できるわけです。

明治維新のグランドデザインは、阿部正弘が開国に際して示した「開国・富国強兵」です。この3大方針のうちの「開国」、すなわち国際協調を、日本は捨ててしまいました。張作霖を殺害した日本軍は、満洲でさらに柳条湖事件を起こします。

1932年には、清朝最後の皇帝の溥儀を祭り上げ、満洲国の建国を宣言します。これは放っておけないということで、国際連盟がリットン調査団を満洲に派遣します。リットン調査団は報告書を出しましたが、これが大甘でした。

「満洲国の主権は中国にある」といいつつ、「日本の権益も尊重する」というのです。だから「非武装の自治政府をつくることを提案する」と。満洲の主権が中国にあるのは当たり前の話です。では「日本の権益」とは何でしょう。

勝手に軍隊を送り出して中国から奪い取ったものです。こんな大甘な報告書ですから、「はい、わかりました」と認めてしまえばよさそうなものです。こんな幸運を、日本は自ら蹴とばします。満洲国の承認にこだわって1933年、国際連盟から脱退します。

この年にアメリカで大統領に就任したのが、フランクリン・ルーズベルトです。ルーズベルトは、公共事業に投資するニューディール政策を進め、経済を立て直していきます。ドイツでは1932年7月、ナチスが第1党になりました。

翌1933年1月、大統領ヒンデンブルクは、ナチスの党首ヒトラーを首相に指名します。 ヴァイマール共和国の重鎮は、ヒトラーを操れると思っていたのです。なにしろ最初のヒトラー内閣では、閣僚が20数人いるなかで、ナチスからの入閣はわずか3人でした。

同年2月、国会議事堂放火事件が起きます。ヒトラーは、これを「共産党の仕業だ」と喧伝すると、3月には全権委任法を強引に成立させて、独裁体制を築いてしまいます。放火事件にはナチスが深く関与していたといわれます。1934年、ヒンデンブルクが死去すると、ヒトラーは首相と大統領を兼務し、「総統」と呼ばれるようになります。

これを「第3帝国」と呼びます。神聖ローマ帝国、そしてビスマルクがつくったドイツ帝国に続く3番目の帝国という意味です。日本に続いて、ヒトラーのドイツも、ムッソリーニのイタリアも国際連盟を脱退しました。国際協調の時代は終わりを迎えつつあるのです。

 





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自由な上海で中国共産党が誕生
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/12/29(月) 14:21
No. 8086
 
 
中国の上海には、いろんな租界がありました。いわば列強の植民地です。租界には中国の権力が及ばないので、自由がありました。だから 中国共産党は1921年、上海のフランス租界で誕生しています。

韓国の若き独立運動の志士で、やがて大統領になる李承晩も1919年、やはり上海のフランス租界で臨時政府をつくっています。上海はある意味、自由な街でした。ロシアは、第1次世界大戦中にレーニンが革命を起こし、戦線から離脱していました。

その後、内戦が続いていましたが、1922年、ロシア共産党が勝ち抜き、スターリンが書記長になって、ソビエト連邦が成立します。世界は国際協調と軍縮の時代に入ります。 第1次世界大戦では戦車や戦闘機、毒ガスも登場して、凄惨なことになりました。

「さすがにやりすぎた」「こんな愚かなことをやってはいけない」と、みんなが反省したのです。1921年、ワシントン会議が開かれます。史上初の軍縮会議です。ここで英米仏日の4カ国条約が結ばれました。この時、日英同盟は破棄されました。

ロシアが混乱に陥ったので不要になったということもありますが、中国で火事場泥棒を働いた日本に、欧米が疑惑の目を向けたという事情もあったようです。1925年、ドイツとフランスが、「もう喧嘩はやめよう」と、ロカルノ条約を結ぶと、世界は明るい空気に包まれました。

