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昨年の12月に箱根強羅温泉で宴会を行ったばかりですが、お正月は箱根駅伝の雰囲気を少し味わってから、箱根ガラスの森美術館に向かいました。自宅を出て順調に30分前に到着しました。すでに多くの方が並んでいました。開館前にはフロント前エントランス広場にて、タキシードを着た方の和太鼓が演奏されました。とても縁起が良いそうです。
正月三日間は、来館の先着100名様(3日間合計300名様)に、2025年の干支「巳」の置物がプレゼントされるということでしたが、ギリギリのところで終わってしまいました。前もってチケットを購入していなかったので当日券で時間がかかったからでした。
入り口を入ると大涌谷を眺望する庭園で撮影する方がいました。現代ガラス作品やクリスタルガラスのオブジェなどが飾られていました。今の期間は、香りの装い〜香水瓶をめぐる軌跡〜が開催されていました。
パンフレットからの抜粋になりますが、香りは、古来においては神への捧げものとして、また時に心身を癒し、人々を虜にする魅惑の薬として生活の中に息づいてきました。その香りは時代の移り変わりとともに、宝石や白磁、ガラスなどの様々な「衣装」を身にまとった香水瓶となり、往時の栄華を今に伝えています。
本展では、3000年以上の時を超えて人と香りが歩んだ軌跡をめぐりました。時代を彩る貴婦人たちが愛した香りとともに、水晶などで制作された香水瓶や、神話や愛などを表現した香水瓶、新たな時代の香りのイメージを反映してデザインされた香水瓶など厳選した約80点が紹介されていました。
ヴェネチアでは11世紀以降、イスラム世界から貿易を通して貴重な香料がもたらされ、ルネサンス期になると香水をはじめ、石鹸、化粧品が普及しました。この流行はイタリア各都市に広がり、フィレンツェでは数多くの工房が誕生します。
イタリアの香水をフランスに伝えたのは、メディチ家のカテリーナ・ディ・メディチ。フランス王アンリ2世に嫁いだ際、ムスクなどを用いた香水レシピをフランスに伝えたと言われています。以後、温暖な南フランスのグラースでは、香り豊かな花々から多数の香水が誕生します。
宮廷文化をリードしたポンパドゥール夫人やマリー・アントワネットによりフランスで香水文化が華開きました。貴重な天然香料から生み出された高価な香水は、宝飾細工や繊細なヴェネチアン・グラス、ヨーロッパで磁器製の香水瓶に収められ、貴婦人たちは香りに満たされた至福の時間を享受しました。
古代メソポタミアから出土した3000年以上前の最古のガラス器は、香油を入れるものだったと考えられ、その頃には既に人と香りの関係が始まっていたことがわかります。古代メソポタミアやエジプトでは、香りは神聖なものとされ、豊かな香りを放つ樹脂や香木を焚き、その香りは煙とともに神へ捧げられました。
また、これらの香りを油に移した香油は、アラバスターやガラス製の容器に収められ、富裕な人々の間で、客人のもてなしに使用されました。絶世の美女と謡われた古代エジプト最後の女王、クレオパトラはバラの香りを愛し、その魅惑的な香りと数か国語を巧みに操る才覚で、時の権力者を魅了したと言われています。
また聖書においても香料や芳香物についての話が登場します。なかでも新約聖書には、キリスト誕生を知った三人の博士がそれぞれ黄金、乳香、没薬を携え、星の導きで東方より礼拝に訪れた話が記されています。乳香や没薬はカンラン科の樹木から採れる香料で、黄金に匹敵するほどの価値があったと言われています。
西ローマ帝国の滅亡後、ヨーロッパには長らく暗黒時代が訪れました。一方、古代ギリシア・ローマの文化、技術を引き継いだイスラム世界は、西はモロッコから東は中央アジアまで、その勢力圏を急速に拡大。その結果、人やモノをはじめ様々な知識が集中し、ガラス製造をはじめ、アルコールや香りの蒸留に関する技術が発達。領土各地で産出された香辛料や香料が流通していました。
なかでもイスラム世界の人々が好んだ香りに、バラとムスクがあります。バラの香りを移した水を口の細い瓶から床に撒いたり、客人に振りかけたりなど、芳しい香りでもてなしたと言われています。
この優雅な香りの文化は、ビザンチン帝国皇女テオドラ・デュカスと第31代ドージェ提督ドメニカ・セルヴォの婚礼でヴェネチアにもたらされます。香りの文化は瞬く間にヨーロッパ中に広がり、数多くの香料やバラ水が東方から輸入されました。また7回に及ぶ十字軍の遠征は、人々の関心を東方世界に向かせました。
医学、薬学、香りの製造法などの知識がヨーロッパに広まり、ルネサンス時代の到来につながりました。19世紀後半から20世紀初頭は、まさに新たな香水の始まりの時代でした。それまで天然香料から生み出されていた香水が、科学技術の発達による合成香料の誕生と、大量生産が可能になったのです。
そのことにより、王侯貴族の世界から市民社会に広く開放されるようになりました。香水メーカーは、流行に合わせて新たな香りを次々に開発し、イメージに沿った香水瓶をデザイナーに発注。ラベルや箱、広告展開に至るまでブランド戦略を練り、香水分野は、ファッション業界の一大産業に発展していきます。
特に気密性が高く大量生産が可能なガラス製香水瓶の需要は高く、フランスを代表するガラスメーカーのバカラ社をはじめ、エミール・ガレやドーム兄弟が芸術性の高い香水瓶を手がけました。
また、宝飾デザイナーであったルネ・ラリックは、アール・ヌーヴォーやアール・デコといった時代の流行を取り入れるだけでなく、デザイン性の高い香水瓶を多数生み出し、香水とそのメーカーブランドの価値をさらに高めていきました。
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