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京都議定書が発効した2005年、世界は「原子力ルネッサンス」に沸いていました。温暖化対策の観点から、世界で毎年30基の原発建設が予測されていたほどで、三菱重工業、日立製作所、東芝と3つもの原発メーカーを抱える日本は、原発輸出を国策の一つに掲げました。
2006年には、経済産業省の資源エネルギー庁が「原子力立国計画」をぶち上げ、さらに東芝が米原発大手のウエスチングハウスを買収したことで日本は名実ともに原発立国へ進んでいきました。
その政策の是非はさておき、原発を主軸に据えたことに加え、当時はまだ太陽光産業でもギリギリ競争力を保っていたことから、実は、脱炭素(当時はまだなかった言葉だが)をめぐる目標も野心的な数字が掲げられていました。
たとえば、2009年の新成長戦略では「環境・エネルギー大国」がうたわれ、2010年のエネルギー基本計画では、2030年までの目標としてこんな大胆な数値が盛り込まれていたのです。
電源構成に占めるゼロ・エミッション電源(原子力及び再生可能エネルギー由来)の比率を約70%(2020年には約50%以上)とする。(現状34%)2021年現在のエネルギー基本計画で、2030年のゼロ・エミッション電源比率目標が50%台で議論されていることを踏まえると、10年以上前のこの数字の意欲が見て取れます。
そして、これは世界全体で見ても高い数字だったのです。これを一変させたのは、もちろん2011年の福島第一原発の事故です。事故後、すぐに民主党の菅直人政権が全国の原発停止に動いたこともあって、各電力会社は安定供給のため、休止中のものも含めて火力発電を一斉に焚かなければならなくなりました。
象徴的だったのは、菅首相が2011年5月6日に中部電力の浜岡原発の停止を要請したことで、中部電力は管内のLNG (液化天然ガス) 火力を全開運転するための燃料確保に追われ、カタールから急遽大量のLNGを調達しなければならなくなったことです。
中部電力関係者は否定しますが、このときのLNG価格は法外なものだったと業界内では語られているそうです。いずれにせよ、東日本大震災を機に日本は「火力大国」へと変貌することになるのです。
特に、石炭と比べるとCO2排出量が少ないことから「クリーン」とされ、1970年代から日本が主導して世界の市場を作ってきたLNGを原料とするLNG火力はその中心を担う存在となりました。
世界最大のLNG輸入国となった日本は、中東などLNG産出国から足元を見られた「プレミアム価格」を吹っ掛けられているとして、交渉力を高めるための世界会議を主催するなど、LNGを中心としたエネルギー政策に舵を切っていくのです。JERA(ジェラ)は、LNGを本丸とする経産省の再編構想のなかで「世界一のLNGバイイングパワーを持つ企業」として登場したものだったのです。
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