しかし、同じ1925年にヒトラーの著書 『我が闘争』 が出版されています。中国では、孫文の跡を継いだ蒋介石が、 北京の軍閥政府を倒すために動き始めます。 そして1927年、南京に国民政府をつくります。 孫文は第1次国共合作で共産党と手を組みましたが、 蒋介石は反共クーデターを起こして決裂します。

日本はこれを機に、山東半島に出兵します。蔣介石の軍が北京に入ります。すると、北京で軍閥政府を取り仕切っていた張作霖は北京を捨てて、特別列車で故郷の満洲に向かいます。この列車を日本軍が爆破し、張作霖を殺害します。

張作霖は満洲の大軍閥の総帥で、張学良という子どもがいました。張学良は、アヘンを吸ってはガールフレンドと遊んでいます。「この息子なら簡単に操れて、満洲の利権を奪える」と考え、お父さんを殺したのです。これに張学良は激怒し、宿敵の国民党政権と組んで、日本に抵抗を始めました。プレイボーイでも、中国人の魂を持っていたのです。

 





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アンモニアという独自技術
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/12/25(木) 14:54
No. 8085
 
 
現在建設中の火力発電所も、最初は石炭を使いますが、順次アンモニアに変えていくといいます。日本に再エネの先端産業がない今、政府とエネルギー業界が期待をかけているのが、残された数少ない独自技術「アンモニア」です。

突然、アンモニアと言われても「尿」や「臭い」のイメージしかないかもしれませんが、今、少なくとも日本のエネルギー界においては一つの大きなトピックになっています。アンモニアの化学式はNH3であり、これを燃焼しても、CO2が出ないという点が注目を集めているのです。

そして、これを火力発電に活用することで、2050年までに「ゼロエミッション火力」を実現するという壮大なプランをぶちあげたのがJERAです。JERAは洋上風力事業にも注力しているものの、その根幹にあるのは、やはり火力発電です。

日本のCO2排出の4割を占める火力発電のうち約半分を担うJERAが、2050年までのカーボンニュートラルを宣言する中で導き出した一つの答えが「アンモニア」でした。現在の火力発電は、燃料に石炭を使うものとLNGを使う2種類があります。

石炭を使う発電所は『ボイラー型』、LNGを使う発電所は『タービン型』と呼ばれていますが、我々が目指すのはボイラー型発電所の燃料を、石炭からアンモニアに変えていくことです。さらに、タービン型の燃料を水素に変えていくのです。

アンモニアや水素はCO2を出しません。これらを石炭とLNGに混ぜて燃やすことで、発電量はそのままでCO2を削減することができます。この組み合わせこそ、最も早くてコストも小さい火力の脱炭素化だと思っていますと、JERAの奥田久栄副社長はその狙いを打ち明けています。

実際、JERAはすでに2021年6月から、愛知県の碧南火力発電所の燃料にアンモニアを混焼させる実証実験を始めており、2024年に20%へ混焼割合を引き上げることを目指しています。そして最終的には、2050年までにアンモニアだけを燃やす 「専焼」につなげて、CO2排出をゼロにしたい考えです。

その過程で2030年までに、非効率な石炭火力をすべて停廃止するというのです。先述の通り、アンモニアの化学式はNH3であり、水素(H)を含むことが特徴です。このため、政府の戦略では「水素・アンモニア」と一つの括りで紹介されることも多いのです。

欧州や中国が力を入れる水素ではなく、あえてアンモニアを本命視する背景には、水素という新しいエネルギー資源においても日本は「輸入国」にならざるを得ないという事情があるからです。水素は、現在ブルー水素やグリーン水素といった区別がされており、今後は100%再エネから作られる「グリーン水素」が主流になってくるでしょう。

しかし、前提条件として、再エネによる発電量が大きく余っていないと、通常の電力需要を賄った上で水素の製造に振り向けることができないでしょう。このため、水素生産地として有力視されるのはノルウェーやオーストラリアなど、広大な敷地を背景に再エネが余る国々です。

一方で日本は適地も少なく、再エネの導入率を上げるので精一杯のため、結局は水素も輸入に頼ることになるのです。しかし、実は水素を輸送する手段はまだ確立されていません。そのため、水素を窒素と化合させてアンモニアに変えた上で輸送するというのが、現実的な選択肢なのだといいます。

「(オーストラリアのように)水素が地産地消で使えるところは、わざわざアンモニアを使う必要はありません。諸外国でアンモニアが注目されない理由はここにあります。そして一度水素から作ったアンモニアを、輸入後にもう一度水素に分解するよりは、直接燃やしたほうがロスは少なく、低コストで環境に良い。ボイラー式の発電所であればアンモニアを上手に燃やせると踏んだので、まず直接燃やすことにしました」と奥田氏は話す。

 





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宇宙の中心はどこ
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/12/23(火) 19:34
No. 8084
 
 
宇宙の中心が地球であると考えられていたのは、太陽や月、星々が、毎日地球のまわりを回っているように見えたからです。コペルニクスは、地球中心の天体理論の限界を悟り、太陽中心の理論を打ち立て、従来の説を覆しました。

太陽は速いスピードで動いています。地球は太陽のまわりを秒速約30km (時速10万km以上)で公転し、太陽は天の川銀河の中心のまわりを時速約86万kmで公転しています。銀河の中心から太陽までは約2万6000光年ですが、太陽は2億年以上かけて天の川銀河の中心を回っていると考えられています。

銀河系の直径は約10万光年、太陽は銀河系の中心から約2万6000光年の位置にあります。太陽系全体はいて座の方向に向かって、秒速240kmで移動しています。コペルニクスの時代、宇宙とは太陽系や遠くの星々のことでした。

遠くの星までの距離は分からず、宇宙全体の大きさも未知でした。星雲と呼ばれる天体の多くが天の川銀河に似た別の銀河であることが分かったのは、1920年代のことです。 しかも、宇宙全体は、風船をふくらましたように膨張していることも同時に分かりました。

風船の表面全体を宇宙にたとえると、どこかを中心に決めると、そこからほかの天体は飛び去って行くように見えます。これはどの天体を中心にしても同じです。つまり、宇宙全体には、ここが絶対的な中心だと言えるところは、どこにもないのです。私たちの銀河をふくらむ風船の表面を宇宙にたとえると、ここが本当の中心と言えるところはないのです。

 





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アインシュタインが相対性理論
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/12/23(火) 19:32
No. 8083
 
 
光の速さは真空中では、秒速約30万kmです。1905年、アルベルト・アインシュタインが発表した論文の中で、光の速さは宇宙のどこであっても一定であることを示しました。ちなみに、光が水などの媒質中に入ると、少し遅くなります。

光の速さはいつ分かったのかというと19世紀中頃のことです。光の速さを史上初めて科学的に求めたのは、デンマークの天文学者オーレ・レーマー (1676年)でした。 レーマーは天体現象を利用して光の速さを求めたのですが、大きな誤差がありました。

地上で初めて光の速さを測ることに成功し、本当の速さに近い値を出したのは、フランスの物理学者アルマン・フィゾー (1849年)です。雷が光っても、すぐに音がしないのはなぜかというと音の速さが、光の速さより遅いからです。

雷の光は音より先に届きます。音速は常温の空気中では秒速約340m、水蒸気中では約470m、水中では約1500mと速くなりながら変わりますが、光速は音速の約90万倍近くあります。このため雷の音は、光を目にしてから耳に届くことになるのです。

光より速いものって、物質のなかにはありませんが、超光速はあります。宇宙は、物質も空間も時間もないところから、突如想像を絶するエネルギーとともに誕生したと考えられています。このとき、空間と時間、すなわち「時空」も誕生しました。

最初、目に見えないほど小さかった時空は、誕生後、光速をはるかに超えるスピードで一気に広がり、現在のような広大な宇宙となりました。宇宙にある物質は光速を超えられませんが、物質を入れている時空は物質ではないので、光速度の限界には縛られません。

こうして宇宙全体は、現在も超光速で広がり続けていると考えられています。宇宙は138億年前のインフレーションという猛スピードの膨張から始まり、ビッグバンでさらに拡大し、現在も膨張を続けています。

観測では、宇宙が始まってから38万年後以降の様子が分かっています。アルベルト・アインシュタイン (1879〜1955年)は、スイスの特許局で技術者として働きながら物理学を研究し、1905年に3つの画期的な論文を発表しました。

そのうちの1つ「動いている物体の電気力学」という地味なタイトルの論文が世にいう特殊相対性理論の論文です。この論文でアインシュタインは、光速度は一定であり、当時真理とされていたニュートン力学は、物体が光速に近づくと成り立たなくなる近似的な理論であることを示しました。

アインシュタインが相対性理論で示したこと
@どんな物体も光の速度(光速)を超えられない A 光速に近づくと、外からは縮んで見える B運動している物体は、時間がゆっくり進む C重力が強いところでは、時間の経過が遅くなる D 重力があるところでは、まわりの空間がゆがむ E物体には、莫大なエネルギーが潜んでいる (CとDは、1915−16年発表の「一般相対性理論」の結論)

 





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石炭しか頼れなくなった
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/12/23(火) 19:30
No. 8082
 
 
火力への依存を深める中で、石炭火力への再評価は進みました。LNG火力は一般的に、ミドルロードと呼ばれ、再エネ発電の周波数変動を吸収するための小回りが利く電源として認識されており、常に安定して大規模な出力のできるべースロード電源ではありません。

それまでベースロードを担ってきた原発がほぼ全停止となったことから、日本では発電コストだけで見ると安い石炭火力を重視する流れが出来上がってきたのです。2010年代は、日本中の電力会社が滑り込みのように石炭火力の計画を打ち出しました。

その理屈は、最新鋭の石炭火力発電はほぼ稼働していない老朽石油火力発電よりはCO2排出量がマシであること、もう一つはガス会社も参入できるLNG火力と比べると、石炭火力なら電力会社が競争力を保てるということも背景にありました。

当時の、資源エネルギー庁は、地方電力が進めるLNG火力計画さえも石炭火力に置き換えようという議論が真剣に行われているほどでした。このように、福島原発事故という世界エネルギー史上に残る悲惨な事故を受け、日本が火力へと一気にシフトしたことは現実的に唯一の選択肢であり、火力発電が間違いなく、その後の日本の安定供給を支えてきたことは歴然たる事実です。

ただ世界を見ると、この日本の火力シフトの時期は、まさに世界がパリ協定へと向かっているタイミングでした。そんなタイミングに、日本では自国特有の事情を重視するなかで「安定供給のためなら脱炭素は後回しでいい」もしくは「本気で脱炭素したいなら原発を動かす」というスタンスが支配的になったことも、重要な事実でしょう。

もう一つ、この時期の日本のエネルギー界の重要な転換点として指摘しておきたいのが「太陽光バブル」です。2012年7月、野田佳彦政権は「再生可能エネルギー特措法」を施行します。再エネのFIT (全量買取制度)を盛り込んだこの法律が、日本の再エネ拡大に大きなインパクトをもたらしたのは間違いのない事実でしょう。

だが、同時にエネルギー業界に少なからぬ歪みも生んだのです。このFITは、福島事故後に再エネへの関心を一気に強めたソフトバンクグループの孫正義社長が、菅政権と資源エネルギー庁の部長を巻き込む形で強力に推進したものですが、その結果、太陽光発電の買取価格が1キロワット時当たり4円(20年買い取り保証)と異様に高いものになりました。

これが「太陽光バブル」をもたらしました。特にコスト削減努力をしなくとも、参入すれば誰でも稼げる価格設定であったため、エネルギーに全く関心のない企業や、ときにはグレーな企業までも参入し、太陽光発電で稼ごうとする流れが一気に起きたのです。

しかも、そうした企業が発電する不安定な太陽光の電力を制御するのは、送配電を担う電力会社になります。このバブルが、もともと再エネに前向きではなかった電力会社がより再エネにアレルギーを感じるようになる一因となった側面は確かにあるはずです。

一方で、レノバを始め、再エネの未来を信じる企業たちがこのタイミングに台頭してきたのも事実です。だが、電力会社の再エネへのアレルギーは、(原発の再稼働を前提とした) 送電網の開放の遅れなどとなって顕在化し、世界で再エネ価格が一気に下落していくこの時期に、日本では再エネを通じたイノベーションの芽が摘まれてしまうことになるのです。

結果、日本には大手の電ア力・ガス会社が10社以上あるにもかかわらず、この時期に台頭した「グリーン・ジャイアント」のように未来に賭けた「変身」を遂げる企業は一つも出てこなかったのです。

 





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日本は火力大国へと変貌
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/12/23(火) 19:28
No. 8081
 
 
京都議定書が発効した2005年、世界は「原子力ルネッサンス」に沸いていました。温暖化対策の観点から、世界で毎年30基の原発建設が予測されていたほどで、三菱重工業、日立製作所、東芝と3つもの原発メーカーを抱える日本は、原発輸出を国策の一つに掲げました。

2006年には、経済産業省の資源エネルギー庁が「原子力立国計画」をぶち上げ、さらに東芝が米原発大手のウエスチングハウスを買収したことで日本は名実ともに原発立国へ進んでいきました。

その政策の是非はさておき、原発を主軸に据えたことに加え、当時はまだ太陽光産業でもギリギリ競争力を保っていたことから、実は、脱炭素(当時はまだなかった言葉だが)をめぐる目標も野心的な数字が掲げられていました。

たとえば、2009年の新成長戦略では「環境・エネルギー大国」がうたわれ、2010年のエネルギー基本計画では、2030年までの目標としてこんな大胆な数値が盛り込まれていたのです。

電源構成に占めるゼロ・エミッション電源(原子力及び再生可能エネルギー由来)の比率を約70%(2020年には約50%以上)とする。(現状34%)2021年現在のエネルギー基本計画で、2030年のゼロ・エミッション電源比率目標が50%台で議論されていることを踏まえると、10年以上前のこの数字の意欲が見て取れます。

そして、これは世界全体で見ても高い数字だったのです。これを一変させたのは、もちろん2011年の福島第一原発の事故です。事故後、すぐに民主党の菅直人政権が全国の原発停止に動いたこともあって、各電力会社は安定供給のため、休止中のものも含めて火力発電を一斉に焚かなければならなくなりました。

象徴的だったのは、菅首相が2011年5月6日に中部電力の浜岡原発の停止を要請したことで、中部電力は管内のLNG (液化天然ガス) 火力を全開運転するための燃料確保に追われ、カタールから急遽大量のLNGを調達しなければならなくなったことです。

中部電力関係者は否定しますが、このときのLNG価格は法外なものだったと業界内では語られているそうです。いずれにせよ、東日本大震災を機に日本は「火力大国」へと変貌することになるのです。

特に、石炭と比べるとCO2排出量が少ないことから「クリーン」とされ、1970年代から日本が主導して世界の市場を作ってきたLNGを原料とするLNG火力はその中心を担う存在となりました。

世界最大のLNG輸入国となった日本は、中東などLNG産出国から足元を見られた「プレミアム価格」を吹っ掛けられているとして、交渉力を高めるための世界会議を主催するなど、LNGを中心としたエネルギー政策に舵を切っていくのです。JERA(ジェラ)は、LNGを本丸とする経産省の再編構想のなかで「世界一のLNGバイイングパワーを持つ企業」として登場したものだったのです。

 





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自衛隊のイラク派遣について
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/12/23(火) 19:26
No. 8080
 
 
日本の自衛隊はイラクのサマワに派遣されていました。そもそも、自衛隊をイラクに派遣したことが間違っていたのだと私は思います。サマワではシーア派を支持する学生らが自衛隊の撤退要求デモ 「イラクに駐留する連合軍の傘下で活動すべきではない、サマワから出て行くべきだ」という、まるで、日米安保に反対した日本の骨ある学生のようでした。

イラクにとっては、軍服を着た自衛隊は、「アメリカに協力している軍隊」にしか映らないのです。米国政府の中にも、早くイラクから撤退しないとまずいと思っている人もいました。イラク人の多くの人が他国の軍駐留を嫌がっていました。

上駐留していてもイラク国民に嫌われ安定には向かわなかったのです。日本の場合は、憲法の制約があるので表向きは非戦闘地域への駐留であることが必要と言う事になっています。占領した当初、イラク国内の安定は1年ぐらいで復興に協力できると思っていたようですが、実際は、占領してから2年過ぎてもゲリラ戦は絶えませんでした。

戦場にならなかったサマワでさえも占領軍の存在に反発していたのです。日本政府はサマワから自衛隊をなるべく早く撤退させるために単独では何も行動ができないので、イギリス軍とオーストラリア軍の撤退と一緒に時期を合わせました。

大量殺人兵器の保有や核兵器開発疑惑の外交文書がガセネタだったのですが、当時の小泉首相には何も責任がないのでしょうか。嘘をついてイラクに侵攻してイラクの無辜の民を苦しめた事実を隠して、イラクの占領を行ったのです。

ちなみに自衛隊派遣隊員の、通常の給与に上乗せされる「特別手当」の支給額は1日2万4000円です。炎天下での激務に加えて、ゲリラに狙われる危険が最も高いからです。空自の場合は、陸自と比べても、明らかに「危険度」が低いので、支給額も下がり、1万6000円です。イラク上空での空輸業務です。

サマワで活躍する施設部隊は、3ヶ月で別の部隊と交代するから、イラク滞在は90日として、「週休2日」を考え、実働は大体64日だと、154万円ほどの手当てになります。命を張った任務に対して、この金額をどう見るかはそれぞれです。

ゲリラ攻撃に応戦して死亡したとしても自衛隊ではあくまでも「事故死」であって、「戦死」とはいわないそうです。そもそも専守防衛の組織が、海外で「戦死」などとはあってはならないからです。こんな人をバカにしたような言い回しで命が危険にさらされる自衛隊を派遣したのです。日本から送り出す家族の涙を見たら胸が熱くなりました。自分に関係ないと国民が無関心だったのが残念でありません。

 





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小話2025年12月分下
   投稿者: 仲條拓躬    
2025/12/23(火) 19:23
No. 8079
 
 
和歌山県では、紀州梅の会があり梅干の消費を促すように2006年6月6日を「梅の日」に制定しています。近頃の梅干は、塩分控えめで保存性が劣っているようです。梅干の美味しさは本当にピンからキリまであります。よい梅干と出会えるように、梅干さん、末長く おじや合わせに (笑)

お金に余裕がある時に食べたいご馳走
日本では焼肉と寿司 アメリカはステーキとシーフードタワー ドイツはシーフード
韓国は ラーメンと激辛のトッポギとハヌ 中国は 四川料理と餃子と入浴付きのビュッフェ インドはひよこ豆のカレー タイはスシローと日本のハンバーグ

最近のブームとは
日本はシール調と推し活と昭和レトロ タイは日本式のスーパー銭湯と牛乳 インドはドラえもんとラーメン と 焼き鳥 フランスは 古着と鍵編み 針 ドイツはフィットネスブームと抹茶とプリン アメリカはダイソー

子供が将来なりたい憧れの職業
日本は会社員 ドイツは警察 アメリカは医師 インドは海外留学 ドバイは 起業したい タイは教師や家庭教師 韓国は11年連続 教師

日本では仕事優先 残業が多いと言われがちですけど フランスでは個人の生活を重視し
ております 基本的に残業は 7営業日前までに通達 しなければ やりません
フランスでは転職は3回以上ある 

日本を訪れる外国人観光客は4000万人ですが フランスは1億人です 観光客増加によるゴミの問題は避けて通れません 民泊が増えてしまい パリは 住宅難になっている 多くの子供を育てるのには経済的な苦労がある 世界的に先進国の 出生率は低下している

ドイツの国土は日本と同じぐらいで人口は日本より少ないですが GDP は 世界3位です
しかも 日本より働く時間がはるかに 少ない 日本からベルリンに行くのには 直行便がないので 乗り換えて 18時間です ドイツでタクシーを止める時は 腕は横にしましょう
ドイツの日曜日は飲食店以外は基本的に営業してはならない ドイツ料理といえば ハンバーグ ソーセージ じゃがいも ザワークラフトビール ビールが飲める年齢は14歳からです ヨーロッパで一番高いブランコがある クリスマスマーケットは1ヶ月間 各地で開催されます 豚のミンチの生肉を食べます

年齢で辞めさせるのは差別ではないかと 世界では定年制はありません
新入社員が一斉に入ってくるというのは日本だけである

人口比率でコロナ ワクチンを打って一番 なくなっているのは日本です
さらになくなる方が加速しております

日本三大イルミネーション
足利フラワーパーク 光の花の庭
湘南の宝石 江ノ島を彩る光と色の祭典
ハウステンボス光の王国

京都議定書が発効した2005年、世界は「原子力ルネッサンス」に沸いていました。温暖化対策の観点から、世界で毎年30基の原発建設が予測されていたほどで、三菱重工業、日立製作所、東芝と3つもの原発メーカーを抱える日本は、原発輸出を国策の一つに掲げました。

世界を見ると、この日本の火力シフトの時期は、まさに世界がパリ協定へと向かっているタイミングでした。そんなタイミングに、日本では自国特有の事情を重視するなかで「安定供給のためなら脱炭素は後回しでいい」もしくは「本気で脱炭素したいなら原発を動かす」というスタンスが支配的になったことも、重要な事実でしょう。

アインシュタインが相対性理論で示したこと
@どんな物体も光の速度(光速)を超えられない A 光速に近づくと、外からは縮んで見える B運動している物体は、時間がゆっくり進む C重力が強いところでは、時間の経過が遅くなる D 重力があるところでは、まわりの空間がゆがむ E物体には、莫大なエネルギーが潜んでいる (CとDは、1915−16年発表の「一般相対性理論」の結論)
宇宙の中心が地球であると考えられていたのは、太陽や月、星々が、毎日地球のまわりを回っているように見えたからです。コペルニクスは、地球中心の天体理論の限界を悟り、太陽中心の理論を打ち立て、従来の説を覆しました。

イラク派遣された自衛隊ですが、ゲリラ攻撃に応戦して死亡したとしても自衛隊ではあくまでも「事故死」であって、「戦死」とはいわないそうです。そもそも専守防衛の組織が、海外で「戦死」などとはあってはならないからです。こんな人をバカにしたような言い回しで命が危険にさらされる自衛隊を派遣したのです。日本から送り出す家族の涙を見たら胸が熱くなりました。自分に関係ないと国民が無関心だったのが残念でありません。

金の価格は30年前から 20倍になった 金価格の上昇した原因はトランプ 関税である

もやしの年間購入数量は2008年から急上昇しています 
不景気になると もやしが爆売する

1997年3月に家電の売り上げが急上昇した 4月から消費税が3%から5%に上がるから

1994年からエアコンは 生活必需品になった

コロナの感染者が出た翌年から冷凍庫の売上が急増した

消費生活相談が2004年から急増しています 悪質な ショッピングサイトなどの通報件数が増えている AI の進化で詐欺も進化している 宅配便に関する詐欺メッセージが増えている 春節の期間は詐欺がなくなる

 






